黒炎乱舞の舞。プロローグ『優希と翔』

プロローグ 『優希と翔』とトンボ


 季節は移り、この間まで入道雲が青い空を犇めいていたが今は、鰯の大群が空を泳ぐ。

 そして風が心地よい。

 陽が沈みかけると凪ぐ風の中を、赤とんぼが舞う。そこに紅い空を仰ぐと「夕焼け小焼け」と、流れてきそう。

 優希は、小さい頃を振り返る。


(そういえば、捕まえたトンボはどうしたかな?)


 木々の間から差していた斜光も今はなく、ただ夕闇に揺れる枝がある。そうして虫の音が響き始める。


「あ~あ、この間までの騒ぎが嘘のようだよ」

「ん? それは俺に対しての嫌味?」

「え? 違うよ、翔」

「ふうん、そうなの?」


 私は膝上に翔を受け止め正座している。翔は私の膝で丸一日寝ていた。私はそれを時に眺め、好きな小説とアプリゲームとで日を暮れさす。そんなことを何一つ知らない翔は起きたてに真顔で私を見るや、両腕を伸ばしてきた。

 「優希」と零すと私の顔を引き寄せ口付ける。翔のキスは優しい。でも「龍」に眼醒めてから、こう……なんだろう。前と違い……悲しい違和感がある。


「ふふふ、どうしたの?」

「うん、優の言う通りまったりしてる」


 翔は前よりすごく優しい。そりゃあ前も優しかったけど……この優しさに少し、不安も募る。


「うん、ほんと。まったりだね」


 私は、外に目を遣り景観の緑樹を楽しむ。でもそれももう終わり。きらきら輝く木々から暗く、陰を差す闇がある。

 全てを黒く、飲み込んでいく。


(やはり夜は怖い、こういう場所で一人はやだなぁ)


 物想いに浸っていると、気持ち良さそうな寝息が微かに耳に入る。あまりの熟睡ぶりに「まだ……寝てる」と、ぼやいてしまう。


(やっと起きたと思ったのに……)


「ん……、あっごめん寝過ぎ。起きる! 起きる!」


 私の一言に翔は驚き飛び跳ね、涎を拭う。「もう、大丈夫だよ」と、私も袂で翔の口元を摩る。


「優、夕べの寝間着浴衣のまま……俺、もしかして一日寝てた?」

「今っさらぁあ~~~?」

「ごめん、あれまさか一日膝枕?」


 苦笑いする私。翔は急いで私の膝を伸ばさすとマッサージ仕出し、ひたすら謝る。もう、謝るなら起きてよと、思うけどここ最近の忙しさを思うと目を瞑ることにした。


「ほんとうにごめん、ご飯は? 水は? トイレはどうしてたの?」

「トイレはさすがに──」

「ああ、ならそのまま放って置いてくれれば……」


 ほんとうに悪いと思っていたらしく、情けない声を出していた。


「一人で放って置けないよ?」

「優……」


 私の心配する翔に合わすように姉巫女が姿を現すと、翔の頭に拳がごつん!

 私はものすごいものを目の当たりにして息を、ぶっと吹いてしまう。だって、あの温厚な子が拳骨だよ? グーだよ? 

 肩まである濡れ羽色の髪、猫のように見開くつぶらな黒目、整った鼻筋下にある柔らかな桜唇。

 きれいなお人形さんが息を注ぎ、動いたと思いきや頬を赤らめグーパンチ。

 シュール過ぎるよ?


「いっちぃ~~~、誰だよ!」

「ふふふ、翔さま反省しましょう」

「ええ? 巫女。何で? 昨日いなかったじゃん」

「ヤミさまの計らいです」

「え~~~?」

「『翔が優ちゃんを離さないかもだから面倒を頼む』と」

「あっ……助かるけど二人貸し出し終了?!」


 悔しがる翔をよそに私は更に吹き出す。そう此処は以前、翔が夏の終わりに修行で訪れた朱が輝羅めたつ綺麗な社殿。落ち着く畳が広がる和室、綺麗な板張りの縁側に古ぼけても磨き抜かれた欄間。

 和尽くしの屋敷が私達には勿体ないけどヤミさんが貸してくれた。

 息抜きに……と。


「うん、でも翔やることはヤッてるじゃない」

「うん、でも足りない!」


 翔はそう言い、笑い開く私の口に強引に舌をねじ入れてきた。驚く私は翔の背中をゲームボタンのように、連打する。


「ちょっ! 翔。人前」

「あ? 巫女ならもういないよ?」

「え?」

「さすがヤミさん仕込み、気配り上手」

「え、そんな、ごめんもうやだよ」


 私は翔を睨み、両腕で胸隠し、三角に膝を立て身を縮めた。


「! ……優しく、するから」

「そうじゃないじゃなくそうだけど、もう腰もだし……もぅ!」

「痛いの? 治癒力で治す」

「だ〜〜〜、違うの、もうエッチはお腹いっぱいなの!! 別がいいの!」

「……ごめん、気づかなくて……優。顔茹でってる、たこ焼きみたい」

「たこ焼きは違う! あれは完成形、それ言うなら茹で蛸!」


 私は鼻息荒だて両脇締め、手は拳作り、胸を張ってやる。三角座りする私の膝に手を置きもたれる翔は、もの凄く笑っていた。目尻も眉も、垂れ下がるほど爆笑する。


「ほんとごめん、だよね。せっかく良い場所に来てるのに観光もなしは、勿体無いよね」

「うん!」

「明日はどこ行こう、でもその前に腹ごしらえ。天ぷらの匂いがする」

「え、美味しそう」

「うん。豪華、海老にイカ、スズキ大葉、お芋、牛蒡玉ねぎ人参の寄せ揚げキノコ尽くし。秋だね、くすくす」

「……犬みたい」

「くすっ、そう俺、犬。でも基本、優希の犬ね」


 私をお姫様抱っこして歩く翔の胸は、前より少し硬い。そして、御膳用の囲炉裏部屋にはまだ二部屋先もある。なのにおかずを言い当てる嗅覚に私は驚く。


(翔、感覚も研ぎ澄まされてる……なんだか……)


 少し、寂しい私がいるのに私は気がついた。


「あれ、トンボ」


 翔に言われ顔を上げる。確かに、部屋にちょちょんと重なり飛ぶ羽虫、二匹がいる。


「わ、ほんとだ。可愛い。赤と黒?」

「うん。でももしかするとあれ……」


 赤面する翔がいる。翔は視力も良くなったらしく、私のぼやける視界をすぐ察知し見抜く。私は目を細め、色と物質しか捉えていなかった物に一生懸命になる。

 「優、行こうよ」と耳まで赤くする翔の肩越しにはっきり、見えた!


「ハートだ。でもなんで、ハートなの?」

「優さま〜、言わせないで……」

「あっ、たこ焼き!」

「うん、軽くのぼせてるよ」


 私を下ろすことなく翔は自身の口を塞ぎ、赤く照れているのを認めているけどツッコミがない寂しさに私はむくれる。


「そう言えば、昔さ。大量に取ったトンボ覚えてる?」

「あ〜、あれね……悲劇」

「うん?」

「……取りすぎて虫籠いっぱいのを優、喜びながら陽介さんに見せたじゃん」

「?」

「陽介さん、驚いて虫籠を焚き火に……」

「……あ〜〜〜」

「あれは入れすぎた俺も優も悪かったよ。トンボは愛でるもので捕まえるべきではないね……」

「あ〜ぁ〜」


(思い出した。顔が寄りすぎてたね、うん、今更だけど……)


 密集した虫の目を思い出し、そのウゾウゾぶりに私は……。


(怖いわ)


 お父さんの心境を今理解する私、少し大人になったのかな? でもどんなに成長しようと不思議はある。


「で、トンボはあの形でも飛ぶものなの?」

「ぶっ!」

「翔さま!」

「翔、きちゃない〜〜」

「ごめっ、だって」


 団欒最中に突飛な質問をぶつけた。味噌汁に咽びる翔がいる。甲斐甲斐しく巫女ちゃんが布巾で机やらを拭き、おしぼりで翔の服を拭う。


「トンボがどうかされたのですか?」

「あっ、言うなよ優」

「あのね、ハート型なの」

「ハート?」

「そう、長い部分がこうね?」


 私はくうの中を指で描く。莫ぞられた指の形に姉巫女ちゃんは咳払い一つの後、きりっとした表情で口が開く。


「優さま、それは交配です」

「え、こぅ?」

「そう! 虫の交!」

「言うな! 可愛いままでいさせてやれ」


 「び」という語尾のところで翔に口を塞がれた女の子がおり、でも耳に全ての言葉を拾った訳で……。


「え……っ、え〜ぇ……〜」

「種族繁栄! 優のバカ、大盛りおかわり」

「あう、可愛いハートが〜〜」

「もう、可愛いで済ませておけば良いのに」

「だって」


 その夜。昨日は二人一つのお布団が別々に敷かれ、私に背中を向ける翔が窺える。


(もう、なんで別々なのよ)


 憤る私は勝手に布団に潜り込んだ。


「優、寝れない?」

「だって、別々なんだもん。なんでよ!」

「なんでって……」

「……」

「……」

「翔?」

「……」


 翔の脚と腕に、体をがんじがらめに絡め取られる。胸に顔を押し当てられると翔がつまんなさそうにぼやく。


「もう、今日は。優希が悪いんだからね」

「ほぇえ? 萎えるの?」

「もう! そこは触るな!」


 絡められても指は自由だ。


「こいつ、理由を言わぬか? 言わんとくすぐりだ」

「もう、あはは。くすっぐ……あははは」


 しばらく、こそばがる翔だったけど真顔で迫られ目を合わせられる。


「理科の勉強、保健体育はもうしません。寝ます!」

「はい」


 重なる鼓動に身体を預け私も、寝ることに。そして、翌日は楽しく近くの景色や、農家の藁葺き小屋を堪能し、ほんとうに堪能してから家に帰る。

 その翌日、学校で会う哲弥テツと葵にお土産がてら、その話をすると……。


「優希、バカだ馬鹿だと思っていたがほんとバカ」

「哲弥、優は純なのです! そうかそうか、それはそれはのぉ。あっでも姫、それは翔くん限らずというか男全員? かもですぞ!」

「そう、葵。これは優が純ではなく無頓着っ、ホゲェ!」


 テツは葵に殴られ、椅子ごと床に降った。その「無頓着」で私は知ってしまうというか、今、更に恥ずかしくなる。


「どうした、テツ? 優希も。葵、何があったの」


 教室に戻って来た翔は首を捻らせ哲弥の無様な姿、葵に抱きつく私を見ている。

 

「優とおまえが仕合わせなら、おれ言うことねーわ」

「くすっ、どうしたの突然、テツ」


 笑う翔も、土産を渡している。色々と四人で次の週末の予定を立て終えたタイミングで、チャイムが鳴った。







 

 

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