第4話 ギルドマスターからのお願い(2)

 通された簡素な部屋には、ギルドマスターが1人で色褪せたソファーに腰かけていた。


「私に話があると聞きましたが」

レイは入り口に立ったまま口を開く。


「あぁ、来たか。ちょっと頼みたいことがあってな」

とりあえずけてくれ、と言われたので、軽く会釈えしゃくをしてギルドマスターの向かい側に腰掛ける。


「実は新人を1人、指導してほしいんだが」

案内をしてくれた受付嬢が2人にお茶を出して退出したことを確認し、マスターは再度口を開いた。

 

「私は冒険者指導の依頼については、二度と受けないとギルドに言ってあるはずですが」

無表情ながらもほんの僅かに顔をゆがめ、そう答える。


 Cランクへの昇級試験の中に3組以上の新人冒険者を指導しなければならないという項目がある。レイは現在Cランクなので、なんとかそれに合格している。だが、新人指導は5回中2回失敗していた。

 失敗した2組は依頼の達成に合意せず、寄生目的の付き纏いに発展したためだ。どちらもギルドが仲介に入っている。


 この件についてレイに過失はなく、依頼取消となったため実のところ失敗扱いにはなっていない。だが、精神的に疲弊したのは確かだった。Cランクに昇級してすぐに指導関係の依頼は受けないことをギルドに申し出ている。


 その辺の事情はもちろんギルドマスターも知っていたが、ギルドの報告からレイが指導能力に優れているのではないかと睨んでいた。


「それは承知している。だが折り入って頼みたいヤツがいるんだ」


 それにはすぐに答えなかった。


 ギルドマスターは基本的に、ギルド員に対して公平であるべきとされている。

 申し出ている条件を反故ほごにするようなことも、基本的にはしていないはずだ。だからこそ、これほど1人に肩入れすることも珍しい。

 いや、その新人に肩入れしている訳ではないのか? その新人をこのまま放置するとギルドに損失ももたらす可能性があるということだろうか。


「どのような方かは知りませんが、私でなくともよいのでは?」

事実、レイはCランクになって日も浅い。このギルドには、自分よりもランクの高い冒険者がいることも知っていた。


「まぁ色々訳ありなんだ」

やや疲れたような表情でギルドマスターは今回の詳細を説明した。


 曰く、その冒険者は年若い女性で、ある日ふらっと現れてここでギルド登録をした。美少女ということでかなり目立っており、数日冒険者たちが落ち着かなかったらしい。


 知識があるのか薬草の目利きは素晴らしく、採集依頼を順調にこなしてEランクまでは、あっという間だったようだ。ところがそこでつまずいた。Eランクからは魔物の討伐が可能になるが、信じられないことに攻撃手段を全く持っていないらしい。


 聞けば魔法は使えるが、上手く使えたことがないという。そこで、試しにこちらから指導員を指名して、1日付き添うことにした。が、不幸なことに事故は起こった。

 幸いにも怪我人は出なかったが、町の南門近くの平原のおよそ半分を大きな湖に変えてしまったのだ。


 レイは、どこかで聞き覚えのある話に頭をひねった。穏やかだった平原に数日前に突如現れた湖である。かなりの噂になっていた。


「……リリスの湖?」

「そうだ、このままでは、気付けばこの町一帯が不毛地帯になってしまうかもしれん……」

「……」

同情はするが、どう考えても厄介な案件である。


「更に困ったことに男性冒険者がチヤホヤしたせいで、女性冒険者から嫌われていてな……」

ギルドマスターは頭を抱えて項垂れた。こころなしか、レイに向けた頭頂が寂しくなっている気がする。


 本人のせいではないが、何せ美少女である。美少女の後輩冒険者の困りごとに、先輩風を吹かせた冒険者が群がった。終いには『俺が養ってやる』という者まで現れ始めた。

 

 本人はそれとなく拒否していたようであるが、次第に収拾しゅうしゅうがつかなくなってきて、ギルドが間に入ることとなった。


 だが、危険な魔法を安全に使えるようにするなど、そんなことができる適任がいない。こんな長閑のどかな町には、優秀な魔法使いなど滅多に現れない。そもそもレイも、Cランク昇級試験のためだけにこの町を訪れていた。この町の周辺には比較的初心者向けの魔獣しか出没しないので、新人冒険者が他の町より多いのだ。


 また、そんなこんなで問題児扱いされていた冒険者である。これ以上問題を起こされては困るので、下手な男性は近づけられない。かといって、日頃から男性にチヤホヤされていることを快く思っていなかった女性冒険者は手を貸したくない。


 なるほど、それでレイに白羽の矢がたったという訳である。レイ自身もうっかり、確かにそれは自分が適任かもしれないと思ってしまった。

 とはいっても、出来ないことを期待されても困る。


「私も暴発する魔法を使えるようにする方法なんて、知らないのですが。」

一応釘をさしておいた。



※※※

 ギルドマスターが面倒を押しつけてきた感が拭えないが、ひとまず話を終えて冒険者ギルドを後にした。

 結局顔合わせだけでも、と押し切られてしまったため、翌日の早い時間に例の冒険者に会ってみることになった。過去の経験から付きまとわれたりしたら面倒なので、その辺りは一言言ってある。


 話の中でギルドマスターは、レイに指導に関する何かしらの才能があると思っている節があった。

ーーまぁ当たらずとも遠からず、かな。そう思いつつも、自らの能力を教える気もないので、それについては気付かぬ振りをした。




『可愛い子だから期待しとけよ!』

やたらとギルドマスターがそう強調していたが、そんなことを言われても困る。



「まぁ、なるようになるか」

傾いた茜色あかねいろの空をいつもの無表情で見上げた。

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