第95話 突然の襲来(3)

「レイラ、迎えに来た」





「…………いや、ちょっと待ってくれ」


 周囲でうずくまる禪やリリスなどお構いなしだ。レイしか目に入っていないと言わんばかりの男に、レイはその場で頭を抱えた。あまりにも事態が急すぎる。何の心構えもできていない。いきなり訪ねて来られても対応に困るというのが、正直なところだ。


「何故だ? 迎えに行くと言っただろう」

「…………まさか」

「自分の誕生日を忘れていたのか? 今日で18になるだろう」

「…………」


 自分の誕生日など、全くこれっぽちも気にも留めていなかった。確かに、18歳になったら迎えに行くと言われていたような気もするが、その日に来ることもないと思う。いや、自分の誕生日なんて、すっかり忘れていた自分が言えることではないのだが。


「いや、いやいやいや。待て、待て」

すっかり素が出てしまっている禪が、リリスを支えて立ち上がった。


 そういえば、二人の存在をすっかり忘れていた。突然の出来事に、自分も周りが見えていなかったことを今更になって気付く。


「レ、レイ。その人ッ……ふごっ……」

禪の隣でレイに声をかけようとしたリリスの口元を、瞬時に禪がその大きな手でガシッと塞いだ。禪の意図が分からないリリスは、無言で禪を睨みつける。


「リリス。よ~く、考えろ。あのお方の髪色は、何色だ?」

「?」


 言われるまでもなく、白である。だが、年をとれば誰だって髪は白くなるものだ。目の前の男性は、どう見ても年を取っているようには見えないが、そういう人だっているだろう。


「よく見ろ。あれは普通の白髪はくはつじゃねェ。あれは、神の色だ」


 耳元で囁かれる言葉を理解したリリスは、その新緑の瞳を大きく見開いた。確かに、言われてよくよく見れば、あの髪色は神獣の毛並みにそっくりである。

 リリスはただでさえ蒼褪めていた顔から、血の気が引くのを感じてよろめいた。神獣を追いかけまわして、天罰を恐れて平謝りを続けたのは記憶に新しい。


「…………」


 しっかりと禪の声が聞こえていたレイは、さりげなく隣に腰かけている美丈夫を見上げた。キラキラと夕陽に照らされた白髪は、確かに神々しく、美しい。が、これは目立つな。と場違いなことを考えていた。現実逃避とも言う。




「……もう良いか? レイラ、約束だ。我と共に行こう」


 そう言われたレイは、約束、という言葉にピクリと反応した。そうだ。自分は、そういうを結んでいたのだ。レイは美丈夫に言われるがまま、頷こうとした――。のだが、それに慌てたのはリリスである。



「ちょ、ちょっと待って! 待ってください! レイをどこに連れていく気ですか!」


 リリスはこの状況をさっぱり理解していなかった。禪にこの目の前の存在は神だと教えられた、それだけだ。神なんて見たことがないし、見ることができるなんて聞いたことがない。あまりにも現実感がなさすぎる話だが、禪の狼狽えようを見るに、恐らく事実なのだろう。事実、目の前の存在から放たれている覇気が、先ほどから自身の体を細かく震わせており、収まる兆しもない。


 だが、リリスにとって今大事なことは、そんなことではなかった。


 状況は全く分からないが、レイがこの突然現れた男に連れ去られそうになっている。

 レイの様子からは、本人がどのように思っているのかいまいち掴めなかったが、今連れ去られたら自分はもう二度とレイに会うことができないのではないだろうか。漠然とだが、そう思った。

 それは困る。自分はレイとまだまだ旅をしたいのだ。家族にだって紹介したいし、まだまだ美味しいものも分かち合いたい。


 リリスは蒼褪めた顔のまま、しっかりと自分の足で地面を踏みしめると、神だという美丈夫に向かって、ビシッと人差し指を突き付けた。


「神様だか何だか知らないですが、今レイを連れて行かれるのは困ります! 私だってレイと旅をして、二人で美味しいものを食べるって約束をしているんです!!」



「「「…………」」」


 それに唖然としたのは、禪だけでなく、レイもまたそうであった。まさか神相手に堂々と意見するとは。さすがリリスである。普通、神に意見する者などいない。

 見れば、顔は蒼褪めて体はプルプルと小刻みに震えている。それなのに必死に神を指差して、自分は言ってやった、と満足気だ。人を、ましてや神を指差してはいけません、と注意したくなるが、それは我慢する。



「ぷっ……」


 リリスはどこまでいってもリリスだなぁ、とレイは、なんだか可笑しくなった。だから、と割り切ってしまう自分とは違う。なんにでも突っ込んで行くその真っすぐさで神にも意見するとは、無鉄砲というか何というか。


「……レイが、笑ってる」

「「…………」」



 どこまでいっても無表情を保っていたレイが、クスクスと笑っているところを目の当たりにして、リリスは目を見開いた。そして、自分がレイを笑わせているのだ、という実感がこみ上げてくると同時に、ジワジワと言いようのない嬉しさが、リリスの心を満たしていった。


 いまだレイだけをジッと見つめている美丈夫は、そんなレイを興味深げに観察し、何かを考えているようであった。



「ゼド、少し話をしよう。リリスたちにも、事情を説明する時間が欲しい」

「……ふむ。お前がそのような顔をするのも珍しい。いいだろう」


 レイは隣に腰かける美丈夫に伺いを立てると、リリス達に座るように促した。レイは転がってしまった魔物除けの魔道具を拾いながら、未だに蒼褪めて膝の笑っているリリスのために、お茶を沸かし始めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る