第8話 リリスの兎狩り(2)
リリスが落ち着くまで、2人はその辺にあった切り株に腰を下ろしていた。
「……リリスでいいですよ」
唐突にリリスは言った。
「何のことだろうか?」
「呼び方です!リリスって呼んでください。なんかここ数日で驚くことが多すぎて、色々吹っ切れちゃいました」
そう言って、リリスは花開くような満面の笑みを見せた。何故かいきなり吹っ切れたらしい。
「私のことも好きに呼んでいい。あと言葉使いも楽なように」
「ありがとう!じゃあ、レイって呼ぶね!」
実はリリスはレイに会うにあたって、緊張していた。だがここに来て開き直ったようだ。
なんとなく
「では、ひとまずリリスの実力を見せてもらおう」
レイは、自分のアイテムバッグから弓と矢をそれぞれ取り出した。それをリリスに手渡してから、少し離れた木に
「よし、ではまずはそこから打ってみてくれるか」
「はいっ!」
弓は久々に持ったが、幼い頃に兄に教えてもらったので使い方はわかる。リリスは、矢をつがえて狙いを定め、解き放った。矢は的の中央を少し外したものの、狙いを外さずに木に突き刺さっている。
それを見ていたレイが、もう少し遠くから再度矢を射るように指示を出す。矢を放つ、距離を取る、矢を放つ……。
これをレイが納得するまで数十回繰り返した。
「う、腕が~」
リリスは崩れ落ちた。普通、森でこんなことをしていては危険だが、この辺りでは気の強いただの兎しかでてこない。
「ふむ、悪くないが腕力が足りないな」
見た目通りの細腕を抑えて休憩しているリリスを尻目に、レイは考察する。
「とりあえず、次はその辺にいる兎で試してみよう」
レイの言葉にリリスが絶望的な顔をした。レイはリリスの反応に首を傾げる。
「どうした? ここの兎は何故か攻撃的で向かってくるからな。狙いやすいぞ」
幼い頃から何度か死にかけるほどの訓練を受けてきたレイには、リリスの絶望が全く理解できなかった。
レイにとっては、生死をかけた訓練が日常だったのだ。今はそれが異常だと理解してはいるものの、それでもまだ数十回矢を射っただけである。たったそれだけで腕が死にそうになっているリリスの気持ちは理解できない。
「し、師匠、私もう腕が限界です……」
「……は?」
リリスは、レイの本気で分からないという顔を見て、自分は早まったかもしれないと思った。確かに自分は足と体力に自信はあるが、魔法の練習ばかりしてきたせいで腕力はない。
(でも、たまに解体の手伝いもしていたし、非力ではないはず!)
リリスは内心自分を励ました。
その後、レイはリリスに再び弓を持たせてみたが、腕に力が入らず矢をつがえる事もできなかった。
リリスは、レイからとても残念な子を見るような視線を向けられていることに気付いていた。無表情ではあるのだが。なぜかわかる。
(クッ……、逃げ足と体力なら自信があるのに!)
ひとまず、毎日夜に腕立て伏せをしよう!と決意した、リリスであった。
森にいても仕方がないので、ある程度薬草を採集してから町に戻ることにした。ちなみに体力だけはあるリリスは、元気に森を駆け回った。なるほど、逃げ足に自信があると言っていたのは本当のようだ。レイは納得した。
「解体ナイフは?」
「一応持ってる! 故郷の村でも解体は手伝っていたし、任せて!」
「余裕があれば、予備もあるといいが」
「ん~、薬も買いたいし、簡易野営調理セットも欲しいんだよね……」
「調理器具は私が持っているから、今回はそれを使えばいい。料理はできるか?」
「ん~、実は料理はいつも兄さんが作ってくれてたから、したことないんだよね」
「……」
「あれ、レイどうしたの?」
「いや、なんでもない。水の魔道具は?」
「あっ! 買わなきゃ~!」
今後の方針については、町に戻るまでの間にある程度話しあう。
まずはリリスが、何かしら武器を持つ。それでひとまず兎を狩れるようになったら、次の町へ移る予定となった。
レイからの提案ではあったが、噂のこともあってこの町にいるのは大変気まずい。リリスはレイの提案に飛びついた。むしろ一刻も早く出発したい。
すぐにこの町を発つ訳ではないが、今から必要なものを用意しておけば安心だ。時間のある時に各自用意しておくことになった。
町に戻った二人は、冒険者ギルドに薬草を納品して別れた。
「師匠、また明日もお願いしますッ!」
「あぁ、しっかり体を休めるように」
リリスと別れたレイは、その足で買い物に向かった。この町は長閑なところだけあって、あまり良い武器や魔道具、薬などは売っていない。
だが、生活に直結している魔道具は売っているし、野菜などの農作物は割と豊富だ。調味料や酒、パン、保存食など数点買い足した。
「……明日も兎狩りか」
今にも日が沈みそうになっている空を見て呟いた言葉は、心なしか
今日は、兎じゃないものを食べよう。そう決意して、宿への道を足早に歩く。
レイの長い影が、近づいてくる夜の色に飲まれていった。
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