第78話 マーク牧場の牛を救出せよ(3)

「リリス何か感じるか?」

「ん~ん。全っ然、それらしい気配を感じないよ~。よっと」


 レイとリリスは、マーク牧場から脱走したミラチョンの捜索中である。マーク牧場を取り囲む森はそれなりに広く、捜索は難航していた。何せ、手がかりがほとんど何もない。リリスは登っていた木から、華麗にレイの隣に着地する。


「昨日の朝に気が付いたとしたら、その前日の夜には脱走していた可能性がある。……となると、もっと奥か?」

ミラさんには鈴がついているんだよね?」

「あぁ。チョンにもついているらしいぞ」

「動いていたら、鈴の音が聞こえてきそうなものなのに~」

「……どこかに隠れているのか?」

「う~~ん。この辺に隠れられそうな場所があるかな?」


 二人は辺りを見回した。そこには鬱蒼とした森があるだけだ。幸いにも下草はさほど生育しておらず、見通しはさほど悪くない。

 耳を澄ませても、聞こえてくるのは風が枝葉を揺らす音や鳥の鳴き声だけだ。日は傾いている。暗くなるまであまり時間は残されていない。


 レイはこの辺りの地図を取り出した。先ほど借り受けた、この辺りの詳細な地図だ。それをジッと見ていたかと思うと、おもむろにそれを折りたたみ、鞄にしまった。


「よし、リリス。一度戻るぞ」

「えっ。戻るの?」


 リリスはレイの意見に戸惑った。今のところ何の成果も得られていない。先ほどのマークの様子を見ておいて、なんの収穫もなく戻るのは、正直気が引ける。


「あぁ。奥にいる可能性も捨てきれないが、牛は本来臆病な動物だ。チョンもついていて、そうそう安全な住処から離れるとは考えにくい」


 レイは渋るリリスを説得して、あのぽっかり開いた穴まで戻ってきていた。そこでは、マークが開いた穴を塞ぐべく、作業を行っている。


「マーク、少し聞きたいことがあるのだが」

「あぁ、なんでも聞いてくれ」

ミラチョンの性格を教えて欲しい」

「あ、あぁ。ミラは臆病な癖に好奇心旺盛でな、珍しいものになんでも興味を示す。チョンはしっかりしていて、とても賢い犬さ」

「そうか、ありがとう」

「いや、さっきは取り乱して悪かった。どうか、二頭を頼む」


 穴の内側で頭を下げるマークに軽く声をかけて、二人は柵添いに進む。

 そのまま進んで行くと、牧場を挟んで穴の開いた場所のちょうど反対側辺りだろうか、その辺りで、二人の耳がかすかな犬の鳴き声を捉えた。


「レイ」

「あぁ」

二人は顔を見合わせて頷き、その鳴き声に向かって一気に駆け出した。


 犬の鳴き声が徐々に大きくなってくる。それと時を同じくして、鈴のチリチリという音も聞こえ出した。レイは鞘から剣を抜き、リリスも両手に投げナイフを構えている。


 二人は前方に、必死に牛を追い立てて走る犬の姿を捉えた。牛は元気そうだ。だが、犬はどこか走り方がぎこちない。その二頭の後方上空には、黄鳥の魔獣が迫っていた。

 この黄鳥、猛禽もうきんたぐいで黄鳥のわりには獰猛で体も大きく、足の力も強くて爪も鋭い。鳥の中では厄介な類の魔獣である。


「リリス、いけるか?」

「任せて!」


 空を飛ぶ敵には、リリスの方が相性が良い。黄鳥は今まさにチョンに狙いを定め、その太い足と爪で襲い掛かろうと降下してきているところだ。

 リリスはスピードを上げて木立の間を走り抜け、そのまま木に駆け上ると、黄鳥の至近距離から投げナイフを二本放った。ナイフは狙いを外すこともなく、その首に突き刺さる……だけに留まらず、その首を跳ね飛ばす。

 

「……ん?」


 その戦闘を見ていたレイは、僅かな違和感を感じたが、今はそれどことではない。興奮している牛を落ち着かせて、捕獲する必要があるのだ。


 レイはミラの頭に布を被せて視界を塞ぐと、素早くその首輪にある輪っかに、マークから渡されていた縄を結び付けた。そのままミラを落ち着ける間も、チョンはちょこんとお座りをして大人しく待っている。聞いてはいたが、本当に賢い。下手をしたらリリスより利口かもしれない。だが、足をよくよく見れば、怪我を負っているようだ。


「リリス。その犬、後ろ足に怪我をしているようだ。見てやってくれないか?」

「ちょっと待ってね」

レイの言葉に返事を返し、黄鳥を収納して辺りを警戒しながら戻ってきたリリスは、大人しく座っている犬に近づいた。


「お利口さんだね~。ごめんね、ちょっと触るね」

ヨシヨシと頭を撫でながら、リリスは素早く怪我の状態を確認する。魔物の爪にやられたのか、ザックリと裂けた傷は痛々しいが、骨には異常はなさそうだ。これなら手持ちの薬で何とかなる。


「レイ、傷口を洗浄して欲しいんだけど」

「あぁ、リリスがかけてやるといい」

「いいの?」

「あぁ、この牛も随分汚れているから、ちょうどいいだろう」


 レイになだめられているミラを見て、リリスは頷き、洗浄を唱えた。途端に、チョンミラもレイもリリスも綺麗さっぱり、ピカピカになる。それを確認してから薬を塗り込んで、念のため包帯を巻いた。


「これで大丈夫かな」

「こっちも大丈夫そうだ。牧場へ戻るか」

「うんッ!」


 気付けば辺りは薄暗くなっている。さっさと戻って、今も心配しているであろう夫妻を安心させてあげなければ。マークはまた泣くかもしれないが。


 レイがミラの手綱を引き、その横にリリスとチョンが並ぶ。このチョンも賢い割に、なかなか愛嬌のある顔をしている。ジッとチョンの方を見ていたリリスが、ヘラッと笑った。


「わんこも可愛いねぇ」


 辺りにはレイが取り出した魔物除けの優しい光と、首輪につけられた鈴のチリチリと響く音、リリスの楽し気な話声が響いていた。

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