第85話 ちょっと寄り道(1)
「ん~、この辺のはずなんだけどな~」
「もう少し先じゃないか?」
今日も二人は元気よく、森の中を彷徨っていた。今朝がた満足のいく朝食を食べ、ケルス村を出発した二人であるが、少々道に迷っているのだ。
というのも、宿の女将から首尾よくソーセージの仕入先を聞き出したレイは、その仕入先がサルーラへ向かう道沿いにあると聞いて、寄り道を決めた。
女将には、決まった量を作っている訳ではないから、行っても購入できるかわからないとは言われているが、それならそれで構わない。そういったことも、旅の楽しみの一つなのである。
なのでそれはいいのだが、困ったことに道に迷ってしまった。原因は、言わずもがなリリスである。
女将曰く、いつも先方が売りに来てくれるので、詳細な場所は知らないとのことだった。レイはそれでもいいから、と大体の場所を聞いていたのだが、ケルス村を出てリリスが早々に森に突っ込んでしまったため、その大まかな場所すらわからなくなってしまったのだ。
「ん~~? あ、レイ。何か来るね」
木に登って辺りを伺っていたリリスが、目を細めて遠くを見る。視覚ではまだそれを確認できないが、遠くの方で何者かが争っている音をリリスの長い耳が拾っていた。
「……どうやら魔獣のようだが、私たちの出る幕はないな」
レイは音ではなく、正しく一人と一頭の気配を捉えていた。しばらくジッとしていると、魔獣と思われる草をかき分ける大きな足音と、追跡者の気配が二人に迫ってきていることがわかる。
リリスの目線の先を見ていたレイが返事をするとほぼ同時に、一頭の大きな猪が二人の視界に踊り出てくる。まだ少し距離はあるが、このままでは猪との衝突は避けられないだろう。
「緑猪か」
「大きいね~」
鬼気迫る形相の緑猪とは対照的に、こちらはのんびり構えている。と、リリスが投げナイフを構えるより早く、派手な衝撃音が辺りに鳴り響いた。音は近く、二人の鼓膜を震わせる。目の前で起こった出来事に、リリスは目を丸くした。
丸々と太った猪の魔獣は、一刀されて既に絶命している。その魔獣の傍らで、今しがたその魔獣を屠った人物がスクッと立ち上がった。
「驚かせちまったか? ワリィな」
その追跡者は、木の上のリリスを見てニカッと笑った。笑顔の爽やかな細身の男性である。が、その右腕は肩から先がなくなっており、その代わりに厳めしい形状の鎌のようなものが腕のように生えていた。先ほどこの魔獣を屠ったのも、この鎌である。
「驚かせちまった詫びに、ちょっと寄ってかね? 俺ん家、すぐそこなんだわ」
男性は片腕に易々と緑猪を担ぐと二人に声をかけ、その大きな緑猪の足と尻尾を引きずりながら歩き始めた。緑猪の巨漢をものともしない足取りに、二人は顔を見合わせた後、ひとまず遅れないようについて行った。
***
ずんずんと進んでいく緑猪を担ぐ背中を追って行くと、森が開けた場所に小さな家が建っていた。木の丸太をそのまま活かした家で、煙突からは白い煙がもくもく上がっている。
「お~い、帰ったぞ~~」
「お帰りなさい。って、あら?」
男性は緑猪を一旦降ろして、声をかけながら扉を開いた。すぐに小柄な女性が内側から出てくる。女性はすぐに男性の後ろに控える二人に気付いたようだ。
「あぁ、森でさっきバッタリ遭遇してな。驚かせちまったから、詫びにもてなしてやって。俺は先に裏でコレ、解体してくっから」
そう言って、男性はさっさと裏へ消えていった。残されたのは出迎えてくれた小柄な女性と、状況についていけていないレイとリリスであった。
「あの人がすいません。大したもてなしは出来ないかもしれませんが、どうぞ、こちらへ」
「えっと、どうしよう。レイ?」
「我々もこの状況に戸惑っているのだが……」
「あらあら、あの人ったら。ひとまず中へどうぞ」
にこやかに微笑む女性に促され、二人は中へと足を踏み入れた。中は思ったより広く、何かの工房のようである。
「あれ、あれ?」
「ひょっとしてここは、『
「あら? うちを知ってくれていたのね? 嬉しいわ」
先ほどの男性の妻だろうか、小柄な女性がニコニコと微笑んでいる。なんとなく、ホッとさせる笑顔だ。
その女性が、お茶を入れてくれたので有難く頂戴し、室内を見渡す。室内は天井が高く、窓が多くて風通しがよい。そして何より、至る所にソーセージや干し肉、
「実は、ケルン村の宿で食べたソーセージが美味しかったから、女将からここのことを聞いて、探していたんです!」
「あら、そうなの? うちは主人と二人だからあまり手広くやってないんだけど、そう言ってもらえると嬉しいわね~」
「場所がわからなくて森の中を彷徨っていたら、先ほどの男性が緑猪を狩るところに出くわして、何故かここに案内してもらったんです!」
「ふふふ、そうなのね。あら、でも道沿いに来たら家へ来るのは難しくないでしょう?」
女性の言葉に、レイは無言でリリスを見た。
つまり、リリスが森に突っ込んでいかなければ、あっさりとここに辿り着けていたはずであったのだ。
レイの視線に気づいたリリスは、視線を逸らしてテヘッ、と頬をかいた。
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