第60話 薬師と神獣と鬼人(5)
あれからレイは、リリスやローグからも空き瓶を貰って聖水を汲みに行ったり、村人に頼まれて肉を狩ったり、定食屋に頼まれて野菜を取ったり、そう思ったらローグからの依頼で再び調薬の素材を採取したりしていた。
「……なんか、働いてばかりではないか?」
レイは首を傾げた。
一方禪は、深層で狩った獲物をキリリクのギルドへ売りに行ったり、そのついでに宝石迷宮でひと稼ぎしたり、その稼ぎで美味い酒を飲んだりしていた。そして、美味い酒と料理、食材と女性ものの髪飾りを土産に帰ってきた。色々ちゃっかりしている。もちろん髪飾りはリリスへの土産だ。
「レイには無いんですか?」
「リリス、やめてくれ」
自分だけ可愛らしいリボンの髪飾りを受け取ったリリスは、悪気なく素朴な疑問を禪にぶつけた。それをリリスの隣で見ていたレイが、即座に拒否する。自分にリボンなんて、どんな罰だ。
一連の流れでレイが女性だとようやく気が付いた禪は狼狽えていたが、その混乱に乗じてちゃっかり食材一式を巻き上げたレイである。どうせ四人分の食事になるので、禪は頭を下げて持っていた全ての食材を差し出した。
そんなこんなで、リリスの調薬が休みの今日。天気は快晴。広がる青空に雲一つなし。空気は澄み渡り、頬をくすぐる風は爽やかで心地よい。絶好のお出かけ日和だ。
「今日は! 迷宮にいくよ~!」
リリスは朝からやる気に満ち満ちている。
今日はレイ、リリスそれに禪の三人で迷宮に潜る予定なのだ。はじめはレイとリリスの二人で潜る予定だったのだが、暇をしていた禪が面白そうだとそれに乗っかって来たのだ。レイは嫌そうな顔をしていたが、無表情なので誰にも気付いてもらえなかった。ちなみにローグは昨晩遅くまで酒を飲んでいて、今日は一日寝て過ごすらしい。
迷宮に向かうために村を出てすぐに、リリスは街道を外れて森へ突っ込んでいった。この辺には灰兎が出るのだ。リリスが黙って歩ける訳がない。方向はあってるからいいのだ。方向は。
「おィッ!」
禪がリリスを呼び止める声も、中途半端に前方へ差し出された手も無視して、リリスはモリモリ進んでいく。それを横目にレイはのんびりリリスについて歩き出す。その目にはほんの僅かに憐れみを浮かべていたが、禪がそれに気付くことはなかった。
「いつものことだから、気にするだけ無駄だぞ」
「はァ!? どんな教育してンだ」
「気付いたら……というか、最初からこうだった? としか」
「はァ? アイツ、見るからに弱っちィだろ!?」
「あぁ、まぁ。だが、逃げ足は確かだから大丈夫だろ」
禪はこれでも面倒見がよい方で、後進の育成にも機会があればまめまめしく気を配っている。見た目が厳つい鬼人なので、中々近寄りがたいのだが、それでも一定数の筋肉自慢の後輩冒険者たちからは「兄貴」と慕われていたりするのだ。
そんな禪から見て、リリスは間違いなく弱々しく、どこからどう見ても初心者に毛が生えた程度のひよっこである。決して、森に放って放し飼いにして良いレベルではないのだ。
とは言え、冒険者には冒険者のスタイルがある。一応はレイが監督しているようだし、しばらくはおとなしくしていたのだが、迷宮に入ってからもひとり突っ走っていくリリスにとうとう我慢の限界が来た。
今まさに獲物をレイに見せに来て、また駈け出そうとしたリリスの小さな頭を「ガシィィ」とその大きな手で鷲掴む。もちろん、その手に力は込められていない。その辺りはさすが紳士である。
「ちょっと待てヤ、ゴラァ」
「およ?」
地を這うような低い声とさすが鬼という顔面の禪を見ても、リリスはその新緑の大きな瞳をキョトンとさせるだけだ。
「ここからは、俺が見てやるぜェ。アンタもそれでイイだろォ?」
「好きにやってくれ」
鬼の形相の鬼に問いかけられたレイは、いとも簡単に自分の所持する、リリスに関する全権を禪に譲り渡した。Sランクの指導を受けられる機会など、極めて稀である。レイは優しい目をして、禪にリリスを任せた。面倒ごとを体よく押し付けることができたなんて、思っていない。少ししか。
なお本日の目的は、リリスのゴブリン再戦である。ゴブリンは五層に出現する魔物だ。それを知っている禪は、リリスを肩に担ぐとそのまま一直線に五層に向かって悠然と歩き出した。リリスを担いだところで、立派な体躯はビクともせず、動きにブレも無駄もない。
歩く、とは言っても普通の人の歩くスピードではない。ただでさえ身長も高く、足も長い。その上Sランクの禪は、普通に歩いているにも関わらず、風を切るようにズンズン進む。三人は、あっという間に五層に到着した。
結果から言えば、リリスはあっさりゴブリンを倒した。
前回は初めての人型魔物の討伐ということで、大いに動揺してしまったが、今やクワァトへの往復で何度も灰熊に向かっていったリリスの敵ではない。
前回の討伐から時間を置いたのも良かったようだ。そもそもゴブリン単体の強さは、灰熊の足元にも及ばないのだ。慣れさえすれば、今のリリスの敵ではない。
「よォし、ゴブリンも倒せたなァ。ここからは俺が、冒険者とは何たるかを教えてやンよォ」
「よろしくお願いします! ゼン師匠! 今日も素敵な筋肉ですね!」
こうして、禪によるリリスの特訓は開始された。
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