第101話 エルフの郷へ(1)

「さて、レイラ。そろそろ移動した方がいいだろう。夜が明けて、この森に近づいて来る者達がいるようだ」

「あぁ。わかっている」


 朝食も終わり、レイが野営後をならして片付けていると、ゼドが声をかけてきた。何度レイが「レイ」と呼んで欲しいと言っても、ゼドは聞く耳を持たない。


 それはともかく、この辺りは街道からはだいぶ距離があるが、レイも遠くに人の気配があることには気付いていた。大方、昨日のゼドの襲来を見かけた者たちの間で騒ぎになり、明るくなってからギルドから派遣された冒険者あたりが様子を見に来たのだろう。それは禪も気が付いているだろう。


 レイは確認のために、後ろにいた二人に声をかけた。


「禪も行けるか?」

「あァ。いつでも行けるぜェ~」

「リリス。予定を変更して森の奥へ進路を取ろうと思うが、平気か?」

「ん~~。方向的には大丈夫だけど、私ついていけるかな?」


 この辺りの魔獣でも苦戦していたリリスである。この四人の中では明らかに弱い自分が足を引っ張ることを心配して、リリスは口ごもった。レイは辺りを注意深く見渡して、口を開く。


「ゼドのおかげで、この辺の魔獣は森の浅い方へ逃げたようだし、逆に森の深いところにいる魔獣達は深部へ引きこもっているようだ。魔獣に全く遭遇しないという訳にはいかないだろうが、問題ないだろう」


 魔獣というのは、普通の動物たちより力の強いものの気配に敏感なのである。普段から気配を抑えている禪やレイならともかく、昨日のゼドは覇気全開で空から降ってきたので、魔獣達からすればたまったものではなかっただろう。それでもゼド曰く、気配を抑えたつもりだったらしいのだが。


「レイラの言う通り、先ほど周辺を見て回ったが、この辺りはまだ小動物しか戻ってきていないようだ。今なら楽に進めるだろう」

「そういうコトなら、さっさと進むぜェ! リリス、方向はこっちであってるか?」


 三人の後押しもあって、リリスは頷いた。自分の実力不足は気にかかるが、三人がこう言ってくれているのだから、大丈夫なのだろう。


「うん! あってるよ」

「では、結界を解くので、各自気配を遮断するように」


 ゼドがそういうと、何もない空間に右手をかざし、何かを取り払うように手を振った。それだけで結界は解かれたらしい。四人は互いに頷くと、なるべく気配を消しながら、足早に森の奥へと消えていった。



***


 結果的に言うと魔獣は出てきたが、禪が一撃で片付けてしまった。昨日天竜であるゼドにビクビクして、リリスにかっこ悪いところを見せてしまったので、挽回したかったらしい。


 ちなみにリリスはそのような禪の態度には全く気にかけていなかったが、迷宮銃を構えた禪にキラキラした目を向けていた。禪も満更でもない表情を浮かべていたので、これで良かったのだろう。例えリリスが、仕留められた魔獣の肉に目を輝かせてよだれを垂らしていたとしても。そう、禪の倒した魔獣は、どれも美味しそうなお肉を持つ魔獣だったのである。思いがけず、いい土産が出来たようであった。


 それはさておき、四人は森の深部に足を踏み入れないように注意しながら、そこそこ森の深いところを南下していた。

 

 音を立てぬように落ち葉を踏みしめながら、リリスは耳を澄ませている。リリスは昨日外していた隠蔽の耳飾りを装着しているので、今日は見た目には人と同じ丸い耳だ。



「あ、近いかも。こっち」


 リリスはそういうと、音を立てぬようにぴょんぴょんと駆けていく。三人はそれに遅れぬように、リリスの後を追いかけていった。


 しばらくすると、何もない森の中でリリスは立ち止る。レイが気配を探るが、周辺に村のようなものはなさそうである。


「うん。ここならいける」


 他の者が訳も分からず見守る中で、リリスはひとり地を踏みしめて、頷いた。レイはさりげなく、周辺に人や魔獣がいないか、気配を確認した。恐らく、これから始まることは、人に見られない方がいいと思ったのだ。


「ちょっと、みんなこっちに来て。そう。で、私の手の平の上に手を置いてくれるかな?」


 リリスはそういうと、右手の手の平を上に向けた。三人は言われるがまま、リリスのその手の上に手を重ねた。四人の手が重なったことを確認すると、リリスは自分の左手で上から挟み込んで、ニコリと笑った。


「じゃ、私がいいって言うまでこのままね」

「リリス、この辺りに人はいないようだが、ゼドに結界を張ってもらうか?」

「ん~~。結界って、全てを遮断してしまうんだよね?」

「あぁ」

「ならいいや。多分、大丈夫。レイ、心配してくれてありがと」


 そういうと、リリスは静かに目を閉じて、小さく囁くような声で歌を歌い始めた。小さな歌声は近くにいるにも関わらず、何を言っているのか、不思議とその歌詞を聞き取ることができない。


 リリスの澄んだ歌声は森に浸透していく。それは、小さな歌声であるのに、森の深くまで染み入るように、静かに響く。それなのに、聞き取ることが出来ない。本当に不思議な歌だ。


 しばらくそうしていると、まるでリリスの歌に合わせるように、風もないのに周囲の木々が揺れ、森が鼓動するかのように波打ち始めた。


 それらを不思議な思いで眺めていたが、足元が揺らぐような、めまいのようなものを感じたその瞬間――。



 手を重ねた四人は、先ほどいた森とは全く別の場所に立っていた。

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