第23話 ドワーフの薬屋(5)

「簡単に食べられるものをいくつか用意したよ。夜の分はまた夕方にでも取りに来てくれるかい。余った肉と解体した素材はどうする?」

「あぁ。肉は好きに使ってくれて構わない。素材は受け取らせてもらう。食事代に解体料も上乗せしてくれるか」

「肉をもらえるなら、解体料はいらないよ。素材を持ってくるからね、ちょっと待っておくれ」


 朝食を終えたレイは、今日もリケ村の定食屋に来ていた。昨日頼んだ軽食を受け取りにきたのだ。

 リリスは今日もローグと調薬の勉強をしている。リリスとローグの昼食はすでにリリスのアイテムバッグに詰め込んであるので、適当に食べるだろう。これから迷宮に潜ることが増えれば、すぐに帰れないこともあるので、食材や食事は多めに渡してある。今受け取っている軽食も、レイの今日の昼食と、残りは明日以降のリリスとローグの朝食や昼食になるだろう。


 手軽に食べられるものを複数受け取り、昨日一頭そのまま渡していた牛の素材を受け取る。牛の肉は、売ればそこそこいい値段になるが、大量に食事を作ってもらう迷惑料として店に渡してしまう。そうでなくとも、アイテムバッグ内の牛の在庫は多い。

 女将から受け取った素材を確認すると、灰牛のものであった。昨日はよほど慌てていたらしい。


「すまないが、これも頼めるか。焼きと煮込みにしてもらえると嬉しいのだが」


 レイは、アイテムバッグから昨日倒した黄牛を一頭取り出した。


「あらま。これはまた立派な魔物だね。昨日の分もあるから、用意するのは明日になっちまうが、いいかい?」

「あぁ、かまわない。今日も迷宮へ行くが、何か必要か?」

「そうさね、何か野菜があれば嬉しいね。あとは、蝋木ろうぼくの葉があれば助かるよ」

「了解した」


 蝋木ろうぼくというのは、その木の枝や幹は蝋燭の材料となり、その葉は耐水性と耐油性があるため、食べ物を包んだりすることに利用される樹木だ。つまり、レイが持ち帰り用の食事を大量に頼んでいるせいで、不足しているのだろう。これは絶対に回収してこよう、と思った。


 レイの足はすでに迷宮へ向けて進んでいる。

 蝋木ろうぼくは、何も迷宮にしか生えていないわけではない。便利な樹木なので、植樹をして管理している国も多い。先ほどの定食屋なども、普段はそういったものを購入しているのだろう。だが、結構な割合で迷宮にも生えていたりする。


(迷宮とは、本当に便利で不思議なところだ)


 このリケ村に近い迷宮は、細々と生活に直結するような便利なものが取れるというのに、いつ来ても人気がないように思う。確かに目新しさがないのは、事実であるが。


(やはり、近場に宝石が取れる迷宮があると、そちらに行ってしまうものか)


 悲しいかな、冒険者とはそういうものである。底辺から一攫千金を夢見るものは多い。レイのように、のんびりぶらぶらしているものは少ない。そもそも普通の冒険者に、そんな余裕はない。または、稼いでもぱ~っと使ってしまうものも多く、その結果、余裕のない暮らしに陥るものも多いのだ。


 迷宮についたので、管理小屋へ入る。昨日はゆっくりする暇がなかったので、依頼票を確認し、そのいくつかをがしてから受付へ顔をだす。


「やぁ~、おはよう。今日も潜るのかい」

「あぁ。昨日狩ってきたものの買取を頼めるか?」


「かまわないけど、今は俺一人しかいないからね~。解体は時間がかかるよ」

「そうか。なら帰りに受け取る形でもいいだろうか」

「かまわないよ~。ここの迷宮は人気がないからね」


 まずは、さきほどがした依頼票にあった素材や魔物を管理人に渡す。これらは大抵、キリリクの冒険者ギルドから回されてくる依頼なので、管理人はそれ用のアイテムバッグにそのまま素材を収納し、依頼票に書かれた額をレイに支払った。


「依頼完了だね~。いや~、中々受けてくれる人がいないから助かるよ。あ、他のはこっちに出してくれる?」

「あぁ」


 あまり沢山出しても、この簡易的なギルドの管理人を困らせるだけだ。レイは、村人に回しやすく、食用になる豚や牛の灰色魔獣を数頭並べた。


「いや~、ありがたいね~。じゃ、これが札ね。帰りに受け取りに来てよ」

「あぁ、頼む。素材はすべて売るので、解体料を引いておいてくれ」

「はいよ~。気を付けて~」


 レイは札を受け取って、迷宮に足を踏み入れた。思ったより時間を取ってしまったが、今日はローグから欲しいものリストを受け取っていないので、大丈夫だろう。


 まずは女将に頼まれた野菜を取りに行く。深い層に行けば行くほど、味の良いものが取れるとされているが、一般庶民の通う定食屋で扱う素材なら、浅い層のありふれた野菜の方が使い勝手が良いだろう。それに、今日も日が落ちるまでには帰りたいので、さほど深くは潜れない。


 レイはまず三層に降りてきた。三層には灰羊が多く出現する。灰羊はおっとりしていて、こちらから攻撃しなければ襲い掛かってこない。しかし群れを作っているので、ひとたび攻撃を加えると一斉に襲ってくるところが厄介な魔物である。灰羊を倒したいならば、一匹ずつ誘い出すか、群れから離れた個体を襲うのが定石だ。


 今回は羊に用はない。なので、平原の中央で群れている羊は無視でいい。狙いは野菜だ。

 レイは木々が生い茂る林の方に入っていった。草木をかき分けて進むと小さな魔物が出てくるが、適当に剣でいなして進む。 


(確かこっちのほうに……あった)


 レイが見上げる先には、木々に実った野菜がつやつやと輝いていた。この辺りは、たまに村の猟師も来ると聞いていたが、最近収穫された形跡はない。とはいえ、迷宮のものは植物でさえ、外のものよりも成長が早いらしいので、あまり気にする必要はない。レイは、その野菜たちをせっせと収穫していく。


 野菜は、昨日採取した粘薬の実のように硬い殻に覆われている訳ではないので、一つ一つ手で収穫する必要がある。多少手間だがそれほど背の高い木でもないので、手に取れる範囲のものを収穫していく。本当は、ここを訪れる村人のためにも、すぐ成長してしまうこれらの木の剪定をしてもいいのだが、今日は昨日よりもう少し奥まで進みたい。また時間のある時にしよう、と決めてさっさと次へ移動する。


 次は四層だ。ここでは三層とはまた別の野菜が採れる。ここの主な魔物は、灰豚である。これもまだアイテムバッグに残っているので無視だ。豚を避けて平原を進み、これまた林の中へ入っていく。木々の間や木の根の隙間の地面から、ところどころぴょこんと緑色の細長いきざきざの葉が飛び出している。


 その細長い葉の二股に分かれた根本に向かって、投げナイフを投げ落としていく。レイは、その場から一歩も動かない。辺りには「ヒュッ、トス、ヒュッ、トス」という音が、木々の囁くような葉音に紛れて少しの間響いた。


(……これくらいでいいか?)


 手を止めたレイは、ナイフが突き刺さったその地面から、ナイフとその二股に分かれたギザギザの葉っぱを引き抜いた。実はこれは、迷宮で採れるれっきとした根菜である。人が近づくと土の中を逃げてしまうので、遠目から仕留めるのがコツである。 


(本当に変な生き物だ。顔がないのが救いだな)


 この短い胴体に顔などがついていたら、とてもじゃないが食べる気にならない。

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