第7話 リリスの兎狩り(1)

「そろそろ、リリスも結論が出ただろうか」


 レイは、先ほど採集していた際に突撃してきた兎を解体しながら思った。


 そろそろ結論を出して欲しいところだが、こちらからコンタクトを取る気はない。

 話を聞くに、これまでリリスが地道に努力してきたことはわかっていたので、レイの言葉を受け入れられないことも考慮していた。


 幸い今回は、正式なギルドからの依頼の形をとっていない。ギルドマスターもあわよくば、といった感じであった。



 あれから数日間ギルドの依頼をこなしていた。長閑な町ではあるが、レイにしてみれば物足りない。何より小物が多いので稼げない。


 そろそろ次の町へ移っても良いだろうか、と思案しあんしながらも手を動かす。レイは基本的に自分で解体しない。解体はできるのだが、餅は餅屋とばかりにギルドへ丸投げである。


 だが、この町の獲物は小物が多く、買取額が低い。解体料まで取られては、稼ぎは僅かしか残らない。

 正直、薬草採集の方が稼げるのではないだろうか。そう考えて、レイもこのところ薬草ばかりむしっている。結構な頻度でうさぎに邪魔されるが。

 ちなみにこの兎、魔獣ですらない。やけに攻撃的ではあるが。




 依頼の薬草も所定数集まったので、町まで戻ってきた。まだ昼過ぎである。

 ギルド前の大通りには、露店が出ていていい匂いが漂っている。そのうちの一軒の前でレイは足を止めた。辺りに良い匂いを漂わせている兎肉の串焼き屋だ。


「2本頼む。あと兎を狩ったが、肉は必要か?」

「まいどあり! 昨日と一緒の金額でいいかい?」

「あぁ、それでかまわない」


 レイは、兎の串焼き2本分の料金を支払い、先ほど解体した兎の肉をその店に売った。ちょっとした小遣い稼ぎである。

 この町は本当に兎が多い。毎日のように狩っても、次々と子を産むので全く数を減らさないらしい。むしろギルドでも討伐を推奨されている。増えすぎると畑を荒らされるからだ。


 ギルドへ戻る前に、広場に無造作に置かれている切り株に腰かけて、串焼きを頬張る。焼きたての香ばしい香りにスパイスがピリリと効いていて、美味い。





「あっ、見て~!」

レイのいる広場の向こう側にいた女性が、レイには聞こえない音量で隣の女性に声をかけた。


「え、何?あ、王子!串焼き食べてる!」

隣の女性もレイに気が付いて、嬉し気に声を上げた。


「うわ~、王子が食べると串焼きも高級そうに見える~。似合わないのに様になってる~!」

「ちょっと何言っているかわかんないけど、わかる。切り株で串焼き食べてるだけなのに、品があるのよね」


「やっば、かっこ良すぎる~! やってることは、その辺のむさ苦しい男と一緒なのに~!」

「やっぱり王子は、食べ終わった串とかその辺にポイってしないんだね」

「本当に素敵~!」


などと観察されていることに気が付いているのかいないのか、レイは食べ終わるとさっさと冒険者ギルドへ入っていった。


「あ~、王子いっちゃった~」





 レイは、冒険者ギルドで依頼の完了報告を済ませ、さてどうするかと顔を上げたところで声をかけられた。振り向けば、リリスが立っている。


「レ、レイさん! 私の師匠になってください!!」

リリスの声がギルド内に響き渡った。ギルドにいた冒険者からは、悲鳴が上がっている。





 レイは頭が痛くなった。


***


 あの後、レイはリリスをギルドから連れ出して、町の外にやってきた。

 リリスに激怒した女性冒険者と、レイに嫉妬した男性冒険者のせいで、ギルドが一気に騒がしくなったからである。



「追いかけて来られても困るし、そこの森に入ってもいいだろうか」

レイは、目の前に広がる森林を指さした。


「あ、はい。すいません……」

今日も相変わらず、リリスはしょんぼりしている。今のこれは、先ほどの失敗のせいだが。



 森に入ると、一気にリリスの気配が希薄になった。

レイは感心した。攻撃手段がないと聞いていたが、攻撃されないようにはできるらしい。


「なるほど、貴女は気配を消すのが上手いのか」

「い、いえ。実は森でしか気配は消せないんですけど……。あ!でも逃げ足は自信あります!速いです!」


「……あまり迂闊うかつなことを言わない方がいい。貴女は……、エルフだろう?」

レイの忠告を受けて、リリスはピシリと固まった。



 エルフが森では気配が希薄になる種族であるということは、一部で知られている。森の民と言われる所以だ。

 エルフは森に隠れ住む種族で、人の町でその姿を見ることは滅多にない。人とは一線を画すほど見目麗しいので、見つかれば奴隷として狩られることもある。



「耳につけている、赤い宝石が隠蔽いんぺいの魔道具だろう? 口外はしないと約束しよう。この周辺に他に人はいないから安心して欲しい。が、言動には気を付けて欲しい」


 レイの指摘の通り、リリスのつけている赤い宝石耳飾りは、その特徴的な尖った耳を人間のように隠蔽する魔道具だ。


 リリスは、レイに会ってから衝撃を受けることが多くて、中々頭がついていかなかった。まだ心臓がドキドキいっていて苦しい。



「ちょ、ちょっと待ってもらっていいでしょうか……」

かろうじてそう答えた。

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