第47話 クワァトの迷宮もどき(4)

 リリスが怪我をしたこともあり、レイは一度ギルドへ引き返すことを提案したが、まだやれる、というのでもう少しだけ先へ進むことにした。

 リリスを攻撃した個体も気になるので、リリスには無理をしないことを言い含めてもう一度、二層を探索する。

 今回はレイを先頭に二人で進むことにしたのだが、あまりの数の多さにレイはちまちまと討伐することが段々と面倒になってきた。


「リリス、雑魚は倒してしまってもいいか? 素材も駄目になるかもしれないが」

「うん、数が多すぎもんね。今回は迷宮の調査依頼だし、いいよ」


 リリスの許可を得たので、レイは一度リリスを二層の入り口に残し、足場の悪い磯を駆け出した。

 そのまま剣を鞘から抜いたかと思うと、ひと思いに横に薙ぎ払う。その剣の風圧は凄まじく、海星ヒトデ魔物を地面から引き剥がし、巻き上げ、いともたやすく空中へその身を躍らせる。更に、海星魔物が再び地面へと落下するより早く、その弱点を的確に剣が貫き、薙ぎ払い、切り刻んでいく。辛うじて目で追えるかどうかという速さで行われていく介入に、リリスはただただ、驚いた。


「ほぁ~。すごいの知ってたけど、本当にレイって強かったんだ。あれ、私って実は足手まとい?」


 リリスは、入り口でぽかんと口をあけながら、その一方的な介入を見学していた。一応、後方から他の冒険者が来ないか見張りをしているのだが、その気配もない。ほぼ突っ立ているだけである。


「しかも、素材駄目にするかもとか言っていた割に、ちゃんと綺麗に倒してるような……?」


 リリスの言う通り、レイは巻き上げた海星の裏側の中央を正確に狙っているように見える。見ている間に入り口側の海星魔物は綺麗に屠られ、今は二層の真ん中辺りまで進んでいるようだ。


 リリスは足を踏み出して、クワァトで新しく購入した、ごつめの手袋を装着した。

 出番が無さそうなので、レイが倒したまま放置しているそれを回収することにしたのだ。見れば、そのほとんどは中央を一突きされている。まれに、半分以上消し飛んでしまっているもののまるが、素材としては十分な数を集めることができるだろう。


「う~~ん。私ってレイの役に立ってるのかな?」


 このままではやばいのでは? リリスはここに来て、少し危機感を覚えた。レイの好意に甘えて、何となく一緒に旅をしているが、このままではいけないかもしれない。


「もっと本格的に鍛錬しなければ……」


 黙々と海星魔物の亡骸を拾いながら、誰に聞かせるでもなくリリスは呟く。潮だまりに映ったリリスの顔は、決意に満ちた真剣な表情をしていた。





 しばらくして、レイはリリスの元に戻ってきた。


「あぁ、回収してくれていたのか。助かる」

「あ、レイ。終わったの?」

「あぁ。ひとまずこの階層のものは全て倒したはずだ」


 そういいながら、レイは自分の鞄からズルリと大きな緑海星を取り出した。緑海星の腕を掴んだレイは、握った緑海星の反対側の腕が地面につかないように自分の胸の高さまでそれを持ち上げる。単純にでかい。


「え、なにこれ。大きいね……」

「あぁ。リリスを攻撃してきたのは、こいつだろう」


 リリスは、自分を攻撃してきたという、それをマジマジと観察した。表面のトゲは鋭く長く、如何にも魔物っぽい。更に、通常五本ある腕は、六本ある。


「ちょっと、気持ち悪いかも……」

「これは、ギルドに報告をあげる時に一緒に提出することにしよう」

「そうだね、それがいいと思う」


 リリスの言葉にレイは頷き、その辺に散乱している魔物を拾い始めた。


「二人で回収すると早いな。助かる」


 リケの迷宮でコボルトやゴブリンを一人で解体したことを思い出しながら、レイはリリスに感謝した。


(そういえば、ゼンと貴族の男性はどうしているだろうか)


 そう考えたところで、Sランクの心配など不毛なことだ、と首を左右に振る。ふとリリスを見やると、レイをジッと見つめていた。その新緑の瞳が、心なしか輝いているように見える。

 

「レイ、私がいて助かる?」

「? あ、あぁ。現に今、助かっているだろう? 一人でこの量を回収するのは骨が折れる」

「うふふ。そっか。よし、頑張るぞ~~!」


 リリスは、迷宮の青空に拳を突き上げた。どこにリリスのやる気スイッチがあったのかよくわからないレイは、ひとり首を傾けた。



***


「口が幸せすぎる~。紫玉菓しぎょくかって何でこんなに美味しいのかな」


 回収を終えた二人はしばらくの間、海星魔物が再出現するのを待っていた。ただ待っているのも暇なので、ちょうどよい岩場に腰かけて、以前迷宮で採取した紫玉菓しぎょくかを頬張っている。リリスは、あまりの美味しさに頬を両手で抑えていた。


「さぁな。そんなに気に入ったなら、リケの迷宮に取りにいくか?」

「ん~~。十六層だっけ?」

「あぁ。リリスにはまだ厳しいかもしれないな」

「うぅ……。まずはゴブリンからか……」


 何やら悩んでいるリリスを尻目に、レイはもう一粒、口に含んだ。瑞々しい豊かな香りと、口に広がる甘みに癒される。迷宮内だというのにどこからともなく潮風が吹いて、それが心地いい。相変わらずの無表情で、のんびりとリリスを見守った。



海星ヒトデ魔物の再出現は、随分早いな。それが増殖の原因か……?」


 結局、リリスが紫玉菓しぎょくか十数粒を大切に大切に味わい、果実水を飲み切ったところで、海星魔物のリポップを確認できたので、二人は一度ギルドに報告に戻ることにした。

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