第86話 ちょっと寄り道(2)
「こ、これも美味しい! これもください!」
「あらあら。ありがとうございます」
「私はこちらを」
二人は試食をさせてもらいながら、ソーセージや干し肉その他色々を買い漁っている。その代わりに、アイテムバッグ内でダブついていた魔物の肉を売ったりもしたので、お互いにいい笑顔での取引となった。売買を終えてお茶を飲み、ホッと一息つく。
「それじゃあ、この家はミレーさんのお家だったんですね」
「そうなの。元々ここは木こりだった父が建てた家で、家族四人で住んでいたのよ」
この笑顔が可愛らしい女性がミレー、二人をここまで連れてきた片腕の男性はベンという名らしい。この「
「おっ。まだいたのか。ミレー、解体した肉は裏に置いておいたから、後で確認しといてくれ」
「あら。早かったわね。ありがとう。お茶飲む?」
「あぁ、頼む」
リリスがこの工房についての話を聞いていると、緑猪の解体に行っていたベンが戻ってきた。ミレーは、すぐにお茶の用意のために席を立つ。先ほどミレーが座っていた席の隣に腰かけたベンは、二人に向き合った。
「さっきは驚かせちまって、悪かったな。ゆっくりできたか?」
「はい! ありがとうございます。おかげで色々買い物ができました!」
「買い物?」
「うちのソーセージを買うために、ここまで来てくれたらしいわよ。はい、あなた」
「おう。そうだったのか。そりゃあ、ありがてぇな」
ミレーからお茶を受け取ったベンは、カラッと笑う。無骨な雰囲気だが、笑うと愛嬌のある男である。
商品や店の話をしているうちに、自然とベンの片腕の話になった。ベンの片腕は今、そこにあったはずの立派な鎌も消失しており、肩から先がない。ベン自身は特に気にする様子もなく、カラッとした笑みを浮かべた。
「先ほどは、その片腕から鎌が生えているように見えたが?」
「あぁ、話せば長くなるけどよ、俺は生まれた時から片腕がなかったのさ。ガキの頃は周りから虐められたりしてよ、神を呪ったりしたもんさ。だが、俺は昔から気が強くてよ。虐められても残った片腕と足で、相手をボコボコにしてやり返してやってたんだよなぁ」
「その時は知らないけど、思い浮かぶようねぇ」
小さいころのベンを思い浮かべているのだろうか、ニコニコとしたミレーが相槌を打つ。
「12くらいの時か、親も問題ばっか起こす俺を持て余したんだろーな、魔獣の出る森に置き去りにされて、捨てられたんだ。ありゃあ、子どもながらに焦ったな。んでよ、案の定魔獣に襲われてもう駄目かと思ったときに、俺の人生こんなもんかよって、悔しくて悔しくて、せめてこの残った拳で一撃でも食らわせてから死んでやるって、がむしゃらに腕を振り回していたらよ、急に何もねぇ方の肩が熱くなって、気付いたらこんな鎌が生えてたんだ」
そう言って、ベンはその肩から先がない方の肩にもう片方の手を置くと、みるみるうちに大きな鎌が形作られていく。二人はその一部始終を目で追った。
「そんなことが……」
「なるほど。仕組みはよくわからないが、魔力で具現化しているのか……」
「それから、コレのおかげで冒険者にもなれたし、コイツとも出会えたってワケよ。色々あったが、今ではこの腕も神からのギフトって思えるようになったから、人生何があるかわっかんねぇよな」
そう言って、ベンはミレーを優しい笑顔で見つめた。見つめられたミレーは、心なしか両頬を赤くして嬉しそうだ。その様子を見ていたリリスが、好奇心丸出しで二人に尋ねる。
「お二人の馴れ初めって何ですか?」
「あら。それは、私の一目惚れなの。家って、こんな森のすぐそばにあるでしょう? 両親が魔獣に襲われて亡くなってからも弟と二人でここに住んでいたんだけど、ケルスに行った帰りに魔獣に襲われちゃって、もう駄目って思ったところで、この人が助けてくれたのよ。それがもう、かっこよくって」
少し頬を赤くしたミレーは、話を聞いて目を輝かせたリリスに散々惚気話を聞かせた。どうやら、助けてくれたベンに惚れ込んだミレーが、押して押して押しまくって、結婚までこぎ着けたらしい。ベンのどこがどうカッコイイのか、熱心にリリスに力説しており、今度は隣に座っているベンの頬と耳を赤くしていた。本当に仲の良い夫婦である。
ちなみにミレーの弟はミレー達の結婚を機に、家を出て村へ行き、今では職人として仕事をしているらしい。それを聞いて、ホッとした。二人とも中々波乱万丈な人生を送ってきたようだが、今は幸せそうで何よりだ。和気あいあいとした雰囲気の中、レイは静かにミレーの幸せ溢れる声色を聞いていた。
***
「ありがとうございました~!」
「あらあら。気を付けてね」
「こっから先は魔物も多いから、油断すんなよ~」
「はいッ! 気を付けます!」
リリスは大きく手を振って、レイは小さく会釈をして「
「いい夫婦だったね~」
「あぁ。そうだな」
話はミレーの惚気話がほとんどであったが、その話の間中ずっと、ベンはミレーを優しい目で見つめていた。そんな二人の姿に思うことがあったようで、リリスは何やら考え込んでいる。
「そういえば、ベンさんの鎌って、魔力が元になっているの?」
ベンが鎌を出した時に、小さな声でレイが呟いていたことを隣に座っていたリリスは拾っていたのだ。
「恐らく。……リリスは死にそうな目にあうと、才能が開花する場合があると聞いたことあるか?」
「あるある。よく聞く噂だよね。ただの噂かと思ってたけど……。え、もしかしてベンさんのってそれなの?」
「そうだとは言えないが、可能性はあるんじゃないか?」
死にそうな目にあうとこれまで無かったはずの才能が開花する、というのは、冒険者の中でまことしやかに囁かれる噂である。が、あくまでも噂の域を出ない。
「それって、私も死にかければ、何か発現するかもしれないってこと?」
「……普通に死ぬぞ」
「……そうだよね」
自分で言っておいて、リリスはブルッと身震いした。今もその辺で魔物が跋扈している。ほのぼのと旅をしている二人であるが、油断をすればすぐに命を刈り取られてしまう世界なのだ。故意に死にかけるなど、正気の沙汰ではない。
「それに、リリスは最近新しい能力を発現したばかりだろう。欲張ると身を亡ぼすぞ」
「はいッ! 身に刻みます、隊長!」
気を引き締めたリリスは、この日野営地で腰を落ち着けるまで、せっせと魔獣狩りに勤しんだ。力の弱い一般庶民のために、魔獣を間引いておくことも冒険者の努めなのだ。
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