第92話 再会へ向けて

 森の朝は少し湿った冷たい風が吹いている。足元では芽吹いた緑が朝露に濡れ、ブーツの先をしっとりと湿らせる。


 三人は里帰りを決めたリリスを先頭に、サルーラの町を出て森に入り、まっすぐ南下していた。方向は完全にリリス頼り。不安しかないが、故郷の場所を知っているのはリリスだけなので、どうしようもない。


 禪がエルフの村の位置を知っているかは確認していないが、リリスが禪に自分の種族を未だ明かしていないとのことなので、恐らく知らないのではないかと思う。


「禪は、用事は済んだのか?」

「あァ。っても報告としばらく指名依頼受けねェよう言ったり、まァそンな感じよォ」

「Sランクは大変だな」

「まぁなァ。その分、優遇もされてッからなァ~」


 ぴょ~ん、ぴょ~んと先へ進んでいくリリスをのんびりと追いかけつつ、後方の二人はポツポツ言葉を交わし、慣れた作業のように飛び出してくる魔獣をいなす。


「あ! レイ。前方に緑豚ごちそうがいるから、ちょっと狩ってくるね!」

「あぁ。禪、リリスについていてくれるか? 私も手土産と夕食用を狩りに、少し奥へ行ってくる」

「お~~。いいぜェ。離れても平気かァ?」

「問題ない」


 そう言い残して、レイは一瞬のうちに音もたてずにその場から走り去っていった。


「アレでCランクねェ……」


 レイの走り去った方向をぼんやりと眺めながら、禪はポツリと呟いた後、ひとつ息を吐いてリリスのいる方角へ顔を向けると、その長い脚でグングンと森の中を進んで行った。

 大柄な体に見合った力強い歩みにも関わらず、気配を遮断したそれに不思議と一切の音は伴わない。不運にもそんな強者の前に立ちはだかることとなってしまった魔獣は、静かに、最小限の動作で仕留められていく。



 一方のレイは、走りながら索敵していた。この森は広くて深い。一般的に森は、奥へ進めば進むほど強い敵が縄張りを張っているが、この森もそうらしい。


(土産にするなら、なるべく強い魔獣の方がいいか。いや、リリスの家族ならばやはり味か)


 レイはチラリと、リリスのいる方向を伺った。すでに禪はリリスをバックアップできる位置についているようだ。これなら問題ないだろう。


 レイは森の深部へ続くルートへ舵を切ると、一気に加速した。まれに雑魚が行く手を阻むが、無視である。

 無視したことがバレたらリリスに文句を言われるかもしれないな、と思いながら、呑気に地に落ちた木の実を貪っていた緑豚を飛び越えた。上空を飛び越えられ一瞬のうちに姿を消したレイに、呑気な緑豚は一瞬頭をあげ、また何事もなく食事に戻るのであった。


(さて、青牛発見。ん? 赤狐がいるのか……)


 レイは数頭の青牛の群れを見つけてここまで来たのだが、近付いて見れば、呑気に横になっている青牛の群れの外側の草むらに一頭、赤狐が潜んでいることに気付いた。


(強さでいえば青牛よりも赤狐の方が強いが、一頭だけか……)


 ここにいるだけ全ての青牛を狩り尽くすつもりはないが、折角なら赤狐の毛皮も欲しい。先にこちらが青牛を襲撃すれば、その混乱に乗じて赤狐は狩りを成功させて青牛を咥えて逃げてしまうかもしれない。もちろんこれらは魔獣なので、自分が姿を現せば、ここにいる全ての魔獣の標的は自分に絞られるかもしれないが。


(さて、どうするか)


 レイは気配を消して、ジッと考えた。


(こういう時、遠距離から攻撃できるのはいいよな……)


 禪なら瞬く間に、音なく瞬時に全てを制圧できるだろう。マジックバックに弓矢や投げナイフも入っているが、青魔物や赤魔物に通用するような腕前ではない。何より自分には剣があるではないか。


(私には私の戦い方をすればいい、か)


 握ったままの自分の剣を握り直し、集中するように瞳を閉じると、その青紫の瞳を開いた。その青紫がキラリと煌めくと、次の瞬間にはレイの姿は赤狐の背後にあった。


(気配を消す。動作は最小限。無駄な音は立てない。目の前に、集中――)


 赤狐は獲物である青牛に夢中になっていて、背後のレイに気付いていない。レイは赤狐の背後から音もなく剣を突き出すと、その赤狐が倒れて草むらに音を響かせる前に素早く収納した。

 油断は禁物である。青牛は警戒心も強く、敵と獲物の気配に敏感である。青牛に気付かれる前に、レイは素早く次の行動に移す。流れるように近くにいた青牛に接近して剣を振り下ろすと、次、そのまた次、次と青牛を切り伏せていく。


 流れるように滑らかに滑る剣は、その動きに一切の無駄がない。レイが切り込んだ場所から遠くに陣取っていた青牛は、さすがに逃げ出そうとしたが、気付けば幾ばくもしないうちに、全ての牛が地に伏すこととなっていた。中には勇猛果敢にレイに襲い掛かっていったものもいたのだが、戦闘態勢に入る前にあえなく返り討ちにあった。


 青牛の敗因は、レイの奇襲に対して食後だったのだろうか、明らかに油断をしており動きが緩慢であったことと、敵の気配を感じることが出来なかったためであろう。


(しまった。集中したら、全て倒してしまった……)


 レイはゆるりを息を吐くと、洗浄を唱えて剣と自身の汚れを落とし、獲物を鞄に収めた。気配を探ると、どうやら少しリリスたちに離されてしまったようだ。レイはリリスがいる方向に向けて、また、音もなく駆け出した。


 ちなみにその日の晩は、狩りすぎてしまった青牛で焼肉にしたところ、リリスが「美味しい、おいひい」と感涙しながらめちゃくちゃ食べていた。手土産はこれで良さそうである。

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