第15話 いざ、リケ村へ(3)

 音もなく、気配を消してリリスを追っていたレイは、背丈の高い草むらの中にリリスの姿を見つけた。どうやら視線の先の獲物を狙っているようだ。レイは音をたてぬように、そっとリリスの隣にしゃがみ込んだ。


「レイ、見て。御馳走が呑気に草をんでいるよ」

そうささやいたリリスの目は輝き、口からはよだれを垂らしている。



「……」


 リリスの視線の先では、灰豚が一心不乱に食事を取っていた。灰豚の肉は、低ランク帯の魔物の中でもなかなか味が良い。体長は小型の犬ほどであまり大きくないが、丸々と太っており、レイとリリスの一食分くらいにはなる。ちなみに、豚魔獣最高ランクの黒豚は、めちゃくちゃ柔らかくて、ジューシーで美味い。デカくて凶悪ではあるが。


「ここから狙えそうか?」


 レイは言いたいことをひとまず飲み込んで、問いかけた。

 気配を悟らせないためか、灰豚までは少し距離がある。この場所から投げナイフで狙うには、リリスの腕では少し厳しい。リリスの目はもはやギラギラしている。すごいことになっている涎を拭いてほしい、切実に。レイは自分のハンカチを無言で差し出した。


「んんん、もう少し慎重にヤります」

「……」


 レイの白いハンカチを涎で汚しながら、リリスは答える。残念美少女、此処に極まれり。


 リリスは音をたてぬようにそのまま後退し、ターゲットを迂回うかいして、レイの正面辺りへ足を進める。レイとリリスで挟み撃ちにすることで、取り逃しを防ぐ狙いだ。



(……よほど灰豚を食べたいらしい)

レイはリリスの本気を感じ取った。


 反対側に辿り着いたリリスは、食事に集中する灰豚に近い木の上から、跳躍しながらナイフを二本放った。

 高い位置から体の力を最大限使って放たれたナイフは、一本はその鼻先を貫いて地面に縫い付け、もう一本は首元にグッサリと突き刺さった。さらにナイフを放った勢いのまま地面に着地して灰豚に近接し、首元に刺さったままのナイフを捻って、下にスライドさせる。


(お見事。それにしても、木登りもできたのか)


 灰豚は灰狼よりも討伐が容易なので、特に心配はしていなかったが、こうもあっさりいくとは。ナイフの扱いも随分様ずいぶんさまになってきているし、最初より腕の力もついてきたように見える。


 だが、何より音もたてずにあっという間に木に登ったリリスに、レイは感心していた。こういったところは、腐ってもエルフということか。




 リリスがもう少し討伐をしたいと言うので、その後も森を進むことになった。森を迂回する街道からは離れてしまうが、真っ直ぐ北へ進んでいるので、距離としては短くなっている。リリスが獲物を見つけては飛び出していくので、時間的に短縮されている訳ではないが、急ぐ旅でもないので、まぁいいだろう。


 今のところ、兎、灰兎、灰狼、灰豚、灰鶏にしか遭遇していない。魔獣でない兎は、もはや無視である。灰鶏は、中型犬よりやや小さいくらいの大きさで、空を飛べず、地面に暮らす鶏である。噛みつき、突進、爪での引っかきなどの攻撃をしてくるが、リリスのほうが動きが素早いので問題はない。威嚇のたびに鳴くので、少々うるさいが。


 リリスは今のところ危なげなく戦えているので、ある程度自由にさせることにした。危ないと思ったら、直ぐに逃げてくるように言い含めてある。リリスの逃げ足があれば大丈夫だろう。迷子にならないように、位置は常に確認している。


 レイは、たまに襲ってくる魔獣をその剣で一閃し、ただの兎を無視し、目に入るものを採集しながら、のんびりとリリスの後をついていった。



***


 街道が視界に入ったところで、今日の探索はここまでとした。リリスが灰豚の丸焼きを食べたいといったので、少し時間は早いが森の浅いところで野営の準備を始める。丸焼きは時間がかかるが、今からでも十分間に合うだろう。


 幸い少し歩いたところに川が流れているので、リリスは灰豚の解体に向かった。と言っても、丸焼きなので、内臓を取り出して洗い、魔石を取り出すだけだが。


 レイはリリスのために、塩やハーブ、タレ等を用意して火を起こした。豚を固定するための器具も用意しておく。

 この器具、とある武器屋の店主に気に入られた際に押し付けられたものだが、こんなところで役に立つとは。押し付けられたとは言え、善意で貰ったものを売る訳にもいかず、マジックバッグの肥やしになっていたが、ようやく陽の目を見ることになった。

 そうこうしていると、リリスが灰豚と薬草を手に戻ってきた。見ている間に、酒を振りかけて塩とハーブを揉みこんでいる。


 スープも作りたいが、まだ後でいいだろう。先に野営の準備をしようと、魔物除けや獣除けを取り出していく。ふと、リリスの方を見て、レイは目を見開いた。リリスは灰豚の腹に、薬草をパンパンに詰めていた。入りきらなかった草がはみ出していて、少し不格好だ。


「……リリス、それは薬草では?」

「え? そうだよ。猫ノ起草(ねこのきそう)」

リリスは鼻歌でも歌いそうな調子で答えた。


 猫ノ起草は、薬草の中で最も一般的な薬草で、広く世界に分布している。二人が昨日までいた町で、最も多く採集したのもこの薬草である。その名はその昔、傷だらけで死にかけていた猫が、この草を食んでたちまち元気になり、起き上がったとされることに由来する。その話のように劇的な効果はないものの、塗ってよし、食べてもよし、煎じて飲んでもよしの万能な薬草である。

 

「……その作り方は確かか?」

「大丈夫! 自分で作ったことはないけど、お兄ちゃんはこうしてたよ!」


 そのような作り方は聞いたことがないが、豚の丸焼き一つ取っても、その地域によって作り方は色々あると聞く。


(いざとなれば、町で買い溜めた食料も、ある)

ここはひとまずリリスの兄を信じよう、レイはそう自分を納得させた。

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