第46話 クワァトの迷宮もどき(3)

「実に鮮やかだが、目に痛いな」

「う、うん。なんだか目がチカチカするよ~」


 依頼内容は、調査依頼だ。なので、念のため隅々まで観察をしていく。極彩色の海砂利で彩られた浜辺の奥には、海らしきものが見えるが、近づいてみるとそれは幻影のようで、本物の海ではないようだ。

 どちらかといえば、海を模した空間であり、メインはこの彩り豊かな浜辺のようである。


「ん~~。浜辺はすごい派手だけど、他に何もない?」

「あぁ。敵の気配もないな」


 リリスは、足元の石を拾い上げてみた。コロンと手のひらに収まる石は、かなり派手な赤色である。もう少し綺麗であれば宝石とは言えないが、それなりに使えそうではあるものの、手の中のそれは石の域を出ない。色鮮やかではあるが、不純物も多く、それほど綺麗でもない、なんとなく残念なものである。


「ん~~。悩ましいね~」

「一応、見本サンプルとして、いくつか拾っていくか」

「りょ~かい!」


 二人は寄せては返す波の幻影を尻目に、石拾いを始めた。石を拾いながら、おかしなところがないかチェックし、次の階層への入口を探す。受付嬢の話では、この迷宮もどきは、五層までしか確認されていないようだ。


「確か、左奥の海の幻影の中に、次の階層への階段があるらしいが……」

「あ、あれかな~?」


 海の中に潜ったような気持ちにさせる幻影の中、極彩色の歩きにくい砂利道を踏みしめて奥へと進むと、すり鉢状にえぐれた地面が見えてきた。

 えぐれた斜面の際に立って全体を見渡すと、すり鉢状の斜面に沿うように階段が設けられており、底面に下層へと続く階段の入り口が見えている。

 何と言うか、得られる物が何もないのに、無駄に演出だけ凝っている。



「「…………」」



 二人は無言で長い長い階段を下りて、二層へ降り立った。


「ねぇ、レイ。ちょっと休憩しない?」

「奇遇だな。私も昼食にしようと思ったところだ」


 二層へ下り立った二人であったが、その空間を目の当たりにした瞬間、踵を返した。二層は、ゴツゴツとした岩場の磯のようであったが、足の踏み場もないほどの海星ヒトデに浸食されていたのだ。


 二人は階段を数段上ったところで腰掛け、すぐに食べることができる軽食を取ることにした。それほど幅の広い階段ではないが、幸い人が来る気配もないので、問題ないだろう。


「あ、リリスこれも食べるか?」

「何?」

岩珍実いわくるみのケーキだ。ニコルが焼いてくれた」

「わ! 食べる食べる! 食べやすくていいね、これ」


 レイが差し出したケーキは、二人がクワァトに来る道中で得た岩珍実いわくるみをふんだんに使用したものである。しっとりとしたケーキ生地に練りこまれた岩珍実いわくるみは、ザクザクとした触感で楽しく、美味しい。程よい甘さは、疲れた心と体に癒しを与えるようだ。


「おいし~! ちょっとあれを見てげんなりしたけど、頑張れそうだよ」

「あぁ。数が多いからな。見たところ、灰色だけでなく黄色や緑色もいそうだ」

「うん、うん。いたね!」

海星ヒトデの魔物は、上から攻撃すると武器が消耗する。面倒だが、裏返して攻撃する方が無難だ。黄色はそうでもないが、緑色は表面のトゲを飛ばしてくるやつもいるから、気を付けるように」

「なるほど。薬の材料に使えるんだよね」

「あぁ。乾燥させて使う。奴らは腕を引きちぎっても再生能力に優れているから、中心を的確に突くこと。中心には魔石もあるから、そこは出来れば外すように」

「ハイッ! 師匠」


 もぐもぐと頬を膨らませながら、二人の短い作戦会議は終わった。立ち上がって、階段を下りていく。


「さ~、やるぞ~~」

「再出現するのか確認したいから、できる限り狩るぞ」

「りょ~かいッ!」


 ナイフを構えたリリスが、磯に溜まっている海水をバシャバシャと辺りに飛び散らしながら、駆け出していった。


 



「痛ッ!」


 二人は、地道に一匹ずつ海星ヒトデの魔物を討伐していた。とにかく数が多くて面倒なので、二手に分かれて狩っていたのだが、リリスが油断をして緑海星のトゲを食らってしまったようだ。


 レイは慌てて自分の前で腕を振り上げていた大型の海星魔物を上から剣で突き刺して、リリスの元へ走った。


「リリス!」

「いたたた……、レイ、ごめ~ん」


 見れば、リリスの二の腕には緑色のトゲが二本突き刺さっている。なかなか深く突き刺さっているのか、血が滴り、痛々しい。更に、その血に反応したのか、魔物が一斉にリリスに向かって、うごめき始めた。


「チッ。雑魚が」


 レイは、リリス周囲の海星魔物を剣で跡形もなく一掃した後、リリスを肩に担ぎあげて走り出した。切っても切っても押し寄せてくる魔物のいる中で、手当など落ち着いてできないからだ。


 飛ぶように走り抜け、あっという間に先ほど休憩した階段まで戻ってくると、リリスを下した。


「わ~~。レイ、足早いし、力持ちだね」


 リリスは腕に怪我をしているというのに、ここまで自分を連れてきたレイの身体能力に関心していた。それにレイは呆れたように、息を吐く。


「その様子では大丈夫だと思うが、腕を見せてくれ」

「はい。迷惑かけてごめんね」


 レイは、差し出した腕から素早くトゲを抜き、聖水をかける。その後、傷魔薬きずまやくをリリスの腕にたっぷりと塗り込んだ。すると、みるみるうちに傷が塞がっていく。


「魔法薬を使ってくれたの?」

「あぁ。早く治った方がいいだろう? 万が一、傷が残ったらどうする」

「そっか~。レイは優しいねぇ。えへへ」


 流石にトゲを抜く際は顔をしかめていたが、怪我をしたのにショックを受けることもなくあっけらかんとしたリリスに、レイは安堵の息を吐いた。


「はぁ。焦っただろう。油断するな」

「えへへ。ありがとう。レイがかっこよくて、ドキドキしたよ~」


(しかし、これはギルドに報告しなければならないな……)


 この依頼を紹介した受付嬢は、危険は少ないと言っていたはずだ。リリスは強くはないとはいえ、回避能力だけは高い。そのリリスが避けられない攻撃を受けたとなると――。


 あの群れの中に、リリスの回避能力を上回る個体が潜り込んでいる、のではないだろうか。

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