第63話 兄と妹(改題前 アカイものとアオイもの)

 

 公園の中央にある美しい楓の木が燃えるように、見事に紅葉さす。その樹に凭りかかる翔は色つく葉を目に映し、自由気ままに秋色をめでる。


 風に遊ばれ、くうを舞う木の葉が一枚。


 地面に落ちる前に、摘ままれるカエルの手に似た黄葉がある。翔は手にしたそれをくりっと指で回し離し、顔を上げた。 

 一陣の風が吹くと同時に、ある者に命を降す。

 

夜刀やと来い、如律にょりつ妖刀【しずく】」


 赤くつぶらな瞳、艶めかしい銀の遣いが命じられた通り現れ召喚され、刀剣を具現化さすと同時に放たれた葉ははらりと、真っ二つにされる。

 翔が召喚手にする得物、それは先日、哲弥から押収した物である。

 よく斬れそうな、すらりとした脇差し、妖しいかげりを宿す刃文。


 翔は切れ長の目を光らせ恍惚こうこつと、切れある刃文もように見入る。


 長刀ちょうとう刃文はもんは翔が楽しんでいた景観のとは違い、の、艶やかな天の川のような波を立たす。

 光り輝く妖刀に秀麗な顔が映り込んでいる時、蒼い物を出し終えた蛇は紅い物を口から出さす。

 赤目輝かせ、赤い舌を妖しく光らす。

 嬉しそうに。苔が生えたみどりを這う優美な白肌は纏う銀鱗を自慢させ、細い枝に巻きついていく。


 落ち着いた赤眼には、翔の姿を吸い寄せている。


 刀に魅入られた翔の顔つき、静かな佇まい、そこに見惚れる従者へびがいる。

 語り継がれる神話なら蛇が誘惑する立場だが逆に翔に惹かれ、身を休めていた枝から転げ落ち……慌て、がささと地面を滑りまた木へと。

 翔は後ろでそんなことが起きてるとは知らず、妖しく輝く刀身にご満悦であった。


(綺麗な刀だ。研がれた波の切っ先、なんて美しさだ)


 翔は素早く一振りせしめ、構え立つ。

 

(あまりの見事さに名が無いと申し訳ないと、おひいの一字からつけたコイツだったが既に持て余している。どうしよう)


 翔は息をゆっくり深く、「ふぅ」と吐き出し刀剣を構え、剣舞を演じる。

 大量に降り注ぐ色付く葉を寸分のところで交わし廻り、刃に剃らせても斬る事なく舞う。一筋、また一筋と葉を泳がし、光る刃文に自身のも載せる。

 微動な動きにも翔は芯を捉え、背筋はぶれる事なく腕も迷いなく真っ直ぐに振るわれる太刀。

 黄葉を刃になぞる、見事な一閃。

 ──ぴたり。舞終え、「ふう」と意気深呼吸をし、姿勢を正す。

 一拍、間を置く。

 ピンと張った腕、指先にある危うい尖りに落ちていく一枚がある。刃に触れただけですらぁと、卸されていく。

 その閃光を見るや翔は、むむっと項垂れる。眉間に刻まれた皺は先ほどより、深い。

 振るう剣に、今ある悩みをぶつける。


「何で……俺んとこの女は、海がつくんだよ」


 太刀これに、雫と名付けた理由。

 哲弥から聞いた詳細によると陽介おじさんがある遺跡から見つけた刀に、おひいが霊力を注ぎ込んだということだ。

 おひいの庇護を受けた長物は翔の手によく馴染み、最初はなから持ち主はお前だと言わんばかりに手に吸い付く。

 翔はぽつりと小さく、本当に小さく洩れる息の中に言葉を捨てた。


「……海巴雫みはな


 これはおひいの名。でも戸籍には別の字が知るされていた。名が他者に知れるといけないからだろう。


(本名を知ったから余計に……思う)


 翔はますます術者自体が嫌、いやいや違う、今回はの名前に嫌気さしている。


「読みづらい云いづらい」


 翔はむすりとし、気晴らしにまた蒼き輝きと伴に舞う。


「刀に飽いてルなら俺が貰うカ?」

「ヤミさん」


 翔の考えを半分見透かすヤミは、厭味な笑みを向け現れた。そんなヤミにも翔は嬉しそうに、主人に尾を振る犬のように反応する。

 ヤミは翔の明るい声と笑顔に応え、そして手にした細長い遣いへびをひょひょいと手の甲で交互に滑らせ遊ぶ。その様を得意気に見せびらかした後、翔に差し出した。

 翔は不思議そうに、両掌を大きく広げる。ヤミの手にある蛇を貰い受けると様子がおかしい。


「夜刀?」

「……ふぁあ!」


 翔の掌でを作る長虫はふぅらり首を動かし、可愛い赤瞳あかめが交差すると注いでる口がある。


「お兄様?」


 翔は慌てざるを得ない。


「! どうして?!」


 喚く翔は、手に有る蛇を放り投げる。ヤミは宙に舞った紐状の生き物を受け取り、嘲笑う。

 ヤミの手に乗せられた細長いピンクいは静かに頭を擡げ、開いた瞳を爛々と輝かせる。


「ひどい、兄様。放るなんて」


 翔だけの、小さく妖艶な銀蛇お気に入り海巴雫みはなという清楚な名を持つ妹に乗っ取られたのだ。

  

「兄様その刀身は……お気に、召しません?」

「お前……あのね、気にいる以前でしょう。なんて危ない物をテツに。他はなかったのか?」

「だっておじ様が見つけた龍の護符かたなを遣わない手はないかと。そうですよねヤミ」

「そうです、シかも哲弥は巻き込まれていルから」


 だからってそういう問題ではないと、すっぱり言い切る翔がいた。


「あら、では現在。哲弥様の衛りは何がしてるのかしら」

「ああ、俺の念を込めた小刀を渡してある。鉛筆削る小刀だけど役に立つだろう」

「えっ、合い口に御自分の念を込めたのですか?」

「ああ、気力いるが上手くいった」


 翔は肩を押さえ、やれいった感を見せた。首をかしげる銀蛇おひいは翔を見据え、秀美秀麗な顔にみなさの面影を重ねる。


(この人は霊力もお母様譲り?)


 翔の長い睫毛、切れ流の目尻、澄んだ瞳に綺麗な鼻筋。


(この間、受け取った母の写真、父の写真。幼い兄様……どちらに似てるのかしら? お父様いえ、お母様……ううん。二人の好いところ貰う、うらやましい兄様)


 横で動く翔をまじまじ眺め、細い首を縦横に振るわせすおひいは頑張って翔に届くように、胴体を伸ばす。


(兄様、直に……触れたい)


 翔の頬を狙うおひいはあと少し、もう少しという寸の処で兄の首が動き、ずらされてしまう。

 肩透かしを食らう海巴雫おひいは悶々とする。

 そんな長虫おひいのことは気にせず、翔はヤミとの会話を楽しむ。


「ヤミさん!」


 翔は手にしていた業物をヤミに放り、苦笑する。

 刀を受け取ったヤミはすらりと構え、足を二回鳴らし自分の遣いの者を召喚。顕れた白蛇に刀を飲ませ、それを手首に巻きつかせる。細く、回転せしめた蛇は白いエナメル質のバンクルに化けた。

 ヤミの手首に巻かれた無機質な飾りに、翔はほくそ笑む。

 

「確かに良い斬れだったよ、でも俺には母さんの短刀があるし手に余るんだ。持って帰ってよ」

「そウか、陽介さんも仕上がりに満足しテいたが要らンか?」


 ヤミは手首にある飾りを撫で、クックッ笑う。


「うん、ほんとうに必要な時にもらうよ」


 おひい海巴雫も、言われたことに頷いた。


「そうですか、では私はこれで……」


 シュルと銀の鱗が煌めくピンクい艶虫へびは翔からヤミへと渡ろうと……しかし、振り返る。秀麗な顔をゆっくり見つめ、赤い瞳は哀しそうに潤んだ。

 おひいの気持ちを察した翔は礼を述べ、約束も取り繫いだ。


「ありがとう。今度会いに行くよ」

「本当ですか! では姉様もご一緒に是非!!」

「わっ、耳」

「あっ、ごめんなさい」


 夜刀へびに宿るは嬉しくなり、翔の耳元で大きな声を出しを驚かす。翔は反響した鼓膜を落ち着かす為、手で摩る。

 そしてほほ笑む。


「くすっ、姉様って優のこと?」

「ふふ、兄様の気が満ちた可愛い御人。是非ご一緒に」

「そうだな。連れて行くよ」


 翔は蛇の頭を優しく撫で、微笑する。小さなへびは優しい手に触れ、嬉しさを全身蛇の体で震うことで表し、小さい顔を翔の頬に触れることで伝えた。


「ご機嫌よう」

「ああ、またな」


 翔もそっと瞼を閉じにキスをする。一陣の風が吹き抜けるとふらり、力が抜けた長い紐状の体は翔の肩から転げていく。

 慌てた翔は掌で汲み取り、ぐったりしている煌めく鱗を優しく撫でてやる。


(あいつ。何にでも憑依、変幻出来るのか? すごいな)


 翔は妹に感心を寄せる。

 起きた赤目は慌て周囲を訝し、何を思ったか、元から飲んでいた刀を勢いよく吐き出す。

 ……翔から預かる、美しい刀身を。


「今さら危機感? 寝惚けてるよ夜刀」


(クスッ。ほんと、乗っ取られる前に出しなよ)


 反応が遅いと笑う翔は鞘から短身を抜き、空にかざす。

 鰯雲を綺麗に広げた鮮やかな青を、刃は吸い込んだ。


「相変わラず綺麗な刃文もようだな。遣り合うか?」

「相手してくれるの?」


(ヤミさんとの武闘が一番の、気晴らしだ)


 喜ぶ翔に応えるヤミは右手首に填めたリングを撫で、刀に戻す。「いざ、尋常に」と、脇構えられる片刃に翔は唾を呑む。

 ヤミの気迫は翔を抑え込んだ。


(いろんなことを遣るだけにこの人の圧はすごい。でもこの人は言う。まだ上がいると)


「どうした? 来ンのか?」

「いやっ、行くよ」


 翔は振るわれた白刃を指でなぞり、顔を真っ直ぐヤミへ。気合を入れ直し、短い片刃でヤミの腹を狙いに掛かる。

 ヤミはそんな翔をものともせず、翔の眉間に己が持つつかを打ち込む。目眩起こす翔の刀を素早く蹴りいなすと次に、翔の顔面に額を食らわせ突き放す。

 翔の剣が空中を舞う。翔は腕を地面に擦らし、倒れた。眉間の疼きと熱さを感じ、くそッとぼやき額を平手打つとぬめっとするが気にせず、落ちた短刀を拾い手に戻す。

 そしてヤミに挑んだ。真正面を向きヤミを捉えたものの、翔より素速い彼はすでに懐内に身を置く。

 急ぎ翔も手でヤミを払うが……。

 翔とヤミ、二人の刀は妖しく火花を放つ。


「クフッ、まだまダ」

「!」


 押された翔は歯を食いしばり、ヤミの牽制に耐えた。いい音を奏でる二つの刃は擦り合わさり軽く火屑をあげる。

 両者一歩、引くことを赦さず。

 無邪気に愉しむ二人を陽の光りは優しく包み、抜刀し合う姿に高見の見物を決めている。


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