第11話 リリスの兎狩り(5)

 あの後、二人で兎を解体して、レイが採集した薬草と共にギルドに納品した。兎も薬草も常時依頼なので、あらかじめ依頼を受けておく必要はない。2人で稼いだお金は等分にした。

 レイは念のために、森の浅い場所に灰狼が出てきたことも報告しておく。


「え、魔獣がいたの?」

「あぁ」

「全然気づかなかったよ」


 レイはリリスからそっと目をそらした。灰狼が襲ってきたのは、リリスが兎の目を狙うために集中していた時だったからだ。


 弱点を狙うのは、魔獣と戦う上での正攻法である。だが、はたしてそれでいいのか、とレイは真顔になった。いつもの無表情だが。


 リリスが美少女だから、先ほどの光景に衝撃を受けたのだろうか。一度先ほどの場面を、ギルドにいる筋肉自慢のオヤジに脳内で変換する。うん、問題ない。ただの猟師だ。きっと美少女と、血濡れ兎の組み合わせが良くなかったのだ。よし、ひとまずこのまま見守ろう。レイはひとまず問題を棚上げした。



「灰狼はギルドに出さないの?」


 先ほどから密かにレイを悩ませている、美少女の新緑の大きな瞳がフードの下から覗き込む。こうしていれば、ただの美少女なのに。駄目だ、思考を切り替えよう、とレイは首を緩く左右に振った。


「まだ解体していないんだ」

「あ、そうなんだ。ギルドの解体所にいく?」


「いや、教会に持っていく」

「教会?」

何故?とリリスは首を傾げた。教会に魔獣なんて持ち込んでいいのだろうか。


「ついてくるか?」

レイの言葉にリリスは頷いた。体は疲れているが、今日は有意義な狩りが出来た。リリスはもう少し、レイと一緒にいたい気分だった。



 町の外れのほうであるが、中心部からそれほど歩くことなく、その教会はあった。長閑な町らしく、敷地は広い。その敷地内には孤児院も併設されている。


 レイたちが歩いてきた道から教会の前まで、通る人を楽しませるように小さな素朴な花が咲いて、風に揺られている。教会の前では、孤児院の子どもたちが数人走り回っていた。

 日が傾く時間だが、子どもたちは元気だ。楽し気な明るい声が響いている。


 教会と孤児院の間には、こじんまりとした小屋が立っていた。レイは教会の入り口ではなく、そちらの扉をくぐる。リリスもそれに続いた。

 入口は小さいが奥に長く作られており、中は意外と広い。入口から入ると、何とも言えない独特な香りがした。リリスは嗅いだことのない匂いに、小さく首を傾げる。


 入ってすぐに受付のようなものがあり、呼び出し用の鈴が置いてあった。レイはそれに触れて来訪を知らせると、すぐに奥から感じのよさそうな年若い青年が出てくる。雰囲気が神官見習いっぽい。


「お待たせしました。今日はどうしましたか?」

「あぁ、これを」

レイは受付横の台に、さきほど討伐した灰狼を取り出した。


「どのようにしましょうか」

「一匹分しかないのでな、寄付でいい」

「そうですか、ありがとうございます」

「ではな」

それだけを言って、レイはきびすを返した。


「あなたに女神様の祝福あらんことを」

後ろから青年の声が聞こえたが、手をあげてそのまま出て行った。




「寄付しちゃって良かったの?」

教会から少し歩いたところで、黙ってついてきていたリリスが口を開いた。レイはちらりとリリスを見下ろす。


「狼の肉は硬いから、ギルドで買いたたかれるんだ。狼の肉と解体料では、解体料の方が高くなる。低ランクの狼は、ほぼ毛皮にしか価値がない。覚えておくといい」

「え、そうなの?」


 狼の肉は硬くて食べ辛い。食べれないことはないが手間がかかる。この町に限らず、狼に比べれば兎の方が需要がある。そのため肉だけで見れば、狼の価値は低い。

 レイにとっては、灰狼の毛皮も魔石も大した金額にはならないので、一匹の場合は解体されるのを待たずに寄付した方が、手っ取り早くていいと思っていたりする。リリスには言わないが。


「どこの町でも教会付属の孤児院は、希望する子どもたちに解体を教えているんだ。そのため、肉と同じ値段で解体をしてくれる。ギルドの解体作業員は給料も悪くない」

「へ~、そうなんだ」


 二人の並んだ影が段々長くなってきている。もうじき、日も暮れるだろう。


「肉が必要ないなら、肉と引き換えに解体してもらえばいい。大抵はそうしているようだ。冒険者は不要な肉と引き換えに解体してもらえるし、子どもたちは肉と技術を得られる。肉の処理は面倒だが、余った肉で干し肉を作って売れば、子どもたちは更に良い食事が出来る」

「そうなんだ! 知らなかったよ~」


「まぁ、率先してやっているのは、孤児院出身の冒険者たちだ。自分で解体するものも多いしな。私も人伝に聞くまで知らなった」

「そっか。ところで干し肉ってどこで売ってるの?」


「先ほどの受付で言えば売ってもらえる。長年研究しながら作っているから、そこら辺の店で買うよりも安くて旨い。今度買ってみるといい」

「そうなんだ! 今度買ってみるね!」


 二人は町の中心部まで戻ってきた。



「ね、レイ! 今日一緒にご飯食べない?」

リリスは弾んだ声で、いつも町で自分が男性にかけられるセリフを放った。



「……兎料理以外なら」

 レイはリリスから目を逸らして答えた。脳裏には、血塗れの兎を両手に持った美少女の満面の笑顔が浮かんでいた。

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