第84話 ケルス村の散策

 開けた窓から吹き込む風がカーテンを揺らし、こぼれ落ちる陽の光がリリスの白い頬をふわりと照らし出す。


 いつもはキラキラと輝く新緑の瞳は、今はふんわりとした蜂蜜色の長いまつ毛と白いまぶたに隠されており、その瞼に時折チラチラと光が当たるせいで、蜂蜜色のまつ毛がピクピクと震えている。どうやら目覚めが近そうだ。


「ん、ん~~~」


 リリスはグッと伸びをして、パチリとその新緑の瞳を開いた。目の前のベッドは、既にもぬけの殻。綺麗に整えられているところが、レイらしい。どうやら自分は今日も寝過ごしたようだ。リリスはのっそりと起き上がると、眠気の残る瞳を、こしこしと擦った。

 窓の外には今日も青空が広がっている。絶好の探検日和だ。リリスはのんびりと立ち上がると、のろのろと着替えを始めた。



 その頃のレイは、宿泊した宿屋の一階で朝食を待っていた。今日宿泊した宿は、昨日護衛依頼を受けた依頼主に道すがら聞いた宿である。ケルスは中規模な村で、リケ村より少し大きめの村だ。宿屋は三件ほどあるらしいが、依頼主が一番おすすめだと言うのでこの宿に決めた。


 レンガ造りのどこか可愛らしい小さめな宿ながら、陽の光をふんだんに取り入れた間取りは、明るさと心地よさを演出している。

 この村に冒険者ギルドはない。いつもよりのんびりと過ごす朝の時間は、何物にも代えがたいものだ。先ほど部屋の窓を開けてきたので、寝坊助リリスもそろそろ目覚めるだろう。


――噂をすればなんとやら、跳ねるような独特な足音を響かせてリリスが降りてきたようだ。


「あ、レイ。おはよ~」

「あぁ。よく寝られたか?」

「うん! バッチリだよ~! ちょっと寝過ごしちゃった」

「初めての護衛依頼で力が入っていたのだろう。気にしなくてもいい」

「エヘヘ、ありがと~! あ、私も朝食お願いします!」


 レイの正面の椅子を引きながら照れ笑いを見せたリリスは、元気な声で厨房の奥へと注文を頼む。すぐさま奥からは「はいよ~」と返答が返ってきた。


「レイ、今日はどうする?」

「この村にギルドは無い。村でも見て回るか?」

「いいの?」

「あぁ。ここからサルーラまでは、徒歩で二日だ。明日この村を出発すれば、ちょうどいい」

「やった~!」


 サルーラは、禪と落ち合う予定となっている町だ。そこそこの規模の町で、もちろん冒険者ギルドを有している。そちらも楽しみであるが、せっかく立ち寄ったのだ。この村も少しは見て回りたい。


「はいよ、おまちど~さま~!」

朝食を運んできた恰幅のいい女将が、二人の会話を遮った。

 

 朝食は焼き立てのパン二つに大きな目玉焼き、パリパリに焼けた大きなソーセージが二本。こんもりとしたサラダとホクホクと湯気をあげる具沢山スープだ。


「うわ~~! 大きい! 美味しそう」

「そうだろうそうだろう。うちは朝食が美味うまくて量も多いって、冒険者に好評よ!」


 ワハハハとなんとも豪快に笑う女将に礼を言って、二人は朝食に手を付けた。


「お、おいし――! 他と変わらない献立メニューなのに、美味しい!」

「目玉焼きの焼き加減もいい」

「レ、レイ! この大きなソーセージ、パリッとしてて噛んだらじゅわ~っとジューシーで、すごい食べ応えだよ!」

「このサラダのドレッシングも、味わい深くてなんとも美味い」


 二人はその後しばし、無言で朝食を味わった。大変満足な朝食を終え、食後のお茶を飲み干したリリスは真剣な顔で口を開いた。


「レイ、今晩もここに宿を取ろう」

「賛成だ」


 レイもいつになく真剣に返事をした。一日の始まりに、美味い朝食を食べることは贅沢で幸せなことだ。その日一日の活力になる。二人は真剣な顔で頷いた。



***


 朝食を終えた二人は身支度を整えて、村へ繰り出した。リリスは外へ一歩踏み出し、その光景に目を奪われた。


「うわ、赤い!」


 昨日は暗くなってしまっていたため、そこまで気にも留めていなかったが、地面も建物も全てが赤い。赤と言っても鮮やかな赤ではなく、赤茶けた色だ。


 なんでもこの村一帯は、質の良い赤土が取れるらしい。それ故、レンガ作りがこの村の主な産業となっている。


 今更であるが今日二人が泊まった宿も、もちろんレンガ造りの建物である。

 各々家の玄関回りの地面には、玄関扉を起点に放射状にレンガが敷き詰められている。見て回ると、そのレンガで作られた模様も家ごとに個性があるようで、なかなか面白い。それぞれに家主が自由に敷き詰めているらしく、中にはレンガを雑に砕いて撒いて踏み固めただけの家もあった。


 レンガの敷き詰められていない家と家をつなぐ道は、赤褐色の土で覆われている。おそらくこれがこのレンガを生み出す土なのだろう。


 村の奥へと進んでいくと、いくつも工房らしき建物を見かけた。周りを工房が取り囲む、その中心には大きな登り窯がある。そこでは、数人の男たちが忙しそうに作業を行っていた。二人は邪魔にならないように見学をしつつ、色々と見て回った。


「は~~。レンガって、ああやって作るんだぁ。知らなかったな~」

「素焼きの焼き物は、なかなか個性的で面白かった」


 そこここで天日干しされているレンガを横目に、二人は感想を言い合い、赤土を踏みしめて坂を下って行く。気付けばもう昼過ぎだ。リリスのお腹の虫が、主張を強めてきた。


「……どこか、定食屋を探すか」

「さんせ~い! 宿のご飯が美味しかったから、この村のご飯に期待大だね!」


 ご飯と聞いて目を輝かせたリリスが、鼻歌を歌いながら赤土の地面に高く跳ねた。

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