第12話 リリスの兎狩り(6)

「レ~~~イ~~~!」


 翌日寝坊してきたリリスは、今日も元気に森を駆けていた。手をこちらに振りながら、まっすぐ突っ込んでくる。その後ろに灰狼を三匹引き連れて。

 さすが、逃げ足を自慢していただけのことはある。スピードのある灰狼からでも、安定感のある逃げっぷりを披露している。全く危なげがない。


 昨日の話に感銘を受けたらしいリリスが、森の奥からいきなり灰狼を三匹釣ってきたようだ。リリスの行動がどんどん大胆になっている、気がするだが。レイはなんとなく沸き上がった不安に、そっと蓋をした。まぁ、あの逃げ足があるなら大丈夫だろう。たぶん。


 レイは、音もなく地を蹴ってそちらに向かって走り出した。一気に加速してリリスの横を通り過ぎ、剣を抜いてそのまま先頭の二匹を横薙よこなぎに払った。

 少し遅れていた一匹が、立ち止まって威嚇してくる。



「リリス、いけるか?」

「や、やってみる」


 リリスには既に、投げナイフを数本渡し、短剣も貸してある。

 リリスは手に持っていたナイフを投げるが、こちらを注意深く観察していた灰狼にひらりとかわされる。兎のようにはいかないようだ。


「今の状態でいくらやってもかわされるぞ」


 う~、と唸りながらも、リリスは試行錯誤し始めた。石を投げたり、フェイントをかけたりしている。どちらの動きも素早い。リリスは遠距離から攻撃できるが、力は圧倒的に灰狼の方がある。灰狼もレイよりも明らかに弱そうなリリスに狙いを定めたようで、両者譲らぬ戦いをしている。


 レイは、先に自分が仕留めた灰狼をアイテムバッグに収めた。一応ちゃんとリリスの動きは視界に収めている。と、リリスが木の根に足を取られてこけてしまった。このチャンスを灰狼が逃すはずもなく、灰狼はリリスに跳びかかった。リリスは咄嗟とっさに両手を顔の前でクロスする。


(これは駄目だな)

レイは一瞬後には灰狼の懐に入り、切り伏せていた。


「大丈夫か?」

剣をさやに戻したレイが、リリスに手を差し出しながら声をかけた。


「大丈夫だけど……」

と言った後に、あーー!悔しいーー!と叫びだした。


「私が見ているとはいえ、もう少し危機感を持て。昨日の今日で灰狼を狙うのは、流石に無謀だろう」

「……そうだよね、ごめん。助けてくれてありがとう」


 レイは呆れた様子でリリスを立たせる。ついでに灰狼も収納した。リリスは無表情に怒られてしょんぼりした。






 レイの勧めで、リリスは森の浅いところまで戻ってきていた。先ほどの鬱憤うっぷんを晴らすように、さきほどから兎を狩りまくっている。

 ちなみにレイはその間に灰狼の解体を済ませておいた。この三匹はリリスが釣ってきたので、報酬を等分するためだ。レイひとりであれば、そのまま全て教会に寄付してしまうが、リリスにはお金が必要だ。買い叩かれる肉代は、雀の涙ほどだが無いよりはいいだろう。


 正直、全てリリスの稼ぎにしても構わないのだが、固辞されている。まぁ、リリスのためにも、その辺りはきちんとしておいた方がよいとも思う。


 リリスはまだ兎を狩っている。今日もまた、あの光景を見せられるのだろうか。レイはちょっとげんなりしながら、薬草を摘む。頭上から小鳥のさえずりが鳴り響いている。


 ふと上を見ると、ピークと呼ばれる赤い果実が実っているのが見えた。ピークは程よい甘みと酸味があり、シャリシャリとした食感の楽しい果実だ。リリスも好きなようで、おやつ代わりによくかじっているのを見る。


(リリスが喜びそうだ)


 レイは目を凝らしている。ピークは割と高いところに実っていて、低い位置のものは、既に何者かに刈り取られてしまったのだろう。


 レイは地面を蹴って跳躍した。そのまま、一番近い木の枝に飛び乗り、手も使いながら軽快に跳んで木を登っていく。果実に手の届く高さまで跳んで、取れる範囲のものを次々にアイテムバッグにしまう。


 ふと、昨日リリスが、解体後の兎の毛皮で鞄をパンパンにしていたことを思い出した。


(そうか、アイテムバッグを渡せばいいのか)


 最大容量のものではないが、そこそこの容量のアイテムバッグの予備を持っていたことを思い出した。これは、弟の学費を払うために一時期入り浸った迷宮で得たものだ。


 レイの出身国であるリーン王国の隣には、小国群が乱立している地域がある。その一つにアイテムバッグがよく出る迷宮があるのだ。正しくは、アイテムバッグを所持した人型の魔物がよく出現する迷宮という訳だが。ちなみに難易度は高めである。

 

 レイは当時、その迷宮に一年近く潜り続けていた。その中で最も容量が大きくて良いものを自分と弟用に確保した後は、数点を残してあとはほとんどを換金してした。確かその残りがまだあったはずだ。


(ちょっとリリスに与えすぎだろうか……)

いや、でもこれは自分が昨日のような光景を見たくないからであって、別にリリスのためではない。レイは緩く首を振った。



「リリス」

早速アイテムバッグを渡してしまおうと、レイはちょっとの間放置していたリリスの元へ向かった。そこは森の中で木々が避けて青空が覗き、光が差し込んでいる。小さいながらに広場のようになっている場所であった。


「あ、レイ」

こちらを見上げるリリスは、頬を染めて笑顔を見せている。それだけを見れば、美少女の光輝く笑みであった。


 だが、レイはそれ以上リリスに近づくことに躊躇ちゅうちょした。リリスの手の中には解体中の兎。


(それはいい、それはいいが……)


 リリスは広場の中心で解体をしている。そして、その周囲の木にはおびただしい数の兎が後ろ足を縛られ、縄で吊るされていた。まるで何かの良くない儀式である。光の中でこちらに笑顔を向けるリリスに、狂気を感じる……気がした。



(……兎狩りは、もう止めさせよう)

リリスはレイの心に傷を残した。




 その後、二人がかりで解体を行い、現場は跡形もなく片付いた。


「レイ、それは?」


 片付け終わった現場で、レイは無言で辺りに聖水をいていた。聖水によって、辺りが淡く光って浄化されていく。それを見ていたリリスは首を傾げた。これまで、そのような行動をとるレイを見たことがない。


「レイ、聖水なんて撒いて一体どうしたの?」

「……気にしないでくれ」


 レイはリリスの目をジッと見てから、フイッと目をそらした。リリスは更に首を傾げた。


(なんとなく闇の気配を感じた気がする……)

とは言えず、レイは適当に誤魔化しておいた。


 もちろん、この場に何かの良からぬ儀式のような怪しげな魔方陣などないので、これはただ単にレイの気持ちの問題である。何故か、浄化しておく必要性を感じたのだ。


 落ち着いたところで改めてアイテムバッグを渡すと、リリスは遠慮したがレイが強引に押し付けた。多少揉めたが、結局これも貸し出すことになり、リリスがお金を貯められたら買い上げるという話に落ち着いた。




 ちなみに大量に狩った兎であるが、ギルドに報告すると大変喜ばれた。兎の討伐は冒険者には不人気で、近頃数が増えすぎていたようだ。


 畑が荒らされることもあるが、兎が増え過ぎるとそれを狙って灰狼などの弱い魔獣が森の奥から出てくる。今度はそれら弱い魔獣の個体数が増える。更にはそれらを食料とするより強い魔獣が増え、町の近くまで出てくるようになるのだ。つまり、町の安全が脅かされる。減りすぎるのも良くないが、増えすぎも困る。


 それをギルドで聞いたリリスは俄然がぜんやる気を出し、その後も数日間に渡って兎狩りに勤しんだ。レイは、一人で灰狼に特攻しないようにリリスに言い含めた後、単身森の奥に行って魔獣を討伐したり、採集をしたり買い物をして、のんびり過ごした。とても癒された。兎はもうお腹いっぱいだった。

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