序ノ舞。エピローグ『住人』の挨拶

エピローグ 振り返る『住人』


「僕に……私に、自由はあるのですか」


 銀は、暫し考える。


「いや、あるはずです。なければ可怪おかしい」


 今日も今日とて靄部屋いつもの部屋で、銀の髪を靡かせ赤い瞳を燃え上がらす銀龍がいる。 


 目に宿る光は何処に向かうのか。


 眉をしかめ、独りブツブツ。

 口を尖らせ、独りちる姿は龍の化ける姿と違い、人間味帯びている。

 

「まったく、瞳海沙みなさといいみなとといい翔クンに「責任」を押し付けてますよ?」


 脳内部屋から翔の目を通し、外界を窺う【住人銀龍】。

 今のもや色は翔の母が好きなピンクカラーに染まる。今では住人のお気に入り色。

 銀龍が息継ぎをするたび、ピンク色は黄色にモワンと交互に変色を起こす。


「何だろう。この色も悪くないんですがやはり私はあの紅桃ピンクがねえェ……フフ、僕を封じた悪女が好んだ色が好きになるとは……」

 

 指を鳴らし、色を元に戻すと瞳海沙のことをふと考えている。


「憐れな女……です。【龍】に遣えた彼女は結局の処、家族という安らぎを得られたのかな?」


(湊もです。可哀想に……)


 何故か嫌いな者達のことを真剣に、考える銀龍がいる。


「あの優希も同じ末路を辿る? いや、どうなんでしょう」


 黙り込む住人銀龍はハッと我返り、気付く。

 最近、翔に纏わり付く違和感の能力。龍神の能力だけではない……とおもんぱかる。


(湊の霊力はいったいと考えた所で人格は教えてくれそうもないですし、もしや──……能力の開花は、優希が鍵?)


 脳裏によぎり、かぶりを振り否定する。その度に【住人】が持つ銀髪は右往左往に、大きく揺れた。


(いや、そんなことはないです。在っても目覚めては気がする能力です)


 指を数え折り、ブツブツと小言を零し始め何かを整理するかのように……。整理が出来ると番号を振り、分けている。


 1】あの雷属性と守護力の高さが気にくわないです。

 2】今でも翔は龍を喰わずじまいです。

 3】アレ湊の能力は我々龍とは別の生き物に感じてならないです。


 住人は沸々と湧き上がる不安に、猜疑心が隠せないでいる。


(そのうち私が、翔クンに喰われる?)


 自身にあって有り得ない、あっては成らない。そうだ。そんな馬鹿なこと、あってはならない。

 何度も自身の脳裡に、胸に注意さす。

 しかしそれは、恐怖となり畏怖となり、【住人】をおびやかす。


 【住人】は頭の壁にある窓から『外』を覗き、自分の観点で翔を諦観ていかんする。


 銀龍、もとい暴食は翔を眺める。気に掛かる翔は優希と肩合わせ並び、仲睦まじく勉強に勤しんでいる。住人はその様子にほっこりと頬を弛ませるも、いかん、いかんと、視線をそらす。


(なんで気が緩むのですか?)


 銀龍は翔に対し、くすぶる感情を揉み消そうと他事をぼやき始めるとふと、先日のことを振り返る。

 ある疑問もまた然り……浮く。


「なんで湊の骨と瞳海沙の骨が翔クンの中に在るんですかぁあね?」


 住人は手足を広げ寝そべる。


(まあ、半分は私の所為ですか? でも翔の中に僕を封じた瞳海沙母親が? いえ、元を正せば金龍。あいつが僕を産んだからこうなったのでした、フフ、アハハ)


 銀龍は再び翔を見てから外との扉を閉め、正座する。背を伸ばし、フゥと息を吐くと鼻歌を軽く歌い出す。


(もし外の世界にいたら、自分にお茶の一つでも用意している処ですか?)


 住人は湯呑みを持つ構えをし、茶を飲む振りをしてみせ、「う~ん」と首をひねる。「……わびしいだけです」と考え、口角を上げた。


 そうそう、金龍と言えばこの間の妹と翔の遣り取り……あれから想像するに私も社殿に行ける?

 僕も胸張って、遊びに行ける。ということですよね?


 銀龍の中に悪い考えが浮かぶ。妹の名前はきちんと伺えなかったものの「雫」かぁと、軽くぼやいた。


「ふふふ、妹ちゃんはまだ「喰えん」と見て良いですね」


  すがめた目は怪しく光る。これから起こり得るかも知れない「if畏怖」を想定してのことだ。


「翔クンが素直に龍を食べていれば私はもっと大きな存在で足り得るのに……」


 虎視眈々と金龍を狙う銀龍はこれからを計画する。

 龍は、楽しそうである。


「今はまだ翔クンの味方でいますよ。だからより多くの【龍】を──と、と、と」


 ニヤけそうになる顔を真顔に戻し、考えを改める住人。


(そうです。喰らうだけではなく翔クンは【盟約】にも覚醒したのです)


 新しく眼醒めた力に喜ぶどころか困惑する。【暴食】という名の龍は眉をしかめる。でもこれからの新しいに期待し、胸膨らます。

 思ってもいないことが口から注いでる。


「面倒くさ-いです」


 また寝そべピンク掛かる天井を見て考え始め、手を上にかざす。


(知識は何十何百何千と前のモノだがよく考えると……私は、翔クンとほぼ同い年になるんですか?)


 ぐつぐつと煮たぎる腸を、黙する住人に、ある者が声をかける。


「おいっ、一緒に住む者のことを考えて喋らんか。鬱陶うっとおしい」


 壁から静かに顔を出した翔の人格、【ストッパー停止装置】が住人を叱る。


「やあ、朋友ともよ。君は何処で寝ているのです?」

「ハア? 友だと? 何をほざく。俺はお前や他者の抑止だ、それを─……」

「良いじゃないですか細かいですよ」


 住人はほくそ笑み人格ストッパーに語り掛ける。


「あなたは翔の内核のに出ようと思わない?」

「人格を……乗っ取るのか?」

「ええ、そうです」

「……翔が頼りなかったら取るつもりでいたが……」


(所詮は俺は副人格、二番手だ。主人格が一番手。俺はいつか……消える。よほどのことがない限り、不要な者だ)


 人格は銀龍を無言で睨むとそのまま、脳内の壁に消えた。

 すすぅううと背筋伸ばす姿は、翔の面立ちがある。でも目だけは、何か言いたげであった。

 住人はそのことに、気が付いてはいたが訊ねない。

 完全に意識を黙する、副人格。


「ええ~、狡いです。まだ聞きたいことが在ったのです!」


 訊ねる前に消えた人格にヤキモキする住人は、か細く息をついた。


「フンいいです、まだ同居人です。機会はいつでも在ります」


 住人は独り、高々と笑う。

 笑い終えた住人はまたぼやいた。


「私は味方ですよ。きみが○○になるまでよろしくです」


 住人は靄の中にまだ居付くつもりでいた。どうやら此処は、居心地がいいらしい。


 翔は住人の思いなど露知らず、優希と楽しく今を過ごし笑っていた。

 

 

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