第14話 いざ、リケ村へ(2)

 翌朝、二人の姿はキリリクへ向かう街道上にあった。本日も穏やかな晴天に恵まれている。


「ねぇ、レイ。聞くの忘れてたけど、このマジックバッグって、どのくらいの容量なの?」


 リリスは自分の肩からななめにさげている、革製の茶色いバッグを指さしながら訪ねた。これは、レイから借りているもので、お金が貯まったら買い取ることになっている。鞄の価値がわかれば、貯金額の目安にもなるだろう。


「さぁ、それは未使用だから具体的にはわからないが、ギルドの解体用倉庫二棟分くらいは入るんじゃないのか?」


 鑑定魔法の無いこの世界で、正確な物の鑑定は難しい。稀に迷宮の宝箱から、品物を鑑定する魔道具がでることもあるらしい。しかし、それらはどこかの王族か、冒険者ギルドや商業ギルドの上層部か、一部の商人しか所持していない。

 ちなみに人物鑑定ができる魔道具は、これまで見つかっていない。人物鑑定もできるは、何百年に一度見つかれば良いほうである。どこか神の意志を感じる気もするが、そういうものとする他ない。


 ただ、そのようなものに頼らずとも、ギルドには納品されたモノを検証する職員がいる。それにより、ギルドには長年の膨大なデータが蓄積されている。倒した魔物によって、ある程度得られるものを予測することは可能だ。


 簡単に言うと、強い魔物ほど、良い素材や良い道具を持っているのだ。リリスに渡したマジックバッグは、割と強めの魔物から得たものであったはずだ、とレイは記憶している。というより、弱い魔物が持っていたものは、重量がそのままの重さになったり、その鞄の2倍程度の質量しか収納できなかったりと、あまり有用ではない。そのようなものは、さっさと売ってしまっていたので、良いものしか残してないはずだ。

 手元に残したものは、売るに売れなかったもの、とも言える。


 ギルドによって倉庫の大きさは様々だが、日夜冒険者から討伐した魔物を解体・仕分け・保管する倉庫はそれなりの大きさがある。それ二棟分とは、かなりの容量である。普通の庶民の家、二軒分より大きいはずだ。



「……え!?」


 リリスは自分が思うよりも、ずっとランクの高いものだったことに驚いた。得られるダンジョンは、多くはないが複数存在しているため、マジックバッグはそれなりに広く普及している。


 しかし、そのランクは様々で、重量がそのまま反映され、鞄二倍程度しか物を収納できないものであっても、小金貨一枚はするのが常識である。ちなみに、一般庶民の昼定食ワンコインランチは小銀貨一枚である。小金貨二十枚が小金貨一枚であるので、買えなくもないが安いものではない。


 容量がギルドの解体用倉庫二棟分だけでも驚愕であるにも関わらず、レイの説明では、このマジックバッグは重さも反映されず、さらには中に入れたものの時間を停止させるという。

 リリスはそれを聞いて、目を回しそうになった。


「え、レイ、ちょっと待って。私これのお金、払えるの!?」

「……払えるといいな」


 レイは、リリスから目をそらして、シレッと答えた。元々、金銭をもらうことを期待してはいない。売ると色々と目をつけられて面倒なので、売るに売れなかったものなのだ。バレないように有効活用して欲しい。

 

「え、え、無くしたらどうしよう。ぼ、防犯対策はどうすれば!?」

「……普通にしていれば、鞄の機能なんてわからないんだから、自然にしておけばいい」

とはいえ、目利きの商人やギルド職員にバレる可能性は、ゼロではない。限りなく低いが。


(本当はそれも偽装してあるけど、突っ込まれると面倒だ……)


 しばらくの間、不審者のような動きをしていたリリスの姿は、少しの罪悪感と共にレイの胸に秘められた。


 ちなみに、レイとその弟の使用している鞄は、ダンジョンの深部のボスから得たものだ。その性能は、押して図るべしである。姉弟は賢明にもそのことを秘匿しており、きちんとマジックバッグも安物に偽装している。

 ちなみに、レイが深部のボスに挑んだのは二回だけで、あとは基本的に中層から浅めの層を周回していた。あまり目立つことをして、貴族やギルドに名が知れると厄介だからだ。その階層くらいなら、命知らずの低ランクもそれなりに潜っていた。


 エクマのダンジョンの良いところは、都市の中にダンジョンが存在するために、Fランクでも迷宮に潜る許可が出ることだ。迷宮の難易度が高いこともあって、かなりグレーゾーンだが、未だギルド本部の規制は入っていない。リンド大陸の西部小国群は、かなり混沌としているのだ。

 親に捨てられて戸籍もなく、お金が必要なレイが紛れ込むにはちょうど良い地域ではあったが、殺伐としており、命の重さが軽い。必要がなければ、あまり好んで行きたい場所ではないな、とレイは思う。



「レイ様、本当にお借りしてもよいのでしょうか……」

リリスの混乱は未だ続いていた。


「構わないが、出所が私であることはくれぐれも内密に頼む。どこぞの金持ちに貢いでもらった、とでも言っておいてくれ」


「……」

それでいいのか、それはどういうことだ。と思ったものの、師匠の言葉に頷くしかないリリスであった。




 リリスに衝撃を与えたものの、二人は街道を軽快に警戒しながら歩いていた。いや、きちんと警戒していたのはレイだけであるが。


 お昼の休憩の際に少し街道から外れた時に、灰狼が一匹顔を出した。兎サンドの匂いに寄ってきたのかもしれない。反射的に兎サンドを口に押し込んだリリスが、二本のナイフをその両目に突き立てた。さらに即座に接近して、その首に短剣を突き立てる。着実に兎狩りの成果が出ていた。



「あ、こらリリス、ちょっと待て」


 初の灰狼討伐にテンションが爆上がりしたリリスは、即座に灰狼をアイテムバッグに収納し、調子に乗ってそのまま森の奥へ向けて走り出した。

 幸いこの森は、まだまだ強い魔獣は出てこない。きちんとリリスの気配も追っているので、問題はない。しかしながら、何故こうも急にスイッチが入るのか。



「さすが、ギルドの問題児……」


 もう少し落ち着いた性格だと思っていたのだが、と首を傾げると、レイもリリスを追って走り出した。


(無事にリケ村まで辿り着けるのだろうか……)

二人の旅は前途多難である。

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