第82話 レイと禪の密談(2)

「ところで、リリスとはどうなんだ」

「ぶっふぁア」

 

 思考にとりあえずの終止符を打ったレイは、こちらも気になっていた質問をストレートにぶつけた。無表情で。

 禪は、あまりに突然ぶっこまれたソレに、飲んでいた酒を吐き出した。レイは、それを嫌そうな目で見て、小さく洗浄を唱える。


「あっ、アンタなァ!」

「で? どうなんだ。私には満更でもないように見えるが?」

「そりゃぁ、中身はどうであれ、あんな美少女に迫られたら普通の男ならそうなるだろうよォ!」


 レイはその紫眼を細めた。中身はどうであれって何だ。気持ちは痛いほど分かるが、その言い方はどうなんだ。

 その突き刺すような視線から逃げるように、禪は店員を捕まえて、追加の注文を頼んでいる。店員が去るのを待って、レイは再び口を開いた。


「では、何故答えてやらないんだ」

「それはアレよォ、俺にも色々あンだよ」

「色々とは何だ。しょうもない理由だったら、切り刻むぞ」

「ちょッ、アンタこんな所で物騒な殺気出すンじゃねェ。店の用心棒が来るだろうがァ!」

「はっきりしない男だな。まだ手を出していないのか?」

「出せるかァ! 手ェだしたら、一気に結婚まで持っていく気だろ、アレは!」


 うむ、確かにそれは有り得るな、と考えたレイである。リリスが一度捕らえた獲物を手放すとは思えない。あれは、走り出したら止まらないのだ。


「情けないな。それでもSランクか」

「ギルドのランクは関係なくねェ!? てか、そもそも種族がちげぇだろ。種族が。俺はこれでも長命種だゼ」

「種族の違いがそんなに問題か?」

「種族が別だと、寿命がちげぇだろォが」

「気になっているのは、寿命そこか?」

「アァ? 大切な部分だろうがァ」


 なるほど、禪は寿命の違いが気になっているらしい。

 さらに問い詰めて聞いてみると、Sランクということもあってリリスの前にも、人族の冒険者に迫られることは何度かあったらしいが、付き合っていくうちに寿命の違いが壁となり、破局するということを何度か経験したようだ。ちなみに冒険者以外の女性は、その外見を怖がって近寄ってこない。


 では同じ鬼人族の女性はどうかというと、こちらは人族以上にめちゃくちゃモテるらしいが、単純にあまり好みではないそうだ。聞けば禪の好みは、リリスのような小さくてふわふわしていて、思わず守りたくなっちゃうような元気な明るい子らしい。なんともメンドクサイ男である。


「なんだ。好みなんじゃないか」

「そうなんだよ、悪ィか! だから振れもせずに困ってンだろォ!」


 なるほど、聞いている限り何も問題ない。リリスは隠蔽の耳飾りでその特徴を隠しているが、エルフ族である。エルフも長命種であるので、禪は障害にもならないようなことで悩んでいる、ということだ。というか、振れないから困っているとは、なんだそれは。それが答えだろう。さっさと付き合え。


「まぁ、それについては私からは何とも言えないが、正直にリリスに話したらどうだ? 多分リリスは気にしないぞ」

「正直にそんなこと言って、別の好みの筋肉にホイホイ乗り換えられたらどうすればいいんだァ!」


 お前は乙女か。まぁ、あのリリスの口説き方じゃ、気持ちもわからんでもないが。

 まぁしかし、禪が結構リリスを好いているということはわかったので、よしとする。これは時間の問題だろう、そう結論付けたレイは次の話題へ移ることにした。


「ところで、そろそろ別の町に移りたいんだが」


 聞きたいことだけ聞いてさっさと話題を切り替えたレイに、禪は片手のジョッキを握りしめて恨みがましい眼を向けた。


「なんだ?」

「……いや、いい。アンタら、どっちもマイペースだよなァ」

「…………」

「ア~、町だよな。町ィ。俺はいったんドゴス帝国に渡りたいンだが、かまわないかァ?」

「あぁ、そうではないかと思っていた。決まった町はあるのか?」

「いやァ、とりあえず帝国内のギルドのある町ならどこでもいいぜェ」

「そうか、わかった。リリスにも伝えておこう」

「あァ。行き先だけ教えてもらっておけば、先に向かってくれてもイイぜェ。どうせ、俺と行動を共にするのは嫌なンだろォ?」

「……わかった。感謝する」


 話を終えたレイは、一人ひっそりとその店を後にした。飲食代は禪持ちである。そんなに飲み食いしていないレイであるが、有難く奢ってもらった。


 空を見ると、夕日で空が赤く色づいて来ている。随分と話し込んでしまったようだ。リリスが宿で待っているはずだ。早く帰らなければ。


 レイは、石畳の上を急ぎ足で歩いた。二人の問題なので、あまり他人の恋愛ごとに干渉しないようにしているが、それとなくリリスの背中を押すくらいは問題ないだろう。いや、リリスのことだから、変な暴走をしてしまうだろうか? そんなことを思いながら進んでいくと、前方に小さな屋台を見つけた。


 何やら小さな子どもが集まっている。レイも何とはなしにそれを覗いた。見ると、飴細工職人の屋台のようだ。


 熱した飴をくるくると捻ったり、伸ばしたりしながら形を整えている。みるみるうちに花の形になったそれに、周りから小さな手の拍手が巻き起こっている。小ぶりな大きさのせいか、すばらしい技術の割にそれほど高価なものでもないようだ。いや、それは裕福なキリリクだからかもしれないが、出来上がるそばから売れていく。


 レイは、リリスのお土産に二本買い求めた。帰り道、手の中で踊るように輝くそれに、リリスの輝く笑顔を思い浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る