113話 丸い食べ物は楽しく美味しく?


 翔はテーブルの上にあるチョコレートの山を見て、少々悩んでいる。今、目の前にある物は、翔が学校を休んだばかりに哲弥つてで送られて来たものだ。

 自分の部屋からリビングに移動し、ソファで羽のばす翔は目の前の贈答品山V-Dayチョコから一つ手取ると包装を解いていく。

 薄く艶やかな唇を開くと、煌めく丸い粒を放り込んだ。

 そして、哲弥から訊かされた学校の異変を頭に浮かべてやる。


『おまえが咲かせた桜、昨日一大イベントに使われてたぞ?』

 

 チョコレートに一大イベントと言われればそう、皆が知る現代伝統の一つだけど問題はそこではない。

 翔は、がさがさしゅるりと包装紙とリボンを崩していく。ヤミは翔の前に腰掛け他には目もくれず、彼の作業をじっと見ている。

 ヤミの注視に気付いた翔は、一仕事終えた感丸出しで目配せると気に掛かけることを持ち出される。


「そう、春夜だけど。皆の前であの桜の下、レディに告白し結婚したゾ」

「ほえ? バレンタインではなくまさかの結婚宣言」

「ああ、俺も最初はよもや話として軽く受け止めていたガ、そうではなかった」

「うん、俺もそう思ってた。でも本気だったんだ」

「そう、全校生徒の前でダ。すごかったゾ」

「え、ヤミさん見て来たの?」

「だって俺、結婚保証人」


 ヤミはそういうと翔の前に薄い紙切れを出し、そして胸ポケットにしまう。

 翔は一瞬いいなと思うも顎に手を置き、怪訝な面持ちになる。

 春夜は、生徒達がチョコを渡し愛の告白する中で、一番熱い求愛をレディ色欲にしたのだ。


「式は? 上げずに指輪交換だけ?」

「式は後。だそうダ」

「うらやましい。俺も早くしたいな」

「陽介さんに止められてるだろう」

「うん、当たり前だけど学生結婚はNGダメ

「そりゃあそうダ」


 ヤミは、翔の残念がる頭を撫でてやる。


「良いじゃないか、互いが両思いで先も見据えてるんダ。お似合いダよ、おまえら」

「でも、なんだろう。焦るな」

「急ぐのは分かるガ……俺なんて相手がいないんダぞ?」

「あれ、陽向ひなたは?」

「あいつは今は一般人デ花屋に勤めて……」


 ヤミは首を傾げ、困り顔をさらす。「まさか自然消……」と言い出す翔にヤミは、「そんなではない」と否定する。


「陽向は今は良き友人ダ」

「へえ……」

「翔、確かに龍遣いの寿命なんて分からん。時に能力奪いで喰い合うこともある。デもおまえはまだ死ぬタマではない、そう生き急ぐな」

「ひどい言われようだ」

「くくく、それよりもレディだ。結婚を機にダな、翔に渡したい物ガ。と。どうする?」

「俺に? なんだろう。それは口実でまさかの祝儀催促」

「いや、くくく。違うゾ、春夜でもあるまい。都合はどうだ」

「う〜ん」


 翔は考えると同時に背を伸ばすと、可愛い鈴蘭を思わせる声色が「兄様」とはしゃぐ。その声は翔の知る口調より、うんと明るい。まるで花が頭振り、音を奏でている様で翔を楽しませる。

 そして甘い匂いも運んで来た。


「どうした、海巴雫みはな

「兄様、私。姉様に教わり、初めてチョコレートケーキ。初めて作りました」

「おお、すごい」

「はい、ヤミにあげます」

「うんん? ……俺じゃないのが、しゃーなし仕方なし


 翔は膝を叩くとヤミに、微笑む。

 素っ頓狂な表情をするヤミがいる。ヤミも、海巴雫が手にする物はに渡すのだと思っていたのだ。


「ほら、ヤミさん」

「え、ああ。あまりのよもやに……では、いただきます」

 

 出されたケーキにフォークを入れるヤミは、海巴雫おひいに注目される。


「どうですか?」

「すごく……。美味しいです」


 ヤミはフォークを皿に置き微笑し、海巴雫の手をそっと握る。

 

「え、ヤミ? どうしました? なぜ泣くのです?」

海巴雫御ひい様」

「はい」

「成長……しましたね?」


 海巴雫の言う通り、ヤミの瞼から雫は落ちないが目は潤んでいる。

 その光景に翔は少し思うことあり、静かに訊ねる。


「まさか……ヤミさんの中に?」

「いや、それは無い!」


 ヤミは翔の意図を汲み、即答する。


「ええ〜?!」

「くく、残念なガら瞳海沙みなさ様は俺の中じゃあない」

「うん、そうだよね。こんな近くに居れば分かるよね? 普通」

「どうだろうな、でもすまんガ俺が喜んだのはな。昔、食べさせられた泥団子よりってことだ」

「海巴雫、そんな物食わしたの?」

「た、たぶん小さい頃ですわ。そうでしょう? ヤミ」

「くく、どうだろう」


 細い目がさらに細く、楽しげに笑う。


「誰もが通る幼少期。そういやあ俺も、優希に食わされたな。泥のおにぎり」

「しょ〜う。それは食わされたじゃなくでしょ!」

「あら、優希さん。そうでしたか?」

「そうだよ、美味しそうに食べて私のお母さんに怒られたじゃない」


 エプロン姿の優希が現れ、翔を間近で睨み据える。「あれれ〜、おかしいなあ」と戯ける翔は、両頬をぎゅう〜と抓られる。


「もう、翔は私の作る物を全て食べるからお母さんに「おままごと禁止令」くらったんだよ! 忘れてないからね」

「あれ〜?」

「おかしいなあ、じゃないの。私、あの時泣いたんだからね」

「そうなの?」

「おままごとはね、小さな女の子の楽しみなんだよ?」


 文句で頬膨らます優希は、指の爪で翔の鼻を素早く連打する。キツツキのように攻める指爪に翔は、本気で痛がる。


「いたたたた。優希、それ、ほんとうにいっちぃーから、ね。あと俺の幼少期、すげえ胃袋強靭きょうじ〜ん!」

「翔のお馬鹿! おたんこなす。もう罰ゲーム!」

「はい、歓んで」


 調子乗る翔の口に、茶色の固形物が放り込まれる。前触れなく入れられたそれに翔は驚くも口から出せず、喉にそのままゴクリと通してしまう。

 そして、苦しがる。

 

「! ぐげっ!!」


 翔は急いで、テーブルに置いてあるグラスを手取る。入っている水を飲み干すとクッションを抱きしめ、顔をうずめもがいた。

 苦しく嘔吐く翔に、優希は背中を摩る。


「翔〜、大丈夫?」

「〜ゔぅ。これ……、何?」

仁丹じんたん。チョコ?」

「仁って、薬ってこと?」

「うん、おひいちゃんが持って来たの。お祖母様からだそうよ?」

海沙樹みさきさんから?」

「うん、見た目は大きなチョコボールだけど今の翔の嗅覚ならバレるから……てへ。放りこんじゃった」


 翔の唇は強く一文字に閉じられ、苦しそうにうねる。

 更にあごにも皺寄せ、必死に何かを堪える。


「翔、大丈夫?」

「大……じょばない!」


 翔は優希の腕を強く引き寄せると、人前にも拘わらず遠慮なしに接吻口付けを交わす。

 優希は拒めずそれを受け取めると、喉を抑え咽せびる。


「え……やだ、凄く苦い」

「……だろ?」


 翔の様子を見ていた海巴雫は持って来たことを詫び、ヤミはくっくっと嘲笑う。


「いいな、ヤミさんは甘いケーキで俺は苦い」

「食べるか?」

「いや、やめとく。これの所為で舌が少し痺れてるから」


 翔はそう言い、優希に生温いお茶をせがむ。


「ほう、成分はなんダ?」

「ぅん……主にフグ、マムシとマカとカカオ」

「滋養……過ぎるガ、食べて分かるおまえも過ぎるな」

「舌は肥やされてるから……ね、まあこれはあの人なりの気遣い。V-Dayバレンタインチョコだと思っておくよ……」


 翔がクッション抱え、顔を天井にやると陶器の白色が目の端に映り込んだ。


「ありがとう海巴雫」


 翔は湯呑みを静かに扱う綺麗な指の動きを、見つめる。海巴雫の手の動きは、物静かで美しい。


「ふふ、お口直しに塩キャラメルをと姉様が」

「優希は?」

「姉様はお台所です」

「……海巴雫。テツから連絡があるとはいえここに来たのには他に理由あるんだろうよ」

「ふふ、見透かされてましたか」


 海巴雫は茶器をゆっくりテーブルに置くと、擦れる着物の袖を持ちながら自身の膝上に手を添え置く。


「兄様、ヤミに憑いていた倶利伽羅くりから様は、元の場所に帰依さお帰りになられました」

「元? お不動様のところにか」

「はい。でも何体かある憑依体の一つとしてヤミが選ばれましたので」

「そうか。だろうな……」


 翔は海巴雫の声と口の中に転がるころころ音を耳に捉え、目を閉じる。


(うん、憑かれていた時点で思った。ヤミさんはいい器だもん)


 翔が前髪を弄りだすとなぜか、謝るヤミがいる。


「なんで謝るんだよ。ヤミさんが悪い訳じゃないのに。あ、そうだ、二人とも今日は泊まって行ってよ、大丈夫だろう?」


 頷く両者に翔は「良かった〜」と、呟くとソファにごろんと寝転んだ。その矢先、玄関から「ただいま〜」と、陽介と初恵の声がする。

 「お帰り」と出迎える翔は陽介の後ろに、帰ったはずの幼なじみバカップルを目に留める。

 陽介は陽気に笑う。


「さあ、今日はピザパーティだ!」


 陽介と初恵は大量のトマトと野菜を箱ごと知人から貰ったと、翔に見せ大笑い。

 哲弥と葵はこの二人の荷物持ちとして翔達の前に再び戻って来たが、「ご馳走になります」と、声もきれいにハモらす。

 「おう」と、元気よく翔が踵返す。


 そして苦笑いと乾いた笑い。

 皆の笑声が明るく響いた。



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