第102話 エルフの郷へ(2)
森のざわめきは、いつの間にか収まっていた。恐る恐る周りを見渡せば、先ほどまでいた森とは様相の異なった場所に立っていることがわかる。不思議なことに生き物の気配が全くしないのだ。
森の緑の具合と言えばいいのだろうか、木々の緑は先ほどと比べてより深く、鬱蒼としている。何というか、一面緑色に覆いつくされている。
特徴的なのは、木々を覆いつくすツタだ。各々の木々に絡みついた大小様々なツタは、地面をも覆いつくし、鬱蒼さに拍車をかけているが、それでも不思議と森は明るさを保っている。
視線をあげると、空へ空へと伸ばされたツタの先は、まるで意志を持つ生き物のように風に葉を揺らしていて、少し不気味だ。
「こりゃァ、またスゲェなァ……」
「「…………」」
「みんな、こっちだよ!」
危険がないことを確認して、辺りを観察し始める三人を置いて、リリスは駆けだした。ツタの絡まった緑色の地面を、いつものようにぴょんぴょんと跳ねていく。
先ほどの歌は? もしや移転魔法か? この生き物の気配のない不思議な森は何だ? 等々、問いただしたい気持ちを抑えて、レイと禪はリリスの後を追っていく。ゼドは何やら思案した様子で、二人の後ろからゆっくりと歩を進めた。
リリスの指差す方向には、これまた大きな立派な木が二本。何かの
リリスはその大きな木の前まで駆けていくと、その前で立ち止まり、早く来いと言わんばかりに手招きする。
「……リリス、この木は?」
「ん~。秘密、かな? 言えるのは、私たちエルフの導きがないと、村にはたどり着けないってことかな」
レイがその立派な木に手を当ててリリスに問いかけると、リリスは苦笑い気味の笑顔で、そう言った。この様子では、先ほどの移転も何も、答えてはくれないのだろう。恐らく、その秘密こそが、外界からエルフたちを守っているのだ。それにしても、不思議なことはあるものだ。エルフがこのような、変わった魔法? を使うことができるなんて、初めて知った。
そうこうしているうちに、辺りを興味深そうに観察しながら歩いていたゼドが、のんびりと合流する。リリスはそれを確認して、前を向いた。
「それじゃ、横に並んで~。あ、ゼドさん、もう一歩前にお願いします。私が掛け声をかけるから、せ~の、って言ったら一歩踏み出してね!」
三人はリリスに言われるがまま、門に対して一列に横並びとなり、前を見据えた。当然のようにそこには森がある。リリスが何をしたいのか不明だが、ここはリリスに従う他ない。
「では! せ~の」
リリスの呼びかけに合わせて、四人は一歩を踏み出した。と、途端に再び訪れる浮遊感――。四人は気付けばまた、別の場所に立っていた。しかも、今度は明らかに村の中だ。
(……これはどういった状況、だ?)
周囲には、数人のエルフが集まっていて、そのうちの一人とバッチリ目があったレイは、パチリ、とひとつ瞬きをした。訳がわからないが、どうやらリリスの故郷に到着したらしい。
「あ! ただいま! 迎えに来てくれたの?」
「あぁ。リリスの歌声が聞こえたから、帰ってくるんだと思って、慌ててここまで来たんだ」
リリスは明るい声で、正面にいた人物に声をかける。どうでもいいが、リリスは家出をしていたのではなかっただろうか? いや、それよりもその人物の説明もして欲しいし、色々状況についていけないので、そろそろ説明が欲しい。
「リリス。話に割り込んで申し訳ないが、その、説明をして欲しい」
「あ、そうだね! お兄ちゃん、ちょっとお客さまをオババ様の所へ連れて行ってくるから、先に家に帰ってて!」
「あぁ。そうしなさい。オババ様もお待ちだろう」
そう言って、リリスの兄だと言った男性は、微笑んだ。どうやら、先ほどレイと目の合った人物が、リリスの兄らしい。
美しい蜂蜜色の長髪に、新緑の瞳はリリスと同じ色である。スラっと伸びた細身の長身はエルフらしく、中世的な顔立ちは整っていて美しい。現在は男性の装いだが、これは確かに女装をしていたら、絶世の美女に化けるだろうと納得の美人である。
酔っぱらったリリスの話を聞くに、この兄妹には多少のわだかまりがあるのかと思っていたが、こうして見ると普通の兄妹のように見える。リリスの連れてきたよそ者三人には、ある程度警戒しているようだが、それを見せないように優しく微笑んでいる姿は、傍から見れば妹を可愛がるよい兄そのものだ。
そんなことをレイが考えているなどつゆ知らず、リリスは三人に振り向くと、ここが自分の故郷の村であること、村の慣習で、まずはオババ様と呼ばれる長老に挨拶をする必要があること等を説明した。
その間にも、わらわらと寄ってくる村人エルフにリリスは話しかけられていて、村人たちの仲がいいことが伝わってくる。
漏れ聞こえてくる話から察するに、どうやらリリスが初めに歌った歌は、村に帰還を知らせることができるらしく、その歌声で誰が帰ってくるのかまで村人にはわかるらしい。なんとも不思議なことだ。
「ごめんね! お待たせしました。それじゃあ、オババ様の所へ行こう!」
一通り集まったエルフたちに挨拶を済ませたリリスの案内に従って、三人は里の最奥にあるという、長老の住処へと歩き出した。
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