第10話 リリスの兎狩り(4)
少し時間がかかったが、昼食を終えて片付けも済ませた。可もなく不可もない食事であった。リリスは喜んでいたが。
「そういえば、これを渡しておく」
そう言って、先ほどレイが解体した兎の毛皮を差し出す。
「あ、でも弓やナイフも借りてるし、パンももらったし、解体までしてもらっちゃったから受け取れないよ」
「パンは果物と交換してもらったからそれでいい。それに、初めて狩った獲物なのだから、遠慮しなくていい」
正直言って、普段から魔獣狩りをしているレイからすれば、ただの兎の毛皮など取るに足りないものなのだ。
「あ、そうだ。さっきの投げナイフ返しておくね」
「いや、それは持っておいてくれ」
「え、それはさすがに……」
「大したものではないから、気にしなくていい。まだまだこの中に入っている」
そう言って、レイは自分の腰に装着しているバッグを指指した。初日から色々出し入れしているのを見ているので、リリスもそれがアイテムバッグなのはわかっていたが、それって実は結構ランクの良いのものなのでは?と思った。が、聞けないでいる。あと、レイって結構お金持っているのでは……と思うものの、もちろん聞けない。
まぁお金を持っていそうなのは、見た目からしてもそうなのだが。なんたって王子だし。
レイが噂でリリスを知っていたように、実はリリスもレイのことを知っていた。というより、この町の冒険者でレイのことを知らないものは、
レイは昇級試験のために、かれこれひと月半ほどこの町に滞在していた。小さなこの町で噂なんてすぐに巡ってしまう。
(喋ってみると、そんなに王子っぽさはないよね? やっぱ見た目かな)
リリスは安堵していた。本当にどこかの貴族や王族であったら、どんな態度を取ればいいのか分からなかったからだ。
「えっと、じゃあお借りします?」
「消耗品だから、気にせず使ってくれ。ところで使ってみた感想は?」
「あ、弓より使いやすいよ!ちょっと不安だったけど、いけそうな気がする!」
レイはそれに頷いた。
「力が足りていないが、狙いは良い。もっと腕全体や体の力も使った方がいい」
「うんうん、なるほど」
「あとは練習あるのみだ。投げナイフは消耗品だが、今何本も用意する余裕はないだろう?」
「うっ……。それは確かに」
「リリスが自分で用意できるようになるまで、言ってくれれば交換するが……。そうだな、ひとまず石で練習するか?」
「石?」
「あぁ、石を投げて、動きが止まったところを先ほどのように止めを刺してはどうだろう。リリスの身体能力とここの兎が相手なら、それで十分だと思う」
「なるほど! やってみる!」
早速リリスは辺りの手ごろな石を拾い始めた。
***
レイは兎を追いかけるリリスを眺めながら、二人分の薬草を採集していた。特に目新しいものはない。
先ほどからリリスは、石で兎の目を潰し、ナイフで止めを刺している。さっきまで震えていたのに、中々えぐいことをする。
投げナイフより、短剣を渡した方が良かったか……? レイはちょっと不安になった。一応、アイテムバッグに短剣の予備があるか確認する。
確かにリリスに渡した投げナイフはこの町で売っているような脆いものではなく、ある程度しっかりした作りのものだ。以前たまたま入った武器屋で気に入って、まとめ買いしたものである。
(だが、あの使い方はどうなんだ……? 投げナイフだと言って、短剣を渡せばいいのか……?)
レイは混乱した。リリスには投げナイフの才能があるはずである。事実、弓を持っていた時よりも動きがいい。
リリスの身のこなしは軽く、動きも素早い。少し足止めをすれば、素早く獲物に近づいて、近接から止めを刺せるほどだ。
(だが、力がない)
今はただの兎だから良いが、少し強い魔物には通用しないだろう。
(それでも、練習あるのみ)
レイは努力の大切さを誰よりも知っていた。誰であっても自分と同じことをさせる気はないが。
リリスを視界の隅に捉えながらも、レイが思考の渦に沈んでいた、その時、この辺では珍しく、茂みの奥から魔獣が出てきた。灰狼だ。兎を捕食するために、森の奥から出てきたのかもしれない。
幸い、リリスはこちらに気付いていない。
この世界の動物や魔獣は、その色で強さを判別できる。茶色は魔獣ではない普通の獣、リリスが狙っている兎がこれだ。魔獣は、灰・黄・緑・青・赤・紫・黒と、この順に強くなる。強くなればなるほど、角が生えたり巨大化し、厄介な攻撃をしてくるものが増える。
今出てきたものは、灰色の狼。初級の魔物だ。レイに取っては脅威でもなんでもない。
確認のために一瞬そちらを見たレイは、次の瞬間にはその腰に差している剣を抜き、その灰狼を切り伏せていた。
(……解体が面倒だ)
これも初級の魔物なので、買取額が低い。自分で解体した方がよい魔物である。だが、討伐しない、という訳にはいかない。
この辺りに灰狼が出るようになれば、この町の名物である兎が食べつくされてしまう可能性がある。兎を食べつくせば町まで直ぐだろう。危険の芽は早めに摘むに限る。
レイは、ひとまず灰狼の血抜きだけ済ませて、アイテムバッグに放り込んだ。
そこに、左手に五羽、右手に三羽の兎の耳を掴んだリリスが戻ってきた。絶世の美少女がレイの名を呼び、頬を高揚させ、満面の笑みで駆けてくる。両手には、目を潰され、顔面血塗れとなった兎の耳を持って。
レイは、ちょっと引いた。
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