第36話 クワァトの錬金術師(4)

「それで、魔法薬用の乳棒でいいのかしらん?」

「はい!」

「必要な材料があれば、取りに行くので言ってほしい」


 二人は、料理に舌鼓を打ちながら、依頼内容を説明した。「どのような、機能が必要か」「形状は」ニコルの質問にリリスが答え、話を詰めていく。


「こんなものかしら~。私の錬金術で作ったものは、その人専用になってしまうから、それだけ注意してほしいわねん。出来上がりまで、20~30日ほど欲しいわ~ん」

「問題ないです!」

「材料は?」

「魔獣の角と魔石が欲しいわねん。強い魔獣であればあるほどいいわ~ん」


 リリスは、自分のアイテムボックスを確認した。魔物は、基本的に黄色魔物辺りから角が生えているものが増えてくる。リリスの狩った獲物で最上位のものは、今日遭遇した黄狼だ。


「…………」

「レイ?」


 レイは、ニコルが信用できる人物であるか、ジッと考えていた。


「……誓約は可能か?」

「レイ、誓約って?」

「お客様のことは、漏らさないわよ~? それでも必要かしらん?」

「あぁ」


 誓約は、古くから存在する魔法である。どういう訳か失われることなく受け継がれてきたその古い魔法は、一度承認されると誓約を違えるとを許さない。


「ローグ爺の頼みだし、仕方ないわねん。できるわよ~」

「頼む」


 リリスとて誓約は知っているが、なぜ今誓約の話をしているのか。話についてこれないリリスは、ひとまず放置されている。


「私の場合は、普通は錬金の神なのよねん。でもこの場合は、法と秩序の神の方がいいかしらん」


 誓約は、通常、自分の崇める神に誓うものだ。ニコルなら錬金または豊穣の神、レイなら剣の神、リリスなら森の神、ローグなら医薬または鍛冶の神など、様々である。ちなみに、食事の祈りも各自、これらの神に捧げている。


「そうだな。それで頼む。私の名はレイラで頼む」

「あら、そうなのねん。仕方ないわね~~。


 『【誓約】ワタシ、アンドリューの名において、法と秩序の神 ――――……』」


 ニコルが魔法句を唱え始めると、ニコルの周りに空から白い粒子が下りてきて、明滅し始める。なかなか幻想的な光景ではあるが、拘束力の強い魔法でもあり、普段は敬遠される魔法でもある。魔法句を唱え終わると、白い粒子はニコルとレイ、リリスの間で瞬き、最後に強く発行すると天へと消えていった。


 予期せずニコルの本当の名前を知ってしまったレイとリリスであるが、それはまぁ、お互い様ということで。レイの場合は、貴族籍からは抹消されているので、知られたところで痛くも痒くもないのであるが。

 

「さてと。誓約は承認されたみたいだし、もういいわよねん。何が出てくるのかしらん? あと、ワタシのことアンドリューって呼んだら、お仕置きよ~~」


 セリフの最後の部分にドスを効かせてきたニコルである。誓約そのものよりも、本当は本名を知られたくなかったに違いない。


「あ、あぁ。私もレイと呼んでくれ」


 そういいながらレイは、アイテムバッグから黒色のツルリとした大きなものを取り出した。



「「…………」」



「ちょ、ちょ、ちょぉぉぉっおっと、待ちなさい!」



 レイの取り出したものを見て、ニコルはそのバサバサまつ毛に縁どられた目をかっぴらき、慌て始めた。先ほどから、目の前の出来事についていけていないリリスは、よくわからずにキョトンとしている。


「ア、ア、アンタ! 限度ってものが! 限度ってものがあるだろう! これ何よ!」


 動揺のあまり、少し言葉使いが怪しくなってきたニコルが、目の前の黒々と輝く物体をビシイッっと指差した。



「……何って、角だが?」

「キィィィ――! あんた分かって言ってるわよね!? 何の角かって聞いてンのよ!!」


「……地竜だが?」

「……ちりゅう? 地りゅう? 地竜!? は!? 地竜!??」


 リリスもそれを聞いて、顔を青くしている。地竜といえば、世界のどこかの地の底に住んでいると言われる大型の魔物で、その魔物が目覚める時、世界は揺れると言われるほど、人々に恐れられている魔物である。


「安心しろ。迷宮産だ。地上の地竜は狩っていない。それにアレは地竜なんて呼ばれているが、竜種じゃないぞ」

「ぜ、ぜんッぜん! 安心できない! 却下! 却下よ!」


 レイは、仕方なくそれを鞄にしまい、次いで、紫色に輝く物体を取り出した。


「キェェェェェ! 却下! 却下よ! 次!」


 結局、ニコルが満足する素材にあたるまで、そのやり取りを繰り返すことになった。ハァ、ハァ、とニコルは肩で大きく息をしている。


「な、なんか、すごいね……?」


 あまりのスケールの大きさに、ついていけないリリスである。すごいことは分かるが、現実味がない。それほどの素材を、レイが取り出したということだ。


「アンタが誓約を持ち出した意味が、嫌というほど良くわかったわ……。その素材で私が何か作ったことがバレたら、貴族に追い回されるハメになるじゃない。ワタシだって、錬金術師として有名になりたい訳じゃないのよぅ……」


 リリスはこの誓約の範囲外だが、絶対に口外すまい、と心に強く誓った。バレたら、自分の身もきっと危ない。


「それじゃ、コレを素材にしてもいいのねん? 本当の本当にいいのね!?」

「あぁ、構わない」


 ニコルが結局これならギリギリセーフと選んだ素材は、赤蜥蜴の角だった。レイが想定していたよりも、ずいぶんランクが落ちた。何度も念を押してくるニコルに、レイは事もなげに頷く。


「リリスも、コレでいいのねん!?」

「え? ……え? え!?」


 ここにきてようやく、自分の依頼品の素材の話をしていたと、思い出したリリスである。今度はリリスが飛び上がって驚き、叫ぶ番だった。

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