第80話 リリスの魔力

「落ち着いたか?」

「うん。ありがと~」


 興奮状態のリリスを落ち着けるべく場所を移したレイは、湯気の立ち上るカップをリリスに手渡した。二人は先ほどまで戦闘していた場所から離れ、一息つける場所を探して街道近くまで戻ってきている。


 先ほどの場所では、魔獣の血を流しすぎた。軽く洗浄はかけたものの、すぐにまた別の魔獣がやってくる可能性があったのだ。

 魔物除けの魔道具もあるが、過度の信用は禁物である。現に、魔獣除けの魔道具を付けたミラチョンが、黄鳥に襲われていたのがいい例だ。魔物は、血の匂いに非常に敏感なのだ。

 

「先ほどの戦闘の最後の一投だが、リリスは自分で何だったかわかるか?」

「んー。格上の相手でなんだか気が高ぶっていて、無我夢中だったからあんまり覚えてない、かも」

「……そうか。リリスは恐らく、あの一瞬で武器を強化したんじゃないかと思うんだ。初めは身体強化でも発現したのかと思ったんだが……恐らく、そちらではないと思う」

「武器を強化?」

「あぁ。昨日の黄鳥も今日の黄熊も、ナイフ一本で首を落としただろう?」

「うん」


 そう言って、リリスはカップを近くに置いてから、自分の投げナイフを取り出した。これは以前、レイから買い取ったものだ。時間の空いた時には手入れをして、丁寧に使っている。

 投げナイフとは言っても、元々レイが気に入って購入しただけのことはあり、柄頭から切先までリリスの拳四つ分程度の長さがあって、小さなものではない。


「昨日は見間違いかとも思ったが、黄熊の首を一撃で落とすことなんて、これまでのリリスならできなかったはずだ」

「うん。そうだね」


 リリスのパワー不足は前々から指摘されており、また自分でもどうにかしたいと思っていた点だ。リリスは戸惑いなく頷いた。


「私が気が付いたのは、その二投だけだったが、禪は何か言っていたか?」

「ううん。ゼン師匠は、何も。これまでこんなことも起きなかったから」

「……となると、本当に昨日今日で発現したということか?」

「そうだと思う。ねぇ、レイ! それを使いこなせるようになれば、もっと強くなれるってことだよね!」

「あぁ。リリスは無意識でそれを使っているようだし、もう少し戦闘しながら帰るか? 練習すれば、何か掴めるかもしれない」

「うんッ! するする! します!」


 リリスは自分の新たな可能性に、目を輝かせて立ち上がった。

 街道まで戻ってきてしまったので、まだマーク牧場からはさほど離れていない。夫婦や牧場の動物たちのためにも、気休めだがこの辺りの魔獣をこっそり間引いておこうということになった。



***


「リリス、上空に黄鳥」

「行きます!」


 レイに狙いを定めて上空から急降下してきた黄鳥は、木の上に潜んでいたリリスの放ったナイフによって、一瞬のうちにその命を刈り取られることとなった。


「思ったよりも早く、安定してきたな」

「エヘヘ。なんか掴めてきたよ~」


 地面に降り立ったリリスは、黄鳥を収納しながら照れ笑いを浮かべる。


「へえ。どんな感じだ?」

「ん~とね。こうグッとして、ジワーっとして、クッ、ピュって感じ?」

「……なるほど?」


 何を言っているかサッパリわからなかったが、リリスが感覚でやっていることはよくわかった。まぁ、いいのだ。当の本人がその感覚を掴むことができるなら。


「あ、でもね! 最初のグッとジワーは、魔法薬を調薬するときに感覚が似ている気がするよ!」

「何? そうなのか?」

「うんうん。だから、この力が使えるようになったのは、きっとレイのおかげだよ!」

「いや、きっかけはそうかもしれないが、きっとリリスは元々そういう方面に適正があるんだと思う」

「どういうこと?」

リリスはレイの言うことに首を傾げた。


「リリスは上手く魔法を使えないだろう? 恐らくだが、放出型の魔法には適正がないんだ」

「うん、そうだよね。自分でも、そうじゃないかと思っていたよ」


 それはレイに出会って、初っ端に言われたことである。あの出会ってすぐに受けたダメージは、なかなか忘れることができないが、今では自分でもそうなんだろうな、とすんなりと受け入れている。


「だが、放った魔法の規模を見てもわかるように、リリスの体内には多くの魔力が循環している。ここからは推察なのだが、その体内の魔力の循環ルートに自分の武器を接続……と言えばいいのか? そういったことが、できるんじゃないか?」

「どういうこと? 普通はできないものなの?」

「あぁ。そうだな……。平たく言えば、リリスは無意識に武器も体の一部としてみなすことが出来るんじゃないかと思うんだ。しかも、その手を離れてもその武器に、自分の魔力を一定期間纏わせ続けることができる。武器には魔力が通りにくいから、それが強化という作用になっているんじゃないか、と思うんだか」

「ん、ん、ん~~。よくわからないかも~」

「まぁ、ただの憶測だ。リリスに必要なことは、その感覚を忘れないように繰り返すだけだ」

「それでいいなら頑張るけど……。でもじゃあ、なんで身体強化じゃないの?」

「リリスの体内の循環ルートを体の表面に変更するか、体の表面まで範囲を拡大すれば、身体強化もできるんじゃないか? あくまで憶測だぞ」

「お、お、おぉ! 夢が広がるねぇ!!」



 目を輝かせたリリスは、その後も森で暴れまわったため、その日キリリクに帰ることは出来なかった。

 結局その日の収穫としては、十回に七回くらいの割合で投げナイフの強化は成功するようになったことくらいだ。残念ながら身体強化は発現しなかったが、十分上出来である。


(リリスに投擲関係の才能があることは分かっていたが……。もしかして、投げナイフの強化はその才能に内包される能力なのかもしれないな。他の武器でも試して、検証した方がいいかもしれないが……)


 すっかりと暗闇に包まれた森で、パチパチを小さく爆ぜる焚火を眺めながら、レイは一人考察に明け暮れた。

 隣では、敷き詰めた落ち葉の上でブランケットにくるまってスヨスヨ眠るリリスがいる。今日は沢山動いたので、疲れているのだろう。グッスリ寝入っている。何か食べている夢でも見ているのか、時折口元がむにゃむにゃと動いていた。


(まぁ、リリスが満足そうなら、それでいいか)


 レイはリリスから目線を外し、暗闇に染まる森から空を見上げる。周囲の警戒を怠ることはできないが、風が控えめに枝葉を揺らす音とパチパチという焚火の音、控えめな虫の声が心地よい。


 小さな焚火と魔物除けの灯りの届かない空では、数え切れないほどの星が二人を見守るように瞬いていた。

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