第45話 クワァトの迷宮もどき(2)

「こっちかな~?」

「もう少し奥じゃないか? リリス、足元」

「え? うわっとぉ!」


 足元にいたのは海星ヒトデである。それは、今にもリリスのブーツに乗り上げようとしていた。海星ヒトデは、五本の腕で這いずり回り、裏面にある口でガブリと噛んでくる。ちなみに肉食だ。リリスは、慌ててそれを海に蹴り飛ばした。


「あれでも、薬の材料になるのだが」

「あぁ~しまった~! びっくりしてつい蹴っちゃったよ~」

 

 そんなやり取りをしながら、二人は依頼を受けた迷宮もどきを探していた。ギルドで聞いたところによると、人魚の飛び込む崖のすぐ下に洞窟があるということだが、それらしき場所がない。


「……見落としたか?」

「え~? 結構ちゃんと見て回ったよ~?」


「お~い」


 足場の悪い崖の下を探しているが、洞窟らしきものは見つからない。これは、一度ギルドに戻って、場所を聞き直さなければならないかもしれない……とレイが思い始めた頃、二人を呼ぶものがあった。


「お~い、嬢ちゃんたち~」


「「ん?」」 

二人はきょろきょろと辺りを見渡すが、それらしき人物はいない。


「こっち、こっち」

その声は海のほうから聞こえてくるようであった。振り向けば、海から頭だけを出して手を振っている男がいる。


「人魚だ」

海の波間にただよう、頭に海星ヒトデを張り付けたムキムキの人魚、もとい漁師。頭頂の毛が、張り付けた海星にムシャムシャとされているような気がするが、さすが人魚。全く気にしている様子はない。その人物は、悠然と泳いでこちらへやってきた。頭に海星を張りつけたまま。


「あれ、リリスが蹴り飛ばした海星ヒトデじゃないよな?」

「……違う、と思いたいけどぉ」

男がこちらへ来るまでの間、二人はこそこそと言葉を交わした。まさかとは思うが、海星をぶつけられた因縁をつけにきたのだろうか。


「嬢ちゃんたち、こんなところでどうしたんだ? 俺たちの雄姿を見に来たのかい? でもこの辺の海は危ないから、もう少し遠いところから見て欲しいな。はっはっは」

まさかの親切心だった。


「いえ、あの。ありがとうございます。実は私たち、調査依頼を受けていて、迷宮もどきを探しているんです」

リリスは、男の頭頂でうごめく海星を見ながら、何とか言葉を紡いだ。ムキムキの圧が強くて、どこに目線を定めれば良いのかわからない。

 レイはもはや会話をリリスに任せる気、満々だ。こういった相手は苦手なのだ。


「はっはっは! そうか、あの依頼を受けたのだな! どれ、俺が案内してあげよう!」

「あ、ありがとうございます。あの、頭の……取らなくて平気ですか?」

「ん? これか? 慣れれば気持ちいいものだぞ! はっはっは」

まさかの按摩マッサージ器替わりだった。さすが人魚と呼ばれるだけのことはある。屈強であるのは、伊達ではないのだ。強い。


 ザリザリと、平坦ではない岩場を裸足で進む人魚は、二人を案内しながら崖の真下へやってきた。そこは一度、レイとリリスが通り過ぎた場所だ。


「ここだ。わかりにくいだろう。はっはっは」

「え? ここですか?」

「そうだ! さぁさぁ、入りたまえ」


((どう見ても穴だ……))


 指示されたそこには、僅かばかり縦に避けた穴があった。思ったよりも随分と小さなその穴は、屈強な冒険者では通り抜けるのが難しいのではないか、というほどの大きさである。


「……リリス、私が先に入ろう」

「え? うん。 あ! 人魚さん、良かったらこれ、使ってください」


 レイが片足を穴に突っ込んだのを見て、慌てて自分の鞄からリリス印の傷薬を取り出した。レイが所々で配っている試供品だ。


「なんだ? 傷薬か! ありがたくもらおう、嬢ちゃん!」

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました!」


 レイの姿はすっかり穴の奥に消えている。慌てて、リリスもそこに足を踏み入れた。後方では「はっはっは」という快活で親切な人魚の笑い声が響いていた。


「レイ、ここがそうなの?」

「あぁ、間違いないだろうな。こんな入口は初めてだが」

「そうなんだ。レイでも見たことないんだ」


 入口から入ってしばらくは、細く何もない通路が続く。通路は見たところ何もなさそうで、敵の気配もない。ただ、薄暗いので明かりは必要だ。レイは、リリスより一足先に足を踏み入れた際に明かりを取り出していた。いつぞやの野営でも使っていた、魔物除けの魔道具だ。


 薄ぼんやりとした優しい明かりが二人の周囲を照らしている。危険はほぼ無い、と受付嬢は言っていたが、一応警戒をしながら先へ進むと、幾ばくもしないうちに、正面に光が見えてきた。一層目の入り口だろう。


「うわぁ~」

「ここからが、第一層か」


 そこには、極彩色の海砂利に彩られた浜辺が広がっていた。遠くには波も見える。空には澄み切った青空が広がっていた。


(洞窟を抜けた訳ではないんだろうな。洞窟内に空があるということは、やはりここは迷宮なのだろう)


 やはり、迷宮というのは謎が多いな。そう思いながら、二人はその歩きにくい砂利道へ音を立てながら足を踏み出した。

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