第68話 キリリク(2)

 買取カウンターでアイテムバッグの中の魔物を売り払ったものの、それでもリリスがDランクにあがる為の規定数には及ばなかった。

 リリスは、レイや禪についてちょこちょこ迷宮に潜ったりしていたものの、これまで調薬を主にしていたので仕方がない。調薬もまだまだこれからとはいえ、ひと段落ついたことであるし、これから討伐数を増やしていけばいいだろう。


 レイとリリスは、素材を売り払った分の金額を受け取って、ひとまずギルドを出ることにした。本当は依頼票も確認しておきたかったが、この時間は人が多すぎるので、今は諦める。


 禪は、とギルド内を確認すると、ムキムキな筋肉自慢の冒険者に取り囲まれていた。何やら「兄貴ィ」「久しぶりっス」などと聞こえてくるので、知り合いかもしれない。特に関わる気もないので、こちらも放置することにする。もとより今日は、事前に別行動をすると話してあるので問題はない。昨晩泊まった宿を数日間おさえているので、どうせ夜にでも顔をあわせるだろう。


 リリスは、戻ってきたギルドカードを嬉しそうに眺めている。それにつられて、自分のギルドカードに目を落としたレイは、そこに新たに刻まれたパーティーメンバーの名を感慨深く指でなぞった。


(誰かとパーティーを組むなんて、考えたこともなかったな)


 二人はギルドの開きにくい扉を開けて、旧都の面影を残す石畳の上に踏み出した。街はすっかり眠りから目覚め、あちらこちらでざわめきが生まれている。


「先に教会、だな」

街を見て回りたいところだが、まずは教会へ向かう。傷が多くてギルドでは買い叩かれる素材を寄付するためだ。


「うんッ! それにしても、素敵な街だね~!」

かつてのマーラ王国民が踏みしめていたであろう、石畳の上をリリスの白い足が跳ねる。


 教会はギルドから少し距離がある。大きな街なので乗合馬車で移動してもいいのだが、二人は観光がてら、のんびりと歩くことにした。


 立て込んだ建物から覗く朝の光が眩しくて、あたたかい。朝の冷たい空気で少し湿り気を帯びた石畳が、朝の光に輝いて煌めいている。

 どこを見ても、趣を感じさせる美しい街並みは、リリスの心を浮足立たせた。


 二人は、大通り沿いを歩いている。時折、先を急ぐ馬車が、のんびりと歩く二人の外套がいとうの裾をはためかせた。朝からせわしないことである。


「何の工房かな~」

リリスは興味の惹かれるままに、大通り沿いの工房を覗き込む。この時間、まだ店は開いていないものの、店の奥からはカンカンキンキンと、甲高い音が僅かに漏れ聞こえ始めている。


「ここは、魔工学の工房だな。作っているのは……、宝飾品か?」

「魔工学?」


 リリスの横で看板を眺めていたレイの答えに、リリスはきょとんとした顔で首を傾げた。


「一般的な魔道具や、我々冒険者が身に着ける装飾品には、魔物から得た魔石を使用するだろう?」

「うん、そうだね」


 何を当たり前のことを言っているんだろう、と言った顔でリリスは頷く。


「だが、貴族の中には、魔物から取り出される魔石を汚らわしいとして、忌避する者も一定数いる」

「えっ、そうなの?」


 驚きに目を丸くしたリリスに、レイは頷いた。

 魔石は、冒険者や庶民にとってはありふれた動力源であり、それのない生活など考えられない。魔物から取り出した、得体のしれないものを使いたくない気持ちもわからなくはないが、魔石を使わないなんて、すごく不便なのではないか。


「そういった貴族は、宝石を好んで使う。ただし、宝石は魔石のような効果を持たないから、魔工学を用いて魔石の代わりになるように加工するそうだ」

「ん〜。ちょっと理解できない、かも。」

「まぁ、貴族の考えることだ。魔工学で作り出された魔宝石が、魔石に似た働きをするとはいえ、その動力効率は魔石に劣る。それでもって、値段がかなり高い」

「高いのか~」


 レイが高いと言うなら、かなりの値段なのだろう。見るだけなら見てみたかったが、それすら出来そうにないな、とリリスは考えた。恐ろしく敷居が高そうである。


「まぁ、貴族の見栄の賜物だ。宝石を潤沢に手に入れることができるキリリクだからこそ、発展している分野だろうな。冒険者である私たちには必要のないものだ。とはいえ、その技術は純粋に素晴らしいと思うが」

「そっかぁ」


 リリスは再び、工房の奥を覗き込む。そこは、甲高い音が響くだけで、何も見ることはできないが、何かを感じ取るようにジッと耳を澄ませた。

 レイは、そんなリリスの横顔を見つめている。レイは全く興味を惹かれなかったが、魔工学というものは、かなり複雑な体系を持ち、魔法や魔力に精通しているものでなければ、習得は難しいと聞いている。


「……魔工学の知識のあるものに魔法を教わることができれば、今のように遠回りをせずともリリスは魔法を使えるかもしれないな」


 リリスの今は隠蔽されている長い耳が、レイの小さな呟きを拾う。リリスはジッと見つめていた工房から目を離して、レイを見上げた。


「レイ。私はレイにすごく感謝してるよ。レイに出会う前は、自分には魔法しかないって思っていたけど、今は魔法が無くても戦うすべも身についたし、調薬もある。逃げ足だって、誇れる長所だって気がついた」

「そうか」

「うん! 今は、それほど自分に魔法が必要だとも思ってないの。そう思えるようになったのも、レイのおかげだよ」


 ニコニコしているリリスに、言葉少なく「そうか」と返したレイは、いつもの無表情だったが、どことなくホッとしたような、嬉しそうな、そんな雰囲気を漂わせていた。それを正確に読み取ったリリスは、更に笑みを深める。


「ねぇ、レイ! 教会に寄ったら、その後、甘いもの食べに行かない?」


 リリスの弾む声が、石畳に弾んで弾ける。


 さきほどまで日の当たる石畳の上で寝そべっていた猫が、ぐーっと大きく伸びをして、楽しそうに歩き出した二人の後ろ姿を、大きなあくびと共に見送った。

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