第37話 クワァトの錬金術師(5)
「腕がなるわ~~ん」
やるとなったら、気合の入るニコルである。いまだオロオロするリリスを無視して、乳棒の構想を膨らます。
「それで、魔石は……」
「はッ。ちょっと待て。動くな、鞄に手を入れるな。出すな、出すなって言ってんだろ――!」
ニコルが制止するよりも早く、コロンとレイの鞄から出てきた魔石は、これがまた特大のすごい色のヤツだった。とうとうニコルの言葉使いが崩壊した。
結局、魔石はニコルが知り合いの業者から買い付けることにした。レイは、最初に取り出したものよりランクの低いものを出そうとしたが、ニコルとリリスが必死に止めた。これ以上は、どうかご勘弁を――。といったことを言われては、レイも渋々諦めざるを得ない。ちょっと二人の反応を楽しんでいた、訳ではない。はず。
「アンタ、とんでもないわねん……。なんでそれでCランクなんてしてるのよ」
「面倒は御免だからな」
レイとニコルは、僅かなつまみと共に酒を飲み、明かりを絞った静かな店内で語り合っている。主にレイが取り出した素材の話だが、ニコルは早々に突っ込むのを止めた。
飲まなきゃやってられん! とばかりに果実酒を口に含んだリリスは、疲れもあってグラス一杯で撃沈した。まぁ、今日はここに泊めてもらうので、いいだろう。
「貴方の作る食事は、どれも美味いな。その腕なら、この店だけでやっていけるだろう。錬金は趣味か?」
「あらん。ありがと。でも残念ながら、この店だけじゃやってけないのよ~」
「そうなのか?」
ニコルの作る品は、お世辞抜きに美味い。これでは人が絶えないだろうと思ったが、そうでもないのだろうか。料金が高いのか? まさかそんなはずはないと思うが、もしかして自分の舌がおかしいのか? レイは首を傾げた。
「そうよ~。私ってこんな見た目でしょう? 気味悪がられちゃって、お客さんが逃げちゃうのよねん」
「そうか。しかし、やめる気はないんだろう?」
どうやら原因は味ではなく、ニコルの見た目によるところが大きいようだ。なるほど、化粧も似合っているし、出会った時の服は悪くなかった。本人は恐らく化粧と言葉使いのことを言っているのだと思うが、レイが見る限り、問題は恐らくそのフリフリの短いエプロンだ。
いや、だいぶ見慣れてはきたが。これが、癖になるというやつか? レイは思考が混乱してきたところで、それをぶん投げて放棄した。考えるだけ無駄なことも、ある。
「うふふ。分かってるじゃない。そうよ。私のこの恰好はしたくてしているの。ワタシ、性的対象が男なのよねん」
「そうか」
他人の性的対象がどうであろうが、あまり興味のないレイである。というより、恋愛やらそういった一連のものがいまいちわからない。男であるニコルが、男が好きと言ったところで、そうなのか、と思うだけだ。犯罪的な何かでなければ、別にいいと思う。犯罪はいけないが、そうでないなら趣味趣向はその人個人の自由だ。
――だが、そのエプロンは止めた方がいい気がする。
「引かないの?」
「別に?」
「うふふ。だからって、女になりたい訳じゃないの~。でも化粧は趣味なのよねん。ワタシって、自分で言うのもなんだけど、見た目に違和感があるでしょ~? でもこんなワタシでもイイって言ってくれるパートナーを探すために、この店を始めたのよ~。錬金は、元々の本業」
「なるほど。いい男に巡り合えるといいな?」
「あら~ん。ホントにアンタいいわ~ん。男だったら、むしゃぶりつきたいくらいよ~」
ニコルは空になったレイのグラスに、酒を継ぎ足す。
「……それは遠慮する」
「うふふ。残念ね~」
もちろん、ニコルのそれは冗談であるし、レイも分かって言っている。
「……ひとつ言わせてもらうなら、そのエプロンを替えてみたらどうだ?」
「あら~ん? 可愛くない? コレ」
「残念だが、絶妙に似合っていない。好きな服装をするのはいいと思うが、もう少し何かないのか? 客が来なければ、出会いも何もないと思うが。それに……、そういった装飾のものは、パートナーの前でこそ着るものでは?」
その時、ニコルの頭に「ピシャーン」と何かが落ちた。たぶん。
「え? まさかの? コレのせい?」
ニコルは、ぴらっとヒラヒラのエプロンの裾を両手で摘まんで持ち上げた。下に着ている服は、仕立てが良さそうなのに、その安っぽいひらひらでピラピラのエプロンが全てを台無しにしている。
「…………」
突如、静かに酒を飲んでいたレイの両肩に衝撃が加わった。ニコルは、なかなかに強い力でレイの両肩に両手を置き、至近距離からレイの顔を覗き込んだ。バシバシの睫毛に彩られたその目は、心なしか血走っているように見える。レイは、グラスを持ったまま固まった。
「ちょっと、責任取ってもらうわよ」
自分で蒔いた種ではあるが、レイはその後、クローゼットをひっくり返したニコルに長時間拘束され、夜遅くまで一人ファッションショーに付き合わされることになった。
「私もそういったことには疎いのだが……」
「ちょっと! 気を抜くと寝ようとするんじゃないわよ! 責任持って、付き合いなさいよねん!」
きっとリリスの方が、そういったことに優れいているに違いないのに、頼みのリリスは既に夢の中だ。
レイは自分の不用意な発言に、ほとほと後悔した夜であった。
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