第100話 レイの事情(5)

 朝、ぐっすり眠りについた四人は、日が昇ってから目を覚ました。


 ピチピチチチ……と鳥の鳴き声が、森に響く。どうやら、昨日ゼドの覇気によって逃げていった生き物たちも、徐々に戻ってきているようだ。それには、ゼドが覇気を抑え、更には結界を張って気配を遮断していることも大きいのだろう。


 通常は見張りを立てて交代で睡眠を取るが、昨晩はゼドの結界があったため、特に見張りも立てずに寝ることにした。とはいえ、Sランクとして長い禪は、どうにもそういった環境で落ち着いて眠ることが出来ず、浅い睡眠を繰り返したせいかいささか眠そうではある。


 一方、ぐっすり目一杯素直に眠ったリリスは、まだ目が開ききっておらず、ブランケットをかぶったまま座り込んでいる。昨日の出来事が相当に体力を消耗したのか、気を抜くとまたすぐに寝てしまいそうだ。


「リリス、向こうに水を出しておいたから、それで顔を洗ってくるといい」

「ありがと~~。レイ」


 レイの言葉にのっそりと立ち上がり、フラフラと顔を洗いに歩いていく。

 一方、一足早く身支度を整えたレイは、朝食用の用意をしている。先日購入したソーセージを軽く炙り、表面を軽く温めたパンに挟んでいく。あとは野菜とチーズを挟めば完成だ。先日『蟷螂かまきりの寝床』で購入したソーセージは旨味が強く、味も濃い。ボリュームもあるので、まろやかなチーズと野菜をたっぷり挟めば他に調味料など必要がない。


 あとはスープとお茶、果物をつければいいだろう。そう思いながら、スープの様子を見ようとしたレイの真後ろにのっそりと立つ者がいた。禪である。


「今更だが、天竜サマのコトはなンて呼んだらいいんだァ?」


 禪はゼドに聞こえないようにだろうか、気配を消してレイの背後から囁いた。ゼドは少し森を見てくると言って、この場を離れている。昨日、自分で起こした暴風の影響を見に行ったようだ。


 禪の気配であることは気付いていたので、特に驚きもしないレイだが、やや呆れた顔でため息を吐いた。そういうことは本人に聞けばいいのに、何故自分に聞いてくるのか。レイがそう言えば、感覚が敏感なSランクは、神と直接話すことがどうにも憚られるらしい。

 リリスはそういったところはやや鈍感らしく、昨日も普通に「ゼドさん」と呼んでいた。


「これから旅を共にするのだ、ゼドと呼ぶことを許そう」


 スープの鍋をかき混ぜるレイの真後ろに立つ禪の真後ろから、無駄にいい声が聞こえてきて、禪はギギギ……と音が鳴りそうな動作で、首を後ろに向けた。そこには、ごくごく至近距離でこちらを覗き込む無表情のゼドの姿があり、禪はギシリ、と固まった。

 ちなみにこの二人、身長だけで言えば、ゼドの方がやや背が高い。の大きさがなので、人型をとっても大きくなるのだろう。ただ、どちらがムキムキかと問われれば、それは禪である。


 そんな三人の連なった姿に、少し離れた場所で顔を洗っていたリリスは、首を傾げる。あの三人、あんな至近距離で一列に並んで何をやっているんだろう? と。


***


「ゼドというのは、真名ではないのでな、気にせずその名で呼ぶがいい。赤鬼あかぎ 禪」


 朝食を囲んで、スープを口に含んだところで放たれたゼドの言葉に、完全に油断していた禪は勢いよく吹いた。その横でリリスは目を丸くしている。


「な、何故それを……」

「さぁな」


 ゼドは何食わぬ顔で、ソーセージのはみ出したパンに齧り付き、「これは美味いな」と隣のレイに話しかけている。この世界、名字持ちはたいてい王族か貴族である。つまり、禪はどこかの国の王族か貴族ということだ。まぁ、この大陸とは別の大陸に鬼国があると聞いたことがあるので、十中八九そこだろう。


 ゼドとしては、昨晩事情を説明する前に、禪に打ち明けることをどことなくためらう様子を見せたレイに気付いており、「痛くない腹を探られたくないなら、お前も黙っておけよ」という牽制に過ぎないが、至高の存在から釘を刺されてた形となった禪は、冷や汗が止まらないどころの話ではない。


 レイは思わず、禪を可哀想なものを見る目で見てしまった。無理もないが、禪はまだ固まっている。この天竜は、婚約者ということもあるのか、少し自分びいきのようだ。知らなかった。


 レイが実質ゼドと一緒にいたのは、魔の森で救出されてからそこで修行して出ていくまでの1年ほどの間である。始めは死にかけ ――ほぼ死んだような―― 状態だったため、体が回復するまではゼドの結界の中で甲斐甲斐しく世話を焼いてもらったが、それ以降は魔獣との戦闘訓練を見てもらったり、魔法の使い方を指導してもらったり、どちらかというと師弟のようなサッパリとした関係を保っていたのだ。


 なので、このような自分を気遣うゼドは、なんとなく慣れない。それに、ゼドには「面白い魂だ」と言われたことはあるが、自分のどこが気に入られたのかイマイチ分かっていない。出会いが出会いだったので、今更神とか言われても付き合い方を変えられないが、正直、どう付き合うのが正解かわからないのだ。


 そんなレイの心境など知る由もないゼドは、呑気に朝食を食べ終わると、レイに声をかけた。


「そうだ、レイラ。そなたの弟だが、元気にしているようだ」

「……そうか。よかった」


 無事で、元気ならそれでいい。相変わらずの無表情だが、心なしかレイの表情が緩んだように見えた。



――ゼドは天であり竜である。天は地上の色々なものを見守っているのだ。そう、それは、いつしかレイが空に問いかけた、その答えであった。

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