第38話 クワァトの町とノア(1)

「しばらくクワァトにいるのかしら~?」

「あぁ。恐らくそうなると思う」

「ご飯、食べに来ますね!」


 翌朝レイとリリスの姿は、ニコルの店の裏口にあった。深夜に一度目を覚ましたノアは、まだ眠っているらしく、ニコルだけが見送りに出てきた。ちなみに、今朝も目が覚めて二日酔いに苦しんだリリスは、自分で作った薬で回復している。今は元気いっぱいだ。


「それじゃ、たまに顔を出してちょうだい。お店もあるから、完成まで時間がかかってしまって申し訳ないわん。」

「大丈夫です! その間にお金稼ぎます!」


 レイが提供した素材分は差し引かれているが、それでも前金を支払ったリリスのお財布はかなり寂しい。今晩から宿に泊まる予定なので、お金を稼ぐことは急務である。


「あら~~。無理しないでねん」

「はい! あ、ノア君にもよろしく言っておいてください」

「言っておくわ~ん」


 二人はニコルに手を振って、ギルドに向かって歩き出した。


「海も見に行きたいね~」

「あぁ。いい依頼があるといいな」


 さっそく観光をしたいところだが、リリスのお財布に余裕がないので、ひとまず依頼を受けることにした二人である。


「あ、ここか~」


 クワァトの冒険者ギルドは開放的で扉がなく、随分と賑わっていた。


「扉ないけど、いいのかな?」

「四六時中開いているギルドは、たまに扉がないところがある」

「あ、閉めることがないから要らないってこと?」

「まぁそうだろう。あと、何度も破壊されて、修理を諦めたという場合もある」

「なるほど~。ここは寒くないから、扉なくても別に問題ないのか~」


 そんなことを話ながら、二人は喧騒の中を依頼ボードの方へ歩いていく。クワァトのギルドは港町だけあって、快活で日によく焼けた冒険者が多く、随分と賑わっているようだ。そんな中、フードを被った細身の二人は随分と目立っていた。ギルドに溜まっている冒険者たちは、それと気付かれないように二人に注視している。

 もちろんレイは、見られていることに気付いているが、特に気にした様子はない。何食わぬ顔で依頼を物色し始めた。


「リリスもランクを上げないとな」

「そうだね。せめてDランクに上げないと、護衛依頼とか受けられないもんね~」


 レイの冒険者ランクはC、リリスは未だにEランクだ。Eランクでも、ある程度の魔物の討伐依頼を受けることができる。Dランクは一般ランクとも呼ばれており、護衛依頼なども受諾可能となるのだ。

 パーティーを組んでいる場合、その功績によりパーティーランクなども付くが、二人は現状、パーティーを組んでいる訳ではなく、一緒に行動しているだけである。二人で依頼を受けるなら、Eランクの依頼を受けるほかない。近い狩場で済むものであれば、それぞれに依頼を受けることは可能だが。


「う~ん。海の近くの依頼ないかな~」


「おいおい、嬢ちゃん。海は危険なトコロなんだぜ? 遊びで来られると困っちまうな~」


 リリスが何の気なしに呟くと、後方から野太い返事が返ってきた。視線を巡らせると、リリスのちょうど斜め後ろにでかい男が立っている。上半身は派手なシャツの前は、へその辺りまではだけている。その胸毛と筋肉を見せつけたいのか、正直その服必要? と問いたいくらいに露出が激しい。

 ニコルもシャツの前をはだけていたが、この町ではそれが流行っているのだろうか。ギルドにいる男性の冒険者も、半数くらいは同じような服装をしている。ニコルはともかく、冒険者であるのにそれでいいのか。


「そうなんですか?」

「そうだぜ~。なんなら俺がついていってヤろうか~?」

「結構だ。リリス、いくぞ」


 レイはその男に殺気を浴びせた。その殺気に男がひるんだ隙に、レイはリリスの腕を取ってギルドを後にする。


「……ッ。おい、ちょっと待てよ!」


 ギルドに入ってから注目を集めていた二人である。リリスは身長もレイの肩ほどしかなく華奢なので、女性であることはすぐに分かる。顔はフードで隠しているが、依頼票をみる白魚のような指先や鈴のような声を聞いて、軟派な冒険者が絡んできたのだろう。

 後ろで何か言っているが、レイはそれらを無視して歩き続けた。


「レイ、依頼受けなくていいの~?」


 腕を引っ張られながら、リリスは悠長にレイに問いかけた。外は結構日差しがきつい。フードを被っていた方が、いくらか涼しいような気さえする。


「依頼はだいたい確認した。今日は様子を見るために、常設依頼を受ければいいだろう」

「ほぁ~。レイは、さすがだねぇ」


 納得したリリスは、レイに並んで海に向かって歩き出した。途中でニコルに勧められた宿で予約を取り、軽食を買い足す。


「この烏賊イカ焼きおいしいね~」

「匂いにつられて買ってしまったが、正解だったな」


 特に味付けをしていないらしいが、こんがりと焼けた烏賊イカは、海の旨味が凝縮されている。プリプリとした身でカリカリと香ばしいそれは、二人の小腹を十分に満たした。


 匂いにつられてうっかり買い食いをしてしまったが、二人はようやく海についた。風が強い。潮風が、二人のフードを捲り上げようとしている。リリスは潮の匂いが珍しいのか、鼻をひくひくと動かしている。


「うわ~~! 近くで見てもすごいね! 輝いてる! 広い!」


 日の光を受けてキラキラと輝く海面は、海岸近くで大きくうねり、大きな波を作り出している。空と海はどこまでも青い。砂浜は白く輝き、まるで海へと導いているようである。


 リリスはそれに導かれるように、無意識に白い砂浜へと一歩、二歩と踏み出した。今まさに三歩目を踏み出そうとした瞬間、リリスの腕をレイが掴んでそれを止めた。



「注意を怠るな」

「……え?」


 リリスはパチリと、その新緑の瞳を閉じて開く。

 次いで、レイが目線で促す先を捉えて青ざめた。リリスが三歩目を目を踏み出そうとしていた、その場所のすぐ先に、砂に擬態した大きなハサミが見えたからだ。

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