第9話 リリスの兎狩り(3)

「よし、兎狩りだ」


 翌日、2人は朝から森に来ていた。狙いはこの町の名物、兎だ。魔獣ではない。ここの兎は弱いくせにやたらと好戦的である。攻撃力はほとんどない。みつかれると少々厄介だが、大人であれば脅威に感じることはまずないと言っていい。


 子犬ほどの大きさで、たいてい丸々と太っている。数も多いので、まととしても最適である。2人は薬草を採集しながら、兎を探して森の奥へ進んでいった。


「やるぞー!」

リリスは左手にレイから借りた弓をかかげた。




「リリス、左!」

「はいっ」


 早速、左から突進してきた兎をリリスが狙う。が、流石に動いている的を狙うのは難しく、数回試してみたが中々矢が当たらない。昨日の腕の疲れも残っているのか、リリスの弓を構える動作もどこかぎこちないように見える。


 レイは腕を組んでしばし考えた。正直、リリスに弓の才能や適性がある訳ではない。だが、才能がなくともやってみることは無駄ではないと、思う。

 具体的にいうと、才能のない武器を持った後に才能がある武器を手に取ると、手に馴染む感覚がわかりやすいのだ。

 


「リリス、ちょっとこっちに戻ってきてくれるか」

「うん、わかった!」


 リリスは小走りにレイに近づいてきた。流石エルフ、森の中でも軽快に走ってくる。

 レイは弓を回収して、投げナイフを1本渡した。


「次はこれを使ってみてくれるか」

「これって、投げナイフ?」

「そうだ。使ったことは?」

「ナイフは、解体用と採集用しか使ったことないよ!」

リリスは物珍し気に、渡したナイフを観察する。


「狙えるなら兎の眉間か首、足でもいいが、まずは当てるところからだな」

「昨日みたいに木で練習しなくていいの?」

「練習はした方がいいが……。リリスは目がいいし、狙いも悪くない。ちょうどいい的もいることだし、このまま兎を狙う」

「わかった! よーし、今日のお昼ご飯を捕るぞ~!」

リリスは兎を食べる気満々だ。


 リリスがやる気を出したところで、再び歩き出した。レイにはリリスの尖った耳が、ピコピコ動いている。人には聞こえない森の声を聴いているのかもしれない。


 レイが薬草を採集していると、兎が突撃してきた。ここの兎はもしかしたら薬草が好物なのかもしれない。薬草をむしると高確率で兎が威嚇いかくしてくるのだ。無駄に気が強い。


 兎の体当たりをかわして、レイはその個体から距離を取った。兎は薬草の上に陣取って、頭を高くして威嚇している。正直、めちゃくちゃ狙いやすい。


 割と近い位置から放たれたナイフは、兎の眉間を貫いた。リリスはすぐさま兎に接近し、眉間に刺さったナイフを引き抜いて崩れ落ちた体に止めを刺す。その軽やかな動きに、身体能力の高さを伺わせた。


 リリスはやや呼吸が上がり、手が震えている。


「ひとまず休憩にするか。少し休んでいると良い」


 レイはリリスが仕留めた兎を掴んで、少し離れた場所で解体を始めた。少し早いが、のんびり準備すれば昼になるだろう。解体した肉と毛皮を手に、リリスの元へ戻る。不要な部位は解体した場所に埋めておいた。


 肉を部位ごとに分け、アイテムボックスから取り出した鍋へ放り込む。手持ちのハーブと塩、スパイス、酒をこれまた適当に入れ、水を出す魔道具から水を注ぐ。

 それをアイテムバッグから取り出した野営用竈かまどの上に置いた。ちなみにこの竈も魔道具である。あとは火にかけて、灰汁あくを取りながらしばらく放置でいい。時間がかかるので、その辺で採集をしようと立ち上がる。


「少しの間、鍋を見ておいて貰ってもいいだろうか」

「大丈夫だよ。他に何かしておくことある?」

「あぁ、灰汁が出てきたら取ってくれると有難い」


 レイはリリスに木製のお玉を持たせて、森に入った。



 しばらくしてレイが戻ってきた。

 リリスは右手にお玉を持ち、真剣な表情で鍋を睨んでいる。どうやら気持ちも落ちついたらしい。


「あ、レイおかえり!」

「もう大丈夫か?」


 レイはリリスに尋ねながら、先ほど採った野菜やキノコを水洗いして包丁で刻んでいく。


「大丈夫! よくよく考えたら、私今まで獲物を自分で捕らえたことなかったんだ~」

「そうか、昼は食べられそうか?」


 流石にさっきの今で、兎を食べる気にはなれないかもしれない。レイは、今更ながらその可能性に思い至り、申し訳なく思う。


「平気だよ! 解体だってしたことあるし、むしろちゃんと食べないとね!」


 元気を取り戻したリリスに、レイは緩く息を吐いた。先ほど刻んだ食材を鍋に入れ、減っていた水を足す。

 ついでに、先ほどついでに拾ってきた薪を組んで、竈からもらった火で小さな焚火をおこした。


「その火どうするの?」

灰汁を取りながら、リリスは不思議そうにレイの作業を見守っていた。


「あぁ、手持ちのパンを少しあぶろうかと思ってな」

「へ~、結構細かいことするね~」


 リリスはいつも昼は果物をかじって済ますので、レイのすることに興味深々である。

 いざという時のために、道具は色々持っているが、レイも普段はあまり料理はしない。料理は時間がかかるし、解体と同じでそれを専門とする者の方が、早くて美味しいものが作れると考えているからである。何より楽だ。


 今、わざわざ火を起こして料理をしているのは、ひとえにリリスが『昼に兎を食べる!』宣言をしたからである。残念ながらリリスにはレイの優しさが伝わっていなかったが。

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