第5話 ギルドマスターからのお願い(3)

 翌日、レイが待機しているギルドの一室の扉を叩くものがいた。返事をすると、1人の女性がフードを脱ぎながら入ってくる。くだんの人物であろう。


 フードを脱いだ女性の姿を認めて、レイは一瞬目を見開いた。

 蜂蜜色の髪は肩のあたりでふわふわと揺れ、パッチリと大きな新緑しんりょくの瞳には金色のきらめきが散っている。ぷっくりとした春初しゅんしょを想わせる薄ピンク色の唇は、白い肌に映えて瑞々みずみずしい。


 なるほど、これは男性たちが色めき立つのも仕方がない、と思う。

 

「あの、はじめまして。リリスです」

とても噂になっているので、知っていますとは言えない。


「……レイという」


 お互い名乗りあって、リリスが席についた。案内してきた職員は、どうぞお二人で、と言い残してそそくさと退出していた。


「ギルドマスターに簡単に事情は聞いているが、魔法の指導をして欲しいのだろうか?」

レイは単刀直入にリリスの希望を尋ねた。


それに対して、リリスがしょんぼりした顔で口を開いた。

「いえ、あの。魔法の指導を行うことが難しいことは、理解しているんです」

「あぁ、それは間違いない」


 聞けば、リリスは幼い頃から自身の魔法をどうにかしようと取り組んで来たらしい。だが、故郷ではどうにもならず、手掛かりを求めて村を出た。


 生活費を稼ぐために冒険者登録をし、ある程度余裕がでてきたので、ギルドの勧めで指導を受けてみることにした。だが結果は、平原の半分を湖に変えてしまうことに。本人の話では、しばらく魔法を使っていなかったので、思ったよりも大量の水が勢いよく出たらしい。


 それ以降、町を歩くにも噂が広がり、恥ずかしくて外を歩けない。今は訳あって故郷にも帰れないし、別の町に移るにも心もとない。すぐにどうにか出来る問題でもないことは理解しているが、なんとかしなければと焦っている。


 厄介だ。レイは昨日さくじつも思ったことを再認識した。リリスのような話はこれまで聞いたことがない。自分の中で分かっていることはあるが、彼女の求めるものではないだろう。困ったな、と無表情の下で思った。


 今日の対応からしても、ギルドはリリスを押し付ける気満々だ。

 ともあれ、リリスは本当に困っているようであるし、しょんぼりしている様を見てしまうと可哀想に思えてくる。何もしないのも気が咎める。

 出来ることはしてみようか、と思考を切り替えた。



「ところで、魔法を使わないことで、不都合なことはないだろうか。例えば、身体に影響が出るような」

「いえ。そういったことは一切ないです」


「なるほど」

そう言ったまま、レイはしばし黙り込んでしまった。


「あの、先ほども言ったとおり、時間がかかることは分かっているんです……」

なんとなく気まずくなったのか、リリスが同じことを繰り返す。


 リリスの気持ちもわからくはないが、思っていることを口に出すか迷っていた。まぁ、結局のところ、本人に聞くしかないのだが。 


「率直に言って、貴女には魔法の才能がないのではないかと考えている」


 レイは、これまでの話を聞いていて、その可能性に思い至っていた。そして、本人に会ってみて、リリスには魔法の才能がないということを確信してしまった。

 しかしながら、努力次第でどうにかなる可能性もある。


 

「…………」


 リリスは顔色を失った。薄々自分でも感じていたことだが、ハッキリと言われるとやはり辛い。自分はこれまでの人生、これをどうにかすることしか考えてこなかったのだ。


 リリスには兄がいる。優しくて何でも出来る、自慢の兄だ。だが、兄に対するコンプレックスもまた大いに感じていた。調薬も、弓も、兄には遠く及ばなかった。また、彼の使う魔法は派手さはないが、繊細でとても美しい魔法を使う。

 

 リリスは幼い頃に大量の水を出して、兄より大きな魔法を使えることがわかった。嬉しかった。兄も両親もすごいと褒めてくれた。だが、それからいくら練習しても魔法を上手く使うことは出来なかった。

 自分には誇れるところが、これしかない。沢山水が出せるということは、魔法の才能があるはずだ。いつしか魔法を使うことに固執こしつし、その他一切を切り捨ててきたのだ。


「もちろん努力を続ければ、芽が出る可能性はある。が、恐らく長い時間が必要になると思う。私の意見を言わせてもらえれば、まずは魔法以外の攻撃手段を得た方がよいと思う。その手伝いは可能だ」


 そもそもレイはあまり魔法を使用しない。適任がいないとはいえ、ギルドはなぜこの話をレイに持って来たのか。本当に納得できない。


「よく考えて欲しい。数日はこの町に滞在するので、結論が出たら話しかけてもらえるだろうか」 


 リリスはショックのあまり、声を出すことができずにいたが、かろうじて頷いた。まだ気持ちを持ち直すには、時間がかかるだろう。




 リリスには、数日猶予を与えることにした。その間ギルドの依頼をこなしながら、この町を出る準備をしよう。

 レイは頭の中で今後の計画を立てながら、昼下がりの冒険者を後にした。


 ギルドを出て、大通りへと足を向けると香ばしい肉の焼ける匂いがただよってきた。


「……とりあえず、昼食をとるか」

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