第13話 いざ、リケ村へ(1)

 小鳥がさえずり、朝露を含んだ冷気が心地よい風となって目を覚まさせる朝、二人の姿は町の中心部にあるオープンカフェのテラスにあった。ほんのり照らす朝の光が、木製の素朴な座席をほんのりと温めている。


「……それで、兎狩りは満足したか?」

「はいっ、師匠! ギルドから、もう兎を狩らないで、と言われました!」


 リリスは声高らかに応じた。「もう狩る必要はない」ではなく、「狩らないで」とはこれ如何に。

 レイは知っている、ここ数日でリリスが『惨殺兎の闇(病み)美少女』と密かに人々に恐れられる存在になったことを……。


 リリスは、その戦闘力において、この新人の集まるギルドでも下層に位置するであろうことは間違いない。にもかかわらず、今やこの町においてその存在を恐れられるようになっていた。恐らく、森の中で例の儀式を目撃してしまった、不幸な冒険者がいたのだろう。


 せっかくレイがアイテムバッグを貸し与えたにもかかわらず、その方が効率が良いから、と解体する際はまとめて兎を木に吊るしていたことを知ったのは、昨日である。

 

(……教育を間違えたかもしれない)


 レイは少しだけ反省したが、矯正きょうせいする気はない。リリスが楽しそうにしているので、このままでいいか、と思っている。それに、もう遅い。今更だ。どうにでもなれ。明日には次の町へ向けて出発する予定となっている。


「それで、次は公都キリリクに行くんだっけ?」

「いや、正確にはキリリクの一つ手前の村へ行く」


 この町から街道沿いに北上し、2つの町と5つの村を超えたところに、マーラ公国の公都キリリクは位置する。


 キリリクは、かつてのマーラ王国の領土そのままである。

 マーラ王国はかつて、リンド大陸中央部に位置するドゴス帝国と国境を接していた。国土は小さいが、宝石が産出する迷宮を持ち、プライドが高いものが多い国であった。そして、良質な宝石が迷宮からいくらでも取れるため、かなりの財力を誇っていた。大抵のことは金で解決できたのだ。

 その財力を用いて武器を買い集め、ある時ドゴス帝国に喧嘩を売った。


 ドゴス帝国はリンド大陸中央に位置する大きな軍事力を持った、大帝国である。国土も広く、人民も多い。資源も多く保有する豊かな国だ。帝国は正直、王国の相手をしたくなかったが、放置する訳にもいかず両国は開戦した。しかしながら、結果は火を見るよりも明らかであった。マーラ王国はわずかか3日で降伏した。

 歴史を学ぶ帝国民は、いつも不思議に思うのだ。「マーラ王国は、何故勝てない喧嘩を売ったのか?」と。

 

 それはともかく、マーラ王国の領土はドゴス帝国に併合された。旧マーラ王国の領土は、ただの一都市マーラとなった。だが、意外としぶとく旧王国の生き残りが活動家となっていたので、宝石が産出する迷宮はあるものの、ちょっとめんどくさい土地として帝国民には認識されていた。


 ある時、皇帝が、この地域を自身の何番目かの弟に飛び地として与えた。その後何世代か経て色々あり、マーラ公国としてドゴス帝国から独立したのが今のマーラ公国の前身である。


 マーラ公国となってからも数世代経ち、南部を開拓したり、少数民族を併合し、新たに町や村ができてして随分と国土も広くなった。公国とも言えなくなってきたので、かつてのマーラ王国の領土を公都キリリクと改めた。が、ドゴス帝国への配慮から現在も国名はマーラ公国のままである。上層部が国名を変更するのを面倒くさがった……訳ではない、はずだ。

 ちなみに、一部の地元民には、公都キリリクを旧都マーラと呼ぶものもいる。


 歴史的には面倒くさい土地ではあるが、ドゴス帝国からの入植者も多く、現在ではゆるく穏やかな治世が敷かれている。上層部は軒並みかつてのドゴス帝国貴族であるため、ドゴス帝国とも友好を結んで関係は良好だ。


 ……とはいえ、冒険者である彼女たちに、今はそのような歴史的背景の知識は必要ない。



「キリリクの一つ手前の村?」


 朝食に頼んだ、季節のジャムがかかった三段重ねのパンケーキを待つ間、リリスはレイの手元の地図を覗き込んでいた。レイの朝食は焼き立てのパンと果物、兎肉のスープセットを頼んだ。兎肉のスープも、これで食べ納めかと思うと感慨深い。


「リケ村というところだ。そこで会いたい人がいる」

「そうなんだ~。歩いて行くんだよね?」


「あぁ、リリスは護衛依頼を受けることが出来ないからな。今回は歩いて行こう」

「うぅ……。迷惑かけてごめんね~」


 リリスは未だ冒険者ランクEなので、護衛依頼は受けることができない。護衛依頼を受注できるのは、Dランクからである。


「そういえばリリスは馬には乗れるのか?」

「馬は乗ったことないよ~」

 そうだろうな、とレイは思った。どこかで馬に乗る練習もさせなければ、と心に留めておく。


「そうか。幸いこの街道沿いに強い魔獣は出てこないから、良い訓練になると思う」

「灰狼のリベンジだねッ!」

リリスは右手の拳に力を込めた。


「……先走って突っ込むのは無しだぞ」

「わかってるよ~!」


(本当にわかっているのか?)

レイは不安に思ったが、今はリリスの言葉を信じるしかない。


「必要なものは揃っているか?」

「貸してもらったアイテムバッグにしっかり入ってるよ! あとは明日のご飯を買うくらいかな」


 明日は早朝から出立予定だ。この後、二人で足りないものを買い物をした後は、それぞれお世話になった人に挨拶まわりをすることになっている。

 レイは、宿泊している宿の女将とその娘に挨拶するくらいだが。



「キリリクって、すっごい綺麗なダンジョンがあるんだよね~?」

「あぁ、宝石がでる迷宮がある」


「見てみたいな~! リケ村の後はキリリクに寄ってもいい?」

「構わないが、迷宮に入るのに結構な金額を取られるぞ」


「……」

「まずは、地道にお金を稼ごうな」


 リリスの所持金は一時的に兎と薬草で若干潤ったものの、旅の準備でこれまで貯めた半分以上が消し飛んでいる。



「……はい、師匠」


 リリスは、フォークにさした、甘酸っぱいフルーツジャムのかかったパンケーキにかぶりついた。「美味しい」と呟いて、口角を上げる。

 ちなみにこの季節のフルーツジャムをふんだんに使った三段重ねパンケーキは、レイの朝食の二倍ほどの値段がつけられていたりする。



(……そういうところだぞ)


 レイは、パンケーキを頬張るリリスを横目に、追加で頼んだコーヒーを音もなくすすった。

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