第22話 夢遊戯


「おいっ、ヤミ。聴こえるか?」


 寝つく俺は、名を仕切りに呼ばれる。「ヤミさん」と、呼ぶ翔の声だが明らかに違う呼び方、違う雰囲気。

 これは別の翔。そう、別の人格──もう一人の翔だ。

 

「気が付いてるだろうがオレを狙った雷は……」

「追々姿を見せるダろうナ。ただいつのことダ?」

「分からん。一応翔にって……お前、今は翔の【監視者】だったな」

「そういう訳では……」


 「ない」はっきり言いたがった俺は口籠る。目を逸らす俺を副人格はひたすら真っ直ぐに、見つめてきた。


「まぁ、いいわ」


 何か言いたげな翔だったが、口籠もりだけで終わってしまう。


「? すまん、そういゥ立場でもあるが俺は本音は翔ト仲良くしたい」

「以前のおまえに訊かせたいな、その言葉を。ふっ」


 ヤミを小馬鹿に笑う翔は、色っぽい流し目でヤミを見据えた。


(こいつ、こういう艶っぽサがあるからむかつくんだ)


 文句有り気に翔を睨んだ。視線に気付いた色男は俺の腕に妖艶に絡む。そして鼻先すれっ擦れに、顔を近づけた。


「何!? 言いたげっな──てあ、そうか、もの欲しいんだ。あの時のキスが忘れられないのか?」

「大人を揶揄ウな」

「くすっ、やせ我慢?」


(こいつハほんとウに大人を揶揄う)


「良いじゃん。揶揄われろよ、外の空気を吸わせろよ」


 胡坐かき、腕伸ばし、背筋張る翔はまたも妖艶に笑むと俺を人差し指で呼んだ。


「なぁ、お前のその口調はなんの代償だ? 以前から気になっているんだ」


 俺は何故か手で口を覆い隠した。カタコトで話すこの口調を指摘され少し、恥ずかしくなったからだ。


「云いたくないのか?」

「……」

「まぁ、いいや。いつか訊かせてくれ。俺でなくて良い」

「……」

「翔も気にしてた。いつか教えてやれ」

「……」


 何故夢に、出て来たのだろう。


「俺が俺で在っても良いかな?」

「!!」


 先ほどの笑みがどこにも、一ミリの表情もない。ただ在るのはうつむき萎れ、嘆きが零れるのみ。


「……翔」

「くすっ、ごめん今の無しな」

「……」

「ここに。夢の片隅に置いといて──いいや、消してくれ」


 そんなことを言われて置いておける訳もなく、消せる訳もない。

 ……いつかは散りと消えゆくおまえを、忘れずにいよう。

 今言えることはただそれだけだ。


「お前の能力デもう一つ肉体を作ることハ出来ないのか?」

「……お前は命を冒瀆するのか? 愚かしい」


 だが、翔の持つ力なら有り得るのではと少し考えた。


みなとさんの能力も翔は継いでるんだ、もしかすると……)


「止めろ、期待さすな」

「あっ?」

「今同じ頭の中に居る故にお前の声がだだ漏れてる。俺の能力を買い被り、ん? 待てよ……それは俺自身がそうなのかもな」


 頭を捻り、自身が偉いと考えるストッパーが可愛く見え、薄らと口端を緩めた。

 確かに、こいつの力は未知数だがそれを自分で言っちゃう? と感心してしまった。

 さすが副人格だ。


「おいっ、にやけるなよ。なんだお前は」

「いやいや、ダって」


 いつもは俺達を止める停止装置として能力を余りなく遣う癖に、最終判断を主人格しょうに預ける副人格ストッパーを俺は割と気に入っている。


「褒めても良いことないぞ?」


 眉目麗しい男に睨まれた。

 なんで、顔が整った奴は睨み顔も整っているんだ?


「ふん、まぁいいさ。主人格しょうに、監視ではなく気を留めてやってくれ」

「ああ、いやでも掛けてやるよ」

「ふふ、上目線だな」

「おまえ程ではない」

「ふふ、そうか?」

「そうだよ」


 俺の脳内なかだというのに、自身の居場所のように、うろうろする翔がいる。顎に手を宛て、何かを考えていた顔は閃きの表情を浮かべた。


「おまえが言っていた肉体構築は試す価値があるかも知れん」

「おやっ、言っていたことヲもう否定?」

「ああ、この先で思い当たることがふとあってな」


 真剣な眼差しがあった。多分それは予知的なものなのだろう。

 翔の能力はどこまで向上するのか考えつかない。俺とあった時には既に祝詞のりとを唱え、瞳海沙みなさ様の刀を扱い、俺の蛟竜みずちは奪われた。

 誰も教えていない。幾ら頭の中でサポート役がいても、一朝一夕で熟せるものではない。

 頭の回転良すぎるだろう。


「何だ、もの欲しい次は文句か。お前の姑息さがなくなったことをホッとするよ」

「俺ガ姑息?」

「だろうよ、翔の邸内に勝手に忍び込み、翔を狙う気満々だった奴が今ではこうだよ」


 厭味な笑みを浮かべたストッパーだったが、黙り込むと足で二回リズムを刻む。すると刀が足下から現れた。

 副人格しょうは抜刀すると、目の前で剣舞を舞う姿の清々しさに見惚れてしまった。

 素人の舞とは思えないぶれない刃先がある。振る舞う切っ先から流れる刃文は凛としており、本人の清々しい性格がそのまま一直線に、太刀筋に現れていた。


 ……奇麗だ。


「惚れ直しても褒美はないぞ?」

「お前の礼は怖いからイらなイ」

「……、俺はもっと精進する必要があるな」


 いきなり顔を鷲掴みされた。困惑する俺を揶揄う翔がいる。

 ……鼻先を舐められた。


お姫おひい様は元気?」

「ああ」

「あいつにさぁ、水鏡で覗くのは良いが外をあまり彷徨うろつくなと伝えておけ」

「彷徨く?」

「? 気付いてないのか」

「いや、知ってるけど」

「たまに来るんだ、翔の所に」

「!!」


(それは離れすぎだ)


「来るのは良いが、今の俺ではお迎えお見送り出来んぞ」

「ははっ、気遣ってくれるノか? おひい様を」

「……一応? 仮にも妹だぞ。翔はストーカー扱いしてるが内心は心配してるぞ?」

「知ってル」


(仮は余分だ)


 でも、おひい様のことを考えていてくれる翔に心の中で礼を述べた。


「……妹の存在を優希に知れたら怒られそうだ」

「お前デも優ちゃんは怖いのか?」

「……当たり前の事を聞くな、シスコンが。いやロリコン?」

「はぁ? ロリってナんだよ」

「翔越しにお前を見ていて思っただけだ。深い意味はない、あっ」

「おいっ、マさかの」

「おうっ、言い逃げだ。だって本体起きるもん」

「起きるっテ」


 「すまん」と言い捨てるとストッパーは、かすんで消えた。もやもやしたまま頭から去って行く美男子に呆れるていると鼻先を摘む、小さな手があった。

 息苦しさに俺は……。


「ちゃま、いびきがすごぉおおおい」

「イ、いびき?」

「あと、しょうしょううるさいよぉお?」

「ああ」


 寝言を呟くほど、あいつと会話をしていたことを思わされた。


「あとヨダレ」

「涎?」


 白いタオルが顔面を塞ぐとごしごし手荒く、雑巾で机を拭くようにあしらわれた。


「痛いヨ、ちび姫」

「だって、ばばちぃ」

「ばばちぃって、ナんて扱い」

「だってきちゃないもの」


 五歳児に「汚い」と指摘を食らい、少し落ち込んだ。


「顔ぐらい洗エるから、ありがとう」

「ぬおぅうう! ちゃまが殴らずお礼を……」

「ナんだよ」

「姉ちゃま〜、じしん、じしんが来る! ナマズ様が起きちゃうよぅ」


 ちび巫女は言いたいことを言うと、俺から離れていった。渡されたタオルで顎を拭く俺の鼻先を、柔らかく澄んだ薫りがくすぐる。

 「はい、お目覚めに」と、暖かい紅茶が用意されていた。


「ふふふ、最近ヤミ様が汐らしいから」

「だからってアノ扱いはナイ」

「ふふ。でも最近、翔様と優様のおかげで可愛いさに磨きが掛かってます」

「なんか口調ガ小生意気だゾ?」

「まぁ、私たちの御社では考えられないかも知れません」

「だな」

「最近、ヤミ様も明るいですよ。あそこにいた時とは明らかに違います」


 一礼して部屋を去る姉巫女の姿を見やり、考えた。


(俺が明るい?)


 考えてもいないことを言われた。気が抜け間抜ける俺の表情がゆらりと、カップに注がれた茶水が捕らえる。いつもの狐顔が映っているけどそこにある顔は、低血圧のいつもの狐目ではない。

 ああなるほどと、納得した俺は与えられたハーブの薫りを鼻腔に満たせ、次に喉を潤させた。

 

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