第69話 キリリクの宝石迷宮(1)

 古くからこれを中心に街が発展してきただけのことはあり、キリリクの宝石迷宮は、街の中心部にある。


「まずは入場料を払わないといけないんだよね?」

「あぁ。一層は、入場料さえ払えば誰でも入ることができる。キリリクの立派な観光地だ。二層に下りるには、ギルドカードを提示しないといけないが」

「そうなんだ? 一層は安全ってこと?」

「あぁ、何故かここの迷宮の一層には魔物が存在しない。どんなところかは、入ってからのお楽しみだ」

「そっか~。楽しみ」


 エヘヘと笑うリリスが、座った姿勢のままぴょこりと跳ねる。体を寄せて小さな声で話をする二人の姿は、街中を走る乗合馬車にあった。石畳をガタガタと音を立てて走る馬車は、振動も大きい。

 先ほどから体重の軽いリリスは、ぴょこりぴょこりと、その体を跳ねさせていた。その度ごとにフードがずれそうになるので、それを押さえるのも大変である。


 ほどなくして、二人はキリリクの誇る宝石迷宮に到着した。二人の乗っていた馬車からも、ぞろぞろと人が下りていく。


「うわ~、結構並んでるー!」


 先に馬車から下りたリリスが声を上げた。今日は朝から気合いを入れて、乗合馬車を使用した二人であるが、それでも既に人の列が出来ていた。

 まだ早い時間だからだろうか、並んでいる者は冒険者が多いが、明らかに冒険者ではない者も中には混ざっているようである。


 二人はおとなしくその列の最後尾に並んだ。入場料を払うだけなので、割とスイスイ進むのが救いだ。


「なんか、すごい。都会だねぇ……」


 あまり人の列に並んだことのない、リリスである。煩わしいばかりの行列であるが、そんなことですら喜ぶリリスに、レイは無表情な顔からいささか力を抜いた。


 キョロキョロと辺りを見回すリリスとたわいのない会話をしていると、順番が回ってきたので用意していた金額を支払う。


「うぅぅ、わかっていたことだけど、高い~~!」


 横を見れば、リリスは財布を握りしめて、泣く泣く入場料を支払っていた。

 いや、昨日ギルドで溜まっていた魔物を換金したばかりだから、余裕あるだろ。と思ったが、そう言えばあの後散々買い食いしたり、入った喫茶店で値段の高い甘ったるいものを食べていたな、とレイは思い出す。


 これは、リリスのために金策が必要だ。折よく、この迷宮は言わずと知れた宝石迷宮である。金策に持って来いだ。ちまちまと灰色魔物を狩るより、ずっと稼ぐことができる。

 リリスの付き添いでこの迷宮に訪れ、それまでどちらかと言うと観光気分だったレイは、この時、冒険者としての意識にパチリと切り替わった。



 入口を抜けて一歩迷宮内に立ち入ると、途端に世界が切り替わる。

 そこは、洞窟のように薄暗い、ぽっかりとひらけた空間であった。ただの洞窟と違うのは、その地面から、側面の壁から、天井から、壁面という壁面びっしりと、みごとな宝石の結晶に彩られていることである。


 さらに足を踏み出せば、目に飛び込んでくる、色とりどりの宝石の結晶。それも大小さまざまで、天井から突き出しているひときわ大きな結晶は、純度の高い水晶のようである。それだけでも目を引く美しさであるのに、その周りを取り囲むように連なる結晶との調和は計算されているかのように見事で、一際美しい造形を作り出していた。


「う、うわ~。すごい! キラキラしてる! きれい!」


 あちこちと目線を動かすせいで、フードの脱げかけたリリスの瞳に、宝石越しの色とりどりの光が差し込んでいる。


 薄暗い空間ではあるのだが、不思議なことに、舞台をポッと照らしだすような光があちらこちらの結晶を浮かび上がるように漏れ出ているのだ。その光は何故かゆっくりと移動しており、純度の高い結晶はそれに合わせて表情を変えていく。その光景は、まるでまるでおとぎの国に迷い込んだような心地にさせた。


 これは観光地になるはずである。これで魔物も出ないとなれば、高い入場料も納得できることであった。


 シャンデリアのように煌めく光は幻想的に辺りを照らし、その空間に溶け込むリリスを、まるで妖精のように浮き上がらせる。

 先を急ぐ冒険者がのんびりと景色を楽しむ二人を追い抜き、足早に通り過ぎていくのだが、先ほどからリリスの姿に足を止める冒険者が後を絶たない。その度ごとに、レイが殺気を放って追い払っているのだが、キリがないほどだ。

 レイは人知れず、ため息を吐いた。


 外野は煩わしいが、リリスが楽しめているようで何よりである。レイはもう一度ゆるりと息を吐いて、自分もその幻想的に煌めく景色を眺めた。

 かつて、何度か潜ったことのある迷宮である。特に感慨などない、と思っていた。


(こんなにのんびり、この景色を楽しんだことも無かったな)


 心から楽しそうにしているリリスといると、なんだか自分も楽しいような気分になるのが不思議だ。一度目にした景色も、何故だか違って見えるような気がする。


 レイはしばらくの間、その刻々と表情を変えていく煌めきを、ただただ眺めていた。




 その姿を見たリリスが、「この空間における、レイの王子様感が半端ない!」と思っていたのは秘密である。

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