第6話(閑話)とある転生者の話

 その男はとある村の村長の嫡男ちゃくなんとして生を受けた。

 男には生まれながら、いわゆる前世の記憶というものが備わっていた。地球の日本という国で、どこにでもいるような冴えないサラリーマンだった記憶が。


 男は、転生する直前に女神と会話をした。


 事故に巻き込まれて死んだらしい自分は、気付いたら光となって白い部屋に浮かんでいたのだ。

 彫刻のごとき整った顔の女神が言うには、若くしてして亡くなった地球産の魂の中から、気まぐれに自分の世界へと招いているらしい。


「あなたには、私の管理する世界へ転生してもらいます。剣と魔法の世界と言えば、ご理解いただけますよね?」


 男は思った。

(うぉー!ラノベ展開キターー!え、俺勇者?俺Tueeeでハーレム展開!?)


 女神はそんな男の思いを見透かしていたが、あえて見ていないふりをした。その美しい顔には、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。

「あなたには、天から授けられる才能を1つ、適正を1つ、選んでもらいましょう」


 男は、1つずつなんてケチ臭いな、と思った。

「才能2つにすることは出来ないんスか?」


「可能ですが、その代わりに適正付与はなし、プラスしてバッドステータスが付いてしまいますよ?」

「バッドステータスって何スか?」


「簡単に言えば、容姿が醜くなったり、奴隷身分に生まれ落ちたり、前世の記憶を失ったり、と様々です。参考までに、こちらの世界はあなた方の世界よりも見目が整っているものが多いのですよ。転生者の才能と適正は私が設定しますが、その他の部分は世界が勝手に設定するので、完全にランダムになりますが。」


 女神は、人を魅了する微笑をたたえながら恐ろしいことをのたまった。


(容姿が醜いって、モテなくね? 奴隷身分なんて論外だし、前世の記憶がないのは……どうなんだ? でもってランダムなんだよな。リスク高ぇ。)


 男は剣と魔法の才能でどちらを取るか悩んでいた。やはり、身の安全のためにも、どちらも欲しい。


(あと、異世界転生ものの定番と言えば、鑑定か! いや、鑑定は魔法か?)


 それを見越したかのように女神は口を開いた。いや、女神は正しく男の思考を読んではいるのだが。


「そうそう、この世界に鑑定魔法は存在しません。つまりこの世界の人々は、自分の才能が何であるかわからないまま、人生を終える人がほとんどですね。まぁ、似たような能力がないこともないのですが」


 男はそれを聞いて、それならその鑑定能力を、と口を開こうとしたが、それより早く女神が続きを口にした。


「ですがこの能力を選ばれる場合、その他の才能も適正も与えることはできません。更に前世の記憶も、ここでの記憶も消去させていただきます。そうそう、以前この条件で転生された方は、幼い頃に貴族に囲われて、その短い一生を飼い殺されて終わっています」


 にこっと、麗しい女神は微笑んだ。ただ、その金にも銀にも虹色にも見える美しい瞳の瞳孔は開いており、男は魂の姿であるにも関わらず、背中を冷やした。選ぶなら、ということだろう。


 女神は口にすることはなかったが、この能力持ちはすぐに死んでしまうので、滅多に与えられない。以前の転生者がどうしても、というのでこの条件で与えてみたが、案の定短命に終わっている。


(や、やっぱ、自衛できる剣か魔法を選ぶのが無難だよな!剣と魔法の世界だし!)


「あとそうですね。ここだけの話、本当に死ぬほど努力すれば、後から才能や適正に相当するものを得ることはあります」

「な、なるほど?」

「鑑定のない世界で、自分の才能と適正が始めからわかっているのは、かなりのアドバンテージがありますよ」


 男はそれを聞いて、決めた。もはや勢いであったことは否めない。


「じゃあ、剣の才能と魔法の適正で!」

こうして男の魂は、剣の才能と魔法の適正を付与され世界へ送り出された。


 それを見送った女神は、最後の光が消えるのをじっと見つめている。無事、先ほどの魂は世界に読み込まれたようだ。




「あー、疲れた」


 彼女はレイたちが暮らす世界の管理者である。正確には、この世界を管理・運営・維持している、有体に言えば人工知能のマスターである。そんな彼女の仕事の1つは、この人工知能に異界の魂というサンプルデータを読み込ませて、学習させることにある。


 さすがにサンプルとするだけでは可哀想なので、能力を選ばせるという特典を与えているに過ぎない。転生後の活躍など、期待していないのだ。


 余談であるが、この人工知能にも正式な名前が与えられている。しかしながら、緊急時の命令コマンドのキーとなっているため、彼女が気軽にその名を呼ぶことはない。通常は、諸々全てひっくるめて「世界」呼びで支障がないのだ。


「ねぇ、せーちゃん」

「はい、マスター」

女神が問いかけると、世界がすぐさま返事リプライをする。


「疲れたから、ちょっとお昼寝していいかしら」

「……勤務時間中ですよ、マスター」


 転生者と対面するのは、その魂の過去や思考が全て流れ込んできてしまうので、意外と疲れる仕事だったりするのだ。



***

 その後、とある村に生を受けたかの転生者は、その村で平凡ながら幸せな人生を終えた。


 武器屋などない長閑な農村で、けれども剣の才能が己にあることがわかっていた男は、物心がつく年齢になると村長である自分の父親に剣を強請ねだった。


 来る日も来る日も剣を振っていたある日、村に迷い込んで来た魔獣と対峙たいじした。

 恐ろしかった。幸い、滞在していた冒険者たちが退治してくれたが、数日引きこもって家から出ることができなかった。


 元は平和な国で生まれ育った、ただのサラリーマンである。鶏一羽どころか、魚すらその手でさばいたことはない。自分は恵まれていた、今更ながら実感した。


 しかし、いつまでも引きこもっている訳にはいかなかった。ここは地球ではない。そんなことは許されなかった。

 直接対決は怖いので、罠を張って得物をとるようになった。俺は臆病者じゃない、人間は頭を使う生き物なのだ。そう何度も言い聞かせた。


 そうしているうちに、いつの間にか村一番の狩人になっていた。村長の嫡男で、食料としての得物も狩れる。この世界では平凡ではあるが、顔もそれなりにいい。わずかながら魔法も使える。村の女性にモテるようになった。

 男は常々、容姿が醜くならなくてよかったと思い、自分の選択を自賛じさんした。


 比較的魔獣が少ないという平和な村からでて、冒険者になるなんて考えられなかった。


(俺は、この村でチヤホヤされるのが、身の丈にあっている)

いつしかそう思うようになっていた。

 

 村で一番の美人を妻に向かえ、子宝にも恵まれた。男が転生する前に夢見た俺Tueeeやハーレムとはほど遠い人生ではあったが、相応の幸せな人生であった。

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