第83話 初めての護衛依頼
――ぽくぽくぽくぽく。
「お~い。嬢ちゃん達。ここらで休憩してもええかぁ?」
「わかりました~! 大丈夫で~す!」
リリスは大きく息を吸って、元気よく前方の御者へ声を返す。二人は現在、こののんびりとした幌馬車の護衛を請け負っていた。
というのも、ようやくリリスの冒険者ランクがDランクへ上がったのだ。ちょうどいいので、護衛依頼を受けてみようということになった。そこでたまたま見つけた依頼が、ドゴス帝国に入ってすぐのケルス村までのこの依頼だったのである。
このルートでは、キリリクを有するマーラ公国とドゴス帝国の国境には関所しかない。大きな町を経由しない、
「いや~、嬢ちゃん達が依頼を受けてくれて、ほんと助かったわぁ」
「いえ、私たちもドゴス帝国方面の護衛依頼を探していたので、ちょうど良かったです」
「そう言ってもらえると有難いが、キリリクで依頼を出すといつも受けてくれる冒険者がおらんでなぁ。あと一日待って、ダメなら一人で帰るところだったんよぉ」
「え、護衛をつけなくても大丈夫なんですか?」
「いや~、大丈夫ではないよなぁ。そうなったら、馬を休ませずに走らせるんだわぁ」
馬に水を出してやって、御者であり依頼主でもある、人のよさそうな中年男性は、のんびりと馬を撫でている。
その馬に興味津々のリリスは、先ほどから熱心にその馬を観察していた。目が大きくて、まつ毛も長く、大人しくて可愛い。今はのんびり草を食んでいる馬だが、休憩もさせずに一日走らせるのは可哀そうだ。ちょっと依頼料は少なめだったが、この依頼を受けてよかった、と思った。
話を聞いていると依頼主である男性は、目的地であるケルス村で小さな商店を営んでいるらしい。定期的にあちこち仕入れに出向くらしく、今回はキリリクを訪れていたようだ。腰には護身用の剣を挿しているが、腕に自信はないらしい。
現在地は関所を超えてドゴス帝国に入った辺り、このまま進めば夕方頃にはケルス村に到着できるようだ。
ちなみに禪とは、目的地であるケルス村から徒歩二日ほどの距離にある町で待ち合わせをしている。二人がのんびりと護衛依頼を受けることを聞いた禪は、ちょうどいいとばかりに先に出発し、帝国でしなければならない事を先に済ませておくことにしたようだ。
「この辺りは、魔物が少ないな」
「この辺りは関所が近いもんで、定期的に帝国軍が討伐に入ってくれてるんだわぁ」
「なるほど」
荷馬車から降りて、辺りを軽く散策していたレイが戻ってきた。
キリリクから関所までは、ちょこちょこと森から魔物が顔を覗かせていたが、関所を超えてからは全くそういったものを見ていない。レイもリリスものんびりと荷台で揺られていただけである。
依頼主の言う通り、馬を休ませずに走らせ続ければ、魔物に襲われることなく村にたどり着けるかもしれないくらいには、魔物が少ないように感じる。それでも、危険な賭けであることには変わりないのだが。
「さて、そろそろ進みますよぉ」
「あぁ」
「は~い!」
素早く荷台に飛び乗ったリリスとレイは、雑多な商品の隙間にその体を滑り込ませた。
「リリス、これを」
「なぁに? あ、シュルクだ。これどうしたの?」
「さっき見つけた」
レイはリリスの手のひらの上に、先ほど見つけた小さな赤い果実を数個乗せてやった。シュルクは低木に実る、指先ほどの小さな赤い木の実で、口に広がる甘酸っぱさとプチプチとした食感の楽しい果物である。ジャムや果実水にも使われるが、そのまま食べても十分美味しい。二人は小さな赤い果実を片手に、のんびりと流れる景色を楽しんだ。
***
「いや~、助かった。助かった。ほんと~にありがとうなぁ」
「いえ、特に何もしてないんですけど」
「いや~、冒険者がいるといないとじゃあ、安心感が段違いよぉ」
ケルス村の入り口でギルドカードを提示した二人は、その場で依頼主に依頼完了のサインを貰って、手を振って別れを告げた。初めての護衛依頼で最初固くなっていたリリスは、あっけなく完了してしまった依頼を思って、手元の紙をジッと見つめる。
「なんだ、不満か?」
「そんなんじゃないけど、護衛依頼ってもっと大変なものかと思ってた」
「まぁ、普通はもっと魔物が出てきたり、時には盗賊なんかも出てくるな」
「やっぱりそうなんだ?」
「あぁ。この道は魔物が少ないようだ。だからこそ、あの依頼料なんだろうな」
「なるほど~」
「あの依頼料では、普通の冒険者は護衛を引き受けない」
「じゃあ、なんで受けたの?」
「リリスが受けたいといったのだろう。行程的にも半日で行ける距離であったし、ドゴス帝国が行先であった。初めての依頼には、ちょうどいいかと思ったんだ」
「そっか」
「ただ、極端に安かったり、反対に高い依頼料の場合は、その依頼を疑った方がいい。ギルドを介しているとはいえ、全てが安全な訳ではない。その裏には、何か訳がある場合もある」
「うっ。胸に刻みます」
「そうしてくれ」
先ほどまではまだ少し明るさが残っていたものの、話しているうちにすっかり薄暗くなってしまった。まずは宿を取って、明日はこのケルスを歩いて見て回る予定である。
暗くなっても街灯が灯り、明るさを保っていたキリリクとは異なり、辺りは今にも暗闇に飲み込まれようとしている。近頃キリリクに慣れてしまっていたので、暗くなっていく村の風景がどこか心もとない気持ちにさせる。
「さて、さっさと宿を取りに行くぞ」
「うんッ!」
レイの言葉に、どことなくしんみりとしていたリリスの気持ちが浮上する。今朝まで石畳を跳ねていた足は、今はそれとはまた違った土の地面を踏みめている。
自分ひとりだったら、このしんみりとした気持ちに飲まれてしまっていたかもしれない。だが、今はひとりではなく、傍にはレイがいる。
リリスは先を行くレイを追いかけて、新しく踏みしめた地を軽く蹴り跳ねた。
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