第81話 レイと禪の密談(1)
満足行くまで森で暴れたリリスは、ギルドで依頼達成を報告して、無事にDランクとなった。
「リリス、よかったな」
「うん、ありがとう!」
ギルドカードの表面を指でなぞったリリスは、喜びに目を輝かせ、晴れやかな笑顔をレイに向ける。
自分の長年悩み続けてきた魔力に方向性が見いだせた。そのことが、リリスの笑顔に磨きをかけていた。
自分の魔力は攻撃魔法や治癒魔法のように、体の外に向けて放つものには適していなかったが、その魔力の使い道は別にあったのだ。
理屈はわからないものの、それが、自分が求めていた
「なんかついてるかも~!」
「調子に乗るなよ」
「わかってるよ~~」
リリスは鼻歌を歌いながら、石畳の上を跳ねていく。
「そろそろ、次の町に移るか」
「そうだね~。キリリクも楽しかったけど、結構長く滞在したもんね?」
「あぁ。次の町はどうする?」
「ん~~。ゼン師匠に聞いてみてからでもいい?」
「あぁ。禪に聞いたら、ドゴス帝国になりそうだな」
「そうかも~」
禪は元々ドゴス帝国を中心に活動する冒険者である。そろそろ一度、戻る必要がある気がする。
「あ、レイ。私ちょっとナイフを手入れに出したいから、武器屋さんに行ってきていい?」
「あぁ。では私は先に行って、宿を確保しておこう」
「ありがとう! 助かるよ!」
そういうなり、リリスはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、武器屋街へと消えていった。マメに手入れをしているリリスだが、今回は魔力をのせているせいか、武器の消耗が激しかったのだ。
レイはその後ろ姿が消えるのを確認してから、宿へと向かって大通りをのんびりと歩いていった。
***
キリリクではもはや定宿となった、はんなり女将のいる宿で予約を取ったレイは、既に知った気配に後ろを振り向いた。
「お、レイじゃねェかァ。今帰ったトコか?」
「あぁ。先ほどな。今日は休みか?」
「いやァ、俺は夜通し迷宮に潜ってて、さっき起きたとこよォ。腹減ったから食事しようかと思ってなァ」
「あぁ。……私も相席してもいいだろうか」
目立つことを嫌って、宿の食事処でさえ禪とは滅多に食事をしないレイからの珍しい申し出に、禪は片側の眉を持ち上げた。
「いいゼェ。なんか報告かァ?」
「まぁ、そんなところだ」
「この宿屋のでイイのかィ?」
「……いや、外に出よう」
「りょーかイ。俺の知っている店で構わねェ?」
「あぁ、いいだろう」
いつもよりフードを目深にかぶったレイは、気配を消して禪の後に続いた。堂々とした足取りで石畳の上を歩く禪は、曲がりくねった道をあっちへこっちへ折れて、細い路地へ入っていく。
「ここだゼ~」
「…………」
店の扉の前で無言で見上げたレイは、その視界に随分と小さな看板を収めた。これは知っていないと来られない店だろう。一見、店には見えない佇まいである。
店に足を踏み入れると、室内は薄暗い。なるほど、窓がほとんどないようである。薄暗いからだろうか、ひんやりとした空気が、にわかに足元から這い上がってくる。店内は、いくつかの空間が仕切られ、客と客とが顔を合わせない作りになっているようだ。
その一卓に案内された二人は、適当に注文を入れてから机の中央にある魔道具を起動させた。
「席に防音の魔道具まであるとは、恐れ入るな」
「まぁ、密談用の店だからなァ」
「そこまでする必要あるのか?」
「アァ? アンタが俺と居るのを嫌がるから、わざわざここに連れてきてやったンだろォが」
「……そうだったか。それはすまなかった」
二人の席に飲み物と軽いツマミが運ばれてくる。木の実を乾煎りして、塩を味付けしたものだ。
「んで? 話ってなンだ?」
「あぁ、リリスの能力の話と、そろそろ次へ行こうかと思ってな」
そういって、レイは飲み物で口を潤しながら、今回の依頼での出来事について説明をした。このところ禪はリリスに訓練をつけていたようだし、何か気づいていないかと思ったのだ。そうでなくとも、Sランクである禪の意見を聞きたい。
「よく、そんな面倒な依頼なンて受けたなァ」
「リリスが受けたいと言ったんだ。そう言ってやるな」
「ンで? そのリリスの武器強化の兆候? ってのは、俺は感じたことは無かったなァ」
「……そうか」
ジョッキを片手にジッとレイの紫眼を見つめていた禪は、その琥珀の眼を面白そうに細めた。
「その前に俺には魔力がねェンだわ。だから、そういったことは全く教えてねェの」
「……それは、言ってよかったのか?」
レイは、その紫眼を問うようにすがめた。一瞬、仕切られたこの狭い空間にピリッとした空気が流れる。
レイも聞いた話でしか知らないが、迷宮銃は適合者の魔力を銃が吸い取って、弾を打ち出しているはずである。適合者である禪に魔力が無いとは、なんとも不可思議な話である。
「ん~~。まァそこまでは、結構知ってるヤツいるしなァ。これ以上は秘密だけど、知りてェ?」
「遠慮する」
「ざ~ンねん。まァ、そんな訳で、リリスのことは実際に見てみねェとなンとも言えねェなァ。ただ、色々見てきた俺から言わせてもらうと、ある特定の才能に付随した適正を見出すヤツは、いる」
「……どういうことだ?」
「例えば、剣の才能があるとする。ひたすら鍛錬していくと、何故かそいつの体格とはどう考えても釣り合わねェ、速さや重さを備えた攻撃を放てるようになる。心当たりあるよなァ?」
どこを見るでもなく天井を見上げていた禪は、挑発するようにその琥珀色の眼をギョロリとレイに向けた。
「あぁ、そうだな。無意識だが」
「そうだよなァ。大抵、み~んな無意識なンだよ。それをそれと思って使ってねェ。つまりよ、あんま難しく考える必要はねぇンじゃね?」
「…………そうかもしれないな」
「そ~いうことにしとこうゼ~。難しく考えると疲れちまうもンなァ。ンなコトは、頭のイイ奴らの仕事よォ」
レイは、手元のそれをグイっと飲み干して、息を吐いた。
確かに、つい色々と考えすぎてしまうのは自分の悪い癖だ。禪の言う通り、この世界には確かに自分たちの考えが及びもしないような、不思議なことで溢れている。今は、無駄にあれこれと考えなくてもいいのかもしれない。
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