第48話 クワァトの迷宮もどき(5)
ギルドにリリスを攻撃してきた緑色の
「昨日のが嘘みたいに平和だね」
「これが普通の状態なんだろう」
「しばらく冒険者が潜ってなかったか、潜っても放置してたってことかな」
「
リリスはぴょんぴょんと岩場を跳ねながら、危なげなく先へ進んでいく。
今日はすんなりと、三層まで降りてくることができた。三層は一見何の変哲もない砂浜のようであったが、踏みしめると下から海水がじんわりと染み出してくる。よく見ると、湿り気を帯びた砂にはポツポツと小さな穴が開いていた。
「ん? レイ、何か居そうだよ」
「あぁ、多分貝じゃないか?」
「貝? あの美味しいやつ?」
「多分な」
リリスはニコルの店で食べた、塩茹でしてたっぷりの溶けたバターに浸かった二枚貝を思い出した。思わず口からよだれがたれそうになったが、いち早く察知したレイによって事なきを得た。レイの白いハンカチは、またもや犠牲になったが。
試しにレイがその穴へ近づいていくと、細長い何かが泥水をまき散らしながら、飛び出してきた。レイは飛んでくる水をスルリと避けると、素早く穴に戻ろうとするその細長い何かを鷲掴んだ。
「えっ!? レイ、そんなの掴んで平気!? 魔物だよね!?」
「あ? あぁ、平気だ。灰色だからな。色付きが出てきたら、リリスは触らないように」
「う、うん。魔物を素手で触ろうなんて思わないけど……」
「それならいい。この細長い貝は、穴に近づくと水と砂を吹きかけてくるが、水がないと直ぐに仮死状態になるんだ」
「え、じゃあ、もうこの状態で仮死状態ってこと?」
「あぁ。このまま持って帰って、ニコルに調理してもらってもいいし、このように下側に魔石が見えるだろう?」
リリスは、レイに近づいて、その手に掴まれている細長い貝を観察した。確かに先ほどからピクリとも動かない。レイは細長いそれの上下をひっくり返して、リリスに見せた。
「あ、本当だ。丸見えだね。砂に潜っていたら一番下にくるから安全なんだろうけど」
「あぁ。こうなると、簡単に魔石は取れる。が、鮮度が下がるからな。食べるなら、直前まで魔石を取らないことを勧める」
「ふんふん。後は何か気を付けることある?」
「そうだな。先ほど、近寄ったら水と砂の混ざったものを吐き出して来ただろう?」
リリスは、先ほどの灰色に濁る海水を思い出した。結構な勢いがあったので、当たればそれなりに痛そうである。目に入ったりしたら最悪だ。あと、普通に海水の泥水なんて被りたくない。
「うん、あれが攻撃だよね?」
「あぁ。あれを吐かせないと、食べたときに不味い」
「え、そうなの?」
「あぁ。じゃりじゃりするんだ」
リリスは、じゃりじゃりする砂入りの貝を想像して、苦い顔になった。それはどう考えても嫌だ。絶対、砂を吐かせなければ。
「それじゃ、レイのさっきのやり方を真似ればいいんだね?」
「それが手っ取り早いな」
レイはそう言いながら、網状になった袋を取り出してリリスに渡した。これに取ったものを入れろということだ。リリスは、頷いてそれを受け取った。
「そういえば、この貝って何て言うの?」
「ん? 灰貝だが。これは別名、笛吹貝とも呼ばれているな」
「なるほど」
長さといい、細さといい、まさに縦笛のようである。飛び出してくるのは美しい音色ではなく泥水だが、美味しいは正義である。二人は真剣な顔で砂浜と向き合った。
「多分、別の貝魔物もいると思うから、気を抜くなよ」
「もちろん!」
幸いなことにこの階層には灰色の貝魔物しかおらず、それほどの危険性はなかったため、二人は捕って、採って、掘りまくった。これを俗に乱獲という。まぁ、迷宮だからいいのだ。どうせ直ぐに復活する。
「ふい~。大量大漁」
「ちょっとかさばるのが難点だな」
「そうだね~。帰りにすれば良かったかも」
「再出現だけ確認して、一度ニコルの店に持っていくか」
「さんせ~い」
三層は、座るのに適した場所がなかったため、二人は立ったまま軽食を頬張った。たわいもない話をしながら、軽食を食べ終わる頃、湿り気を帯びた砂浜にポツリポツリと穴が開き始めたので、中に笛吹貝がいることを確認し、迷宮を後にした。
大きな網状の袋を担いだ二人は、一度ギルドに報告に向かう。
クワァトにおける、美少女と無表情顔だけ王子の認知度は日に日に増している。いつも軽装で颯爽と歩いている二人が、今日は漁師の使うような網状の袋をパンパンにして肩に担いでいれば、嫌でも注目を集めてしまうだろう。レイなんて二袋担いでいるので、町の若い女性が二度見している。
ちなみに、この町ではムキムキで露出の多い男性が多いので、レイは若い女性からは目の保養として、密かに注目を集めていた。声をかけてくるものはほとんどいないので、二人がそのことに気付くことはないだろう。
「あら、どうしました?」
この依頼を勧めてくれた受付嬢がちょうど空いていたので、その窓口にやってきた二人に、受付嬢は動揺を悟らせぬ営業スマイルを向けた。
「あぁ、今日は三層までしか潜っていないが、荷物が多くなったのでな、途中報告だ」
「三層で獲れた魔物のサンプルを持ってきましたよ~」
「あら、そうでしたか。それはありがとうございます。昨日の資料を持ってきますので、少々お待ちくださいね」
面倒なのでまとめて報告でいいですよ、とは言えない受付嬢は、愛想よく笑って席を立った。
その間に、二人は背負っている袋から三種類の貝の魔物を一つずつ取り出した。ギルドが欲しいと言えば、多少納品してもいいが、基本的にはすべてニコルへの土産にするつもりである。
「お待たせしました。今日は三層の報告でよろしいでしょうか」
「あぁ。三層は、今のところこの三種類だけだな」
そう言って、レイは机の上の貝を受付嬢の方へ押しやった。
「あ、仮死状態だから気を付けた方がいいですよ」
「え!? あ、そうですか。わかりました」
受付嬢は一瞬焦ったものの、よく見れば見知ったものばかりである。ホッと息を吐いて、報告書にその魔物を記載していく。
「そういえば、昨日持ち込んでいただいた緑海星ですけど、どうやら強い個体同士がくっついてあのようになったみたいですね」
「くっつくんですか?」
「えぇ。海星魔物の特性なのですが、近くにいる個体同士が稀にくっついて、一つの個体になってしまうことがあるんですよ」
受付嬢の言葉にレイは無言で頷き、リリスは驚きで目を見開いた。
「確かに、あの数ではくっつきやすかっただろうな」
「えぇ。ギルドでも注意を払うことになりまして、定期的に討伐依頼を出すことになりました」
「あぁ。そのほうがいいだろうな」
「はい。それで、一応ここまででも依頼を完了とすることはできますが、いかがされますか?」
「リリス、どうする?」
「ん~~。せっかくだし、五層までいきたいかな?」
リリスの言葉に、レイは頷いた。
「ということだ。五層まで探索するとしよう」
「そうですか。ありがとうございます。」
ニコリと笑った受付嬢は、笑顔の下で「また明日も報告に来るのかしら、面倒~」と思っていたとしても、顔には出さない。調査依頼の報告書の作成は、受付嬢の仕事なのだ。
ちなみに、この町出身の受付嬢の好みはゴリッゴリの筋肉マッチョだったりする。
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