第87話 水の町サルーラ

 サンサンと照り付ける陽光が、リリスの白くてツルリとした額を照らし、その額にうっすらと汗を浮かせる。


「……よっ、と」

「お見事」


 リリスの手から放たれたナイフは、キラリと日の光を反射しながら、瞬く間に魔獣の首を刈り取った。


「えへへ」

「随分慣れてきたな」

「うん! 感覚が掴めたから、加減もわかってきたよ」


 キリリクからケルス村までの道のりではあまり魔獣は出てこなかったが、ケルス村を発って森に入ってからはちょくちょく魔獣の襲撃を受けていた。とはいえ、リリスは嬉々として投げナイフを放ち、ナイフの強化練習に余念がない。

 

 これまで色々と試してみたところ、投げナイフや投げた石などは強化が可能であったが、何故か短剣を強化することはできなかった。何度か試してみたが、投擲する時にしか武器強化をできないようである。やはり、リリスの才能は「投擲に限る」ということなのだろう。


 それでもリリスの顔は明るい。昨日は高笑いをしながら、飛んでいた魔獣に石を投げつけていたので、流石にそれは止めさせた。空から降ってきた小型の魔獣の体が、なかなか見るも無残なものになっていたからだ。しかし、武器強化を多用すると投げナイフを消耗するようなので、時と場合によって使い分けするように言い置いている。


 それはさておき、二人の前方にはサルーラの町が見えてきていた。


「サルーラってどんなところ?」

「サルーラは、簡単に言うと水の町だな」

「水の町?」

「あぁ。こちら側には流れていないが、町の中を大きな川が流れていてな。わざわざ水路を作って、町の隅々まで行きわたらせている」

「へ~。ちょっと想像できないかも」

「水路の傍を歩いていると、小舟が果物やジュースを売りに近づいてくるところは、面白いかもしれないな」

「えっ、なにそれ、何それ。すっごく面白そう!」


 そうこう話しているうちに、サルーラの入口に到着した。そのまま二人は入場する列に並び、ギルドカードを提示して町の中へ足を踏み入れる。


「サルーラの町へようこそ! 楽しんでおくれよ」

「ありがとう! おじさん!」


 いつもの邪気のない笑顔で門番たちにニコッと手を振ると、リリスは前を向いた。案の定、その後ろでは門番がガックリと膝をついている。


「さてと。まずはギルドに向かうか」

「そうだね! 護衛依頼の完了報告もしないといけないもんね」

「あぁ。あとは、道中の魔獣を清算して、禪と落ち合うか」

「うんッ! ゼン師匠、用事済んだかな~」

「どうだかな。あぁ、そういえば、教会にも行かないといけないな」

「確かに~! 石でやっつけたのは、教会行きかな――」

「あ、あのぐちゃぐちゃのヤツか……。教会でも厳しいんじゃないか?」

「えっ。そうかな~~。とりあえず持って行ってみようよ」

「……かえって迷惑にならないといいが」


 レイが最後にボソリと呟いた言葉は、リリスには聞こえていなかったらしい。先ほど門番の男性に聞いた、冒険者ギルドの方面へリリスはすでに駆け出していた。


***


 二人は護衛依頼完了の報告のため、ギルドを訪れていた。サルーラの町は中規模の町で、どうやら中継地として栄えてはいるが、長くこの町に滞在する冒険者は少ないようだ。

 冒険者の入れ替わりも激しく、依頼ボードを確認したところ、護衛依頼が豊富であった。その分、絡まれることも少なくて良い。受付嬢も手早く仕事を捌いていく、クールな女性であった。


「それでは、こちらが今回の報酬です。ご確認ください」

「えっと……。はい、確認しました!」

「ありがとうございます。っと、リリスさん、伝言を預かっております」

「私にですか?」

「はい。少々お待ちください」

そう言って、受付嬢は一通の封書を取り出した。


「こちらです。当ギルドでは、内容は確認しておりませんので、ご安心ください」

「あ! ありがとうございます」

「いえ。では、またのご利用お待ちしております」


 裏返して見ると、禪からのようだ。受付嬢に礼を言って人のいない机へ寄ると、リリスはおもむろにそれを開封した。


「あ、宿が書いてあるよ」

「なるほど。マメな奴だな」


 リリスが取り出したカードには、禪の宿泊しているであろう宿の名前が書いてあった。禪の泊っている宿なら安心だし、宿探しをしなくてもいいのは非常に助かる。そこで落ち合おう、ということなのだろう。非常にありがたいが、わざわざ封書にしてギルドに託しておくとは。本当にマメな男である。


 何はともあれひとまずその宿に予約を入れるべく、二人はその宿の場所をその辺の人に尋ねた後にゆっくり歩き出した。

 余談だが、ギルドの建物はレンガ造りである。扉の両側が何かに引っかかったのか、何者かに破損されたのか、残念ながら一部が崩れているが、それもまた味だろう。荒くれ者が集う冒険者ギルドらしいといえば、らしい。


「あ! 時計塔」

「へぇ、珍しいな」


 角を曲がると、正面にこちらもレンガ造りの時計塔がそびえたっていた。正面には川が流れており、川には小舟が浮かんでいる。何とも絵になる風景だ。


「もしかして、あのレンガってケルス村のかな?」

「生産地が近いんだし、きっとそうじゃないか?」


 二人はそんな取り留めのない会話を交わしながら、しばし時間を忘れて水面に映る時計塔やぷかぷかと浮かぶ小舟をのんびりと眺めていた。

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