第70話 キリリクの宝石迷宮(2)

「そう言えば、こんなに宝石がいっぱいあるのに、なんで誰も一層で採掘しないの?」

そろそろ二層に下りようとギルドカードを取り出していたリリスが、ふと疑問を口にした。


 一層にこれだけ宝石がひしめき合っているのならば、わざわざ下層に下りる必要はないのではないだろうか。特に入場の際にそう言った注意は受けなかったので、一層での採掘は禁止されていないはずである。とはいえ、観光地であるので、禁止されていても不思議ではない。


「あぁ、それは」


 レイは自分の足元にあった小さな結晶を、おもむろに鞄から取り出した金槌で叩いた。二回ほど打ち付けると、簡単に結晶が砕けたので、その欠片を反対側の手で受け止める。その手の中のものをリリスに見えるように、差し出した。


「ん? 石ころ?」

レイの手の中にちんまりと収まっているのは、今も足元で輝いている宝石の欠片などではなく、輝きを失ったただの石ころであった。


「あぁ。どういう仕組みか知らないが、ここの宝石は砕くとただの石になってしまうんだ」

「え、えぇ~~。本当に見るためだけの空間なんだねぇ……」


 リリスはしみじみと呟いた。夢があるのか、ないのか。現実はそんなに甘くはないということなのか。一気に現実に引き戻されて、スンッとなったリリスであった。



 二人は、二層への階段前に立ちふさがるギルド職員に、無言でギルドカードを提示して二層へ降り立った。

 煌びやかな一層とは打って変わって、味気ない階段を下りた先も、なんとも味気ない空間であった。いや、普通の薄暗い洞窟である。


「よし、入場料の元を取らないとな」

「うんッ!」


 気を取り直した二人は、後から後からやってくる冒険者にそそくさと道を譲り、下層への最短ルートではなく、最も遠回りになるルートを進む。

 薄暗い洞窟ではあるが冒険者が多く訪れるだけあって、二層には所々に松明が灯してあり、なんとも初心者に優しい。とは言え、このようにわざわざ所々に明かりを灯しているのは、五層辺りまでだが。


 所々に置かれた松明だけでは心もとないので、二人はお揃いのカンテラを取り出した。魔物が寄ってこないのは困るので、レイの持っている魔物除けの魔道具は使えない。


 二人が手にしているそれは、持ち手が輪になっており、華美にならない程度の控えめな装飾が施された、箱型の灯りである。

 上品でいて可愛らしい形状のこのカンテラは、昨日キリリクの街をそぞろ歩いた時に見つけたものだ。リリスが一目惚れしたものであるが、少々雑に扱っても問題ない頑丈さと、趣のある意匠が気に入って、レイもひとつ購入した。


 その優しい光が、二人の足元を照らしている。しばらく無言で歩いていると、前方でプルンとした影がうごめいた。その気配をいち早く察知したリリスが、カンテラを顔の前方へ掲げると、その姿が浮き彫りになる。


「……え? スライム?」

「あぁ。スライムだな」


 実は、リケ村の迷宮にもスライムはいた。あの迷宮にいたスライムは濁った灰色であり、尚且つベトッとベチャっとしたもので、あまり触りたくない形状のものであった。


 今、二人の目の前でプルプル揺れているものは、明らかに弾力のある雫型のものである。色も灰色にもかかわらず、なんだか澄んでいて綺麗だ。プルプル震えているだけで、あまりその場を動くこともないそれを見ていると、なんだか可愛い気もしてくるから不思議だ。とは言っても魔物に変わりはないのだが。


 レイはおもむろにアイテムバッグから、細長い木の棒を取り出した。そのままツカツカとスライムに近寄ったかと思うと、その棒でスライムをバシッと叩いた。


「ひぁッ。レ、レイ!?」

「どうした?」


 レイは無表情な顔をリリスの方へ向けて、首を傾げた。


「レ、レイは何をしているのかな?」

「何って、宝石を吐き出させているんだが?」


 よく見てみると、叩かれたスライムは、その雫型の上部からとても小さな宝石をひとつ吐き出していた。リリスは、あんぐりと口を開いた。レイは先ほどのスライムが吐き出した、その小さな宝石を摘まみ上げて、リリスの手のひらに乗せてやる。


「え、そんな取り方?」

「あぁ、まぁ。この迷宮では、下層に行けば行くほど大きな宝石が得られる。取り方は色々だが、この二層のスライムはこうして取るのが一番簡単だ」

「そ、そうなんだ……」

「もちろん、魔石も取れる」


 ザシュッと握っていた木の棒で一刀したスライムから、魔石を取り出して見せたレイは、その粘液も容器に採取している。それなりに需要があるらしい。


「ただし、素手で触るのはダメだ」

「う、うん」


 可愛く見えても、魔物は魔物だ。その辺りのことは、禪からもキツく言われているし、リリスもわきまえている。リリスは重々しく頷いた。


「ね、ねぇ、レイ」

「なんだ?」

「素朴な疑問なんだけど。昨日、貴族の人は魔石は魔物の体内から得られるから、使用を忌避して代わりに宝石を使うって言っていたよね?」

「あぁ。そうだな」

「これは、その……いいの?」


 レイは、ジッとリリスを見下ろした。その無言の圧に、リリスはゴクリと唾を飲み込む。


「リリス、それは言ってはいけない。知らない方が幸せなこともある」

そう言って、レイはリリスの手に先ほどスライムをほふった、細長い棒を握らせた。


 つまり、そういうことである。この小さな宝石が、たとえ魔石と同じように魔物の体内から得られるものだとしても、魔石は汚らわしく、宝石なら問題ないのだ。


「貴族って、ほんとによくわかんない」

なんだかなぁ、と思いながらも、リリスはレイから渡された棒を握りしめた。


「よし。リリス、危ないと思ったら?」

「迷わず逃げる!」

「よし、行け」

「はいッ!」


 こうしてこの日、二層のスライムは、リリスによってボコボコにされる運命となった。

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