第112話 抜かりない親友


 気が付くとそこは、いつもの見慣れた天井だった……。


「翔! やっと起きた」

「えっと、ごめん?」

「ほんとだよ。あまりの寝姿に生きてるか心配したんだよ!」

「ごめん、俺。確か寺に……」

「うん、ヤミさんがここまで。今もいるよ? 呼んでくるね」


 またやってしまった。大きな力を使役すると対価は付き纏う。それは疲労や苦痛、ありとあらゆる気力体力が削がれていく。

 そうならないように気にかけていたのに、俺はまた。

 しかも懲りずに優希に、心配させた。


(死んでなくて……でもおかしいな。こんなはずは……情けねぇな)


 翔は優希の手を強く引き、ベッドに座らす。


「優希、もっと強くなる」

「ならなくていいよ」

「だってさ……」

「仕方ないよ」

「ごめん」

「翔、特別だなんて思わないで。無理は無理なんだよ。人間だもの」

「うん、でも俺が許せないんだ」

「そうかあ、じゃあ頑張るしかないね」

「うん、ありがとう」

「でも前みたいに無茶は嫌よ?」

「うん」


 反省する翔がいる。翔は布団を被り直し、胡坐をかく。

 泣きそうに顔を歪めるも優希は、翔を慰める。その最中、綺麗に輝く黒真珠に翔の逸物を映り込んだ。優希は頬を赤らめてやった。

 翔は優希の背けた視線と膝から入る隙間風で、どんな格好か気付く。

 もの凄く慌て布団を股に捩じ込んだ。


(正気は良いが気を無くす全裸恥ずぅ〜)


 そんな翔は優希に笑われてしまう。


「もう、翔のおたんこなす」

「裸とは思わなくて」

うなされてたし、寝言も。今寝汗を拭いていたんだよ」

「え、起こしてよ」

「ふふ、運ばれて二日経ってるよ」

「え?!?」

「寝顔、かわいかったよ」


 優希は頬を更に赤らめ、翔の額に軽く頭突きをかませた。翔は「あ、いつも通り?」と優希の頬を軽く抓った後、自身の額を優希の頭にすり寄せた。

 そして身を小さく屈め、考える。


(俺が弱っているといつも側に。嬉しい……けど……ほんとごめん)


 優希の両腕をがっしりと掴み、唇が重なるように顔を近付ける翔は怒られてしまう。


「もう、ダメだよ。ヤミさんの前だぞ!」

「優希……」


 優希は人差し指をある方に向けてやる。翔がそこに目をやると、ワイシャツにエプロン姿のヤミがお茶と粥鍋を盆に乗せ持ち立つ。

 いつもの狐目が微笑む。


「お、翔。やっと起きタか」

「……ヤミさん」


 翔は無邪気に、にこ~と頬を緩ませヤミに会釈する。


「――が、見てても大丈夫」


 翔は優希に顔を向け、訳わからぬ説得する傍ら。ヤミがいつもの、嘲笑をしてやる。


「残念ダな翔。気持ちはわかるが俺の後ろ……な?」

「後ろ?」


 翔はヤミと目を合わすと、後ろにいる葵と哲弥に気がつく。ヤミの背後から翔を伺う哲弥は呆れ笑い、葵はやきもきさせている。

 哲弥は眉を下げる。


「翔、目覚めてそれは……おれが怒られるから。今はやめて?」


 拗ね気味の翔に哲弥は「やるなら葵に隠れて」と片目閉じ、ぐっと右親指を立てた。

 葵は哲弥の後ろ、腰あたりから顔をひょっこりさす。


「翔く〜ん、何で裸体ヌーディティなのですかね。優も優です。私という者がありながら……」


 優希はそんな葵に、お願いをする。


「葵、翔は倒れたんだよ。気遣ってあげて、ね?」

「そんな理屈は屁のかっぱです。翔くん、優希から離れなさーい」

 

 葵の口振りに呆れる翔に、哲弥は「すまん」と詫び、合わせた両手を上に上げて笑う。翔は哲弥に目配せ、「仕方ない」と溜め息をつく。


「葵。優希はやらんって言ったよ?」


 その側で、悔しがる葵の呻きがある。翔はそんな葵に見せる為、わざと優希を抱き寄せた。


「おまえら〜。空気読めよ?」

「ははは。でもおまえ、優と二人になるとすぐ甘えるな。相変わらずのおまえに安堵し、惚れぼれするわ」


 哲弥はちらりと翔の隠された股を覗き、苦笑する。一方葵は、哲弥の肩を強く鷲掴み、下唇を噛み翔を伺う。


「翔クン、まさか今から優希といたすつもり〜?」

「それはない。今まさにって感じで気分は上がっていたが、おまえの所為で下がったよ。だから今は安心しろ?」


 「ふっ」と威張る翔に、葵は「うわぁあ」と小言つく。


「今はって、翔ク〜ン。後でってことでしょう? それ、喧嘩売ってますよね」

「ああ、売るさ。心配して来てくれたんだろうが間が悪いよ! 間が」

「間が、ですって〜?」

「あのさ。優希とのキスの間があってもさ!?」


 ふざけ笑いのヤミと、翔に可哀想な目をしてやる哲弥がいる。葵は冷めた目で翔に躙り寄り、股間を指差す。

 翔も葵に目で、応戦してやる。


「そのご立派な物は分かったから服着たら? 翔クン!」

「くす、さすが小さい頃からの付き合いだね。そこは冷静だ」

「私、優希の裸体は興味あっても翔ちゃんのは。まっ、でもその肉体美は褒めてあげます♪」

「手厳しいな」


 翔は軽く笑みながら優希に用意された服を下着、ジーパン、トレーナーと順に着衣していく。

 翔は服を着る間、何かを同情する哲弥に頭を撫でられ、葵には足の脹脛ふくらはぎに咬みつかれるという慌ただしさを優希に披露せしめる。


「ああもうっ! 俺を気遣うならほんとおまえら。優希と二人きりにさせろよな」


 哲弥が文句言う翔に、携帯の画面を向けた。


しょ〜うそんなことを言ってると泣きながらの寝顔、売りまくるぞ?」

「へ? 寝顔?」

「そうですよ、翔ちゃ〜ん。私はこの間抜けな寝顔を収めました」

「葵まで寝顔?」


 翔は意味不意味不明な単語に首をオウムのように傾げる。

 哲弥と葵は不敵な笑み浮かべ、翔の顔面すれ擦れに寄る。


「テツ? 葵さん?」

「さてこの写真、お幾らで売り捌こうか?」

「そうね、学祭のは八百円から売れましたから〜」


 哲弥と葵。さすがの意気投合カップル、変なところも一緒だ。お揃いの携帯アイフォーン画面をスライドさす二人の指に、翔は目を疑う。

 恥ずかしい激写の数々が美麗に。そんな自分自身が恥ずかしく、耳まで赤らめる。


「最近は何でも綺麗瞬美繊細に。ですわね、ダーリン」

「おうよ。それ良いですなワイフよ。まずは我々で交換を」

「まっふふふ。良きかなです」

「二人して! 俺で遊ぶな、戯れるな、小遣い稼ぎするなよ!」


 翔は自分の寝相悪さに、項垂れる。


(くそお、優希が言うかわいいはそれ含めの可愛いか。失態だ)


 翔と哲弥と葵が騒ぐ中、優希はころころと笑い、ヤミは関心している。


「くくく、平常運行な翔を見られて安心ダ」

「ヤミさん」

「ほら、冷めるぞ? 翔の好きな梅とおかかの卵粥だ」

「ありがとうヤミさん、気分安らぐ~」

「ふ、口に合えばうれしい」


 翔が用意された食事に舌鼓最中、ヤミが葵の携帯を覗く。


「葵ちゃん。その寝言風一枚と涎の写真を譲ってもらおう、良い変顔ダ。お幾ら?」

「まっ、お兄さんお目が高い。お勉強させてもらいます、五百円からでどうでしょう」

「う~ん、身内設定デ三百円に負からンか」


 翔は自分の写真にヤミが食い気味になると思いもしない、よもやに咽せてしまう。


「何買ってんだよ、ヤミさん!」

「御ひい様にと。こんな翔を見せたら喜ぶ」

「妹とは普通に撮るからいらないよ。ヤミさんやめて?」


 止めに入る翔は、聞き覚えある声に一喝される。


「まあ、兄様。それでは私のコレクションが増えませんわ」

海巴雫みはな?」


 突然の乱入者に、翔は斜に構える。


「あれ、おひいちゃん。どうしたの」

「兄様の危機と聞き及び参じました」

「健気な妹だねぇえ」


 海巴雫はヤミの下女巫女を従え、部屋に押し入る。

 下女を下がらせると、優希の横に腰据えた。


「哲弥様、この間はお越し下さり。そして葵様はお花を、ありがとうございます」

「ううん。私こそ突然哲弥と。その上、ご馳走様でした」

「ふふ、また来てくださいませ。私が不在時でも手厚く、責任を持っておもてなしします」

「なあなあ、この前のゲームの続き。しようぜ?」

「まっ、あの赤い帽子のおひげ様とキノコのゲームですわね」

「あ、おひいちゃん、私良いお花屋見つけたんです」

「まあ、ではご一緒にお花を生けましょう!」


 翔は目の前で繰り広げられる談笑に目を奪われ、れんげに掬っていた粥をだらしなくお椀にこぼし戻す。


「翔、溢れてるよ」

「あっああ、うん……、ごめん……だってさ。いつの間になの?」


 似た者気が合うカップルは、翔に白い歯を見せ微笑する。


「おい、マジかよおまえ達。ほんとやんなるよ」


 何かを察する翔は、顔を手で覆い肩を震わせる。


「ははは、翔君。おれの靖子母親譲りの社交術コミュ力、舐めてはいかんよ?」

「くすす、あはは。出たテツの母。でもおまえ、ほんと凄いわ」

「ふふ〜ん、いい友を持ったな翔」

「出来すぎて怖いわ!」


 不敵に笑む哲弥に、翔は肩を奪われついでに頭のこめかみをぐりぐりと弄られる。翔は哲弥の腕を「参った」と、タップして逃げようとするも逃げれない。

 戯れ合う二人を優希は隣で、楽しそうに見物している。


「優希は知ってたの?」

「うん、翔が遊んでくれない合間にね」

「報告なかったよ?」

「葵が翔には内緒にって。テツもね。仲良いところを見せびらかすんだ〜って」


 翔は威張る哲弥と、ほころび合う面々に驚くも嬉しくて仕方ない。とくに哲弥が、知らない所で外堀りを埋めてる事に感謝していると、気付かされる。


テツこいつ。ほんとは妹を呼び付けたな? 海沙樹おばあさんの時といい……)


 哲弥の腕から解放され、静かにお粥を食べ始める翔の頭に手が置かれる。「良かったな」と、ヤミは微笑する。

 翔も賑わう人達の輪を見て、気持ちが和む。


「うん、俺には勿体ない親友にして幼馴染いい男だよ」


 


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