第二章 盆休み

第23話 『墓』を参るはずが違う『モノ』に参られる

 

 薄らともやが差し掛かった。

 覚えのある薄い赫桃ピンク色の……。

 『住人』──そうか、ここは夢だ。


『墓参り? ああ。嫌です。瞳海沙みなさに会いに行くですって?』

「そんなに母が嫌い?」

『嫌いです』

「……」

『お陰さまで他の龍が喰えないです。ヤミも喰い損ねました』

「駄目だよ。俺と代わるのは許すけど」

『じゃあください。今すぐです』

「約束」

『はい?』

「俺以外喰わないなら」

『無理! です。そういう君も私と同じ。龍──アッ』

「アッ?」


 話を途中でめる『住人』は、翔を見るとニィと厭らしく笑った。その後、甲高く奇妙に笑い出す。


「住人?」

『翔くん、墓参り無駄かもですよ?』

「?」

『アイツもコイツも。ドコの奴等もです』

「?」

『フフ、時間です。では、によろしくです』

「えっ? 住人?」


 『住人』は手を振り、翔の背中を軽く押した。口角を上げ、先ほどとは違い、スマートににこやかに笑っていた。微笑むのではなくのだ。声を上げず厭らしいスマートな笑みを。


 気になる翔だが目が覚めてしまう。瞼をこすり、眠そうに欠伸あくびをして起きた。


「いつもヘンだけど、今日は一段と」


 ぼやいていると、言葉は繰り返される。隣にいる者に。


「いつも変だけど、なにが一段となの?」


 隣にいるのは優希だった。はっと我返る翔がいる。


(ああ、そうか。そうだった)


 俺は優希の肩にもたれ寝ていたんだ。


「翔、おはよう」


 寝ぼける翔の頬を抓り、ニコニコと微笑む優希がいる。

 ああ、そうだ。車の中だ。今日は墓参りに行こうと、自分から言い出したんだ。

 いつもは、優希から言い出すのに。


(俺は墓が……両親の墓が……いやだ)


 子供っぽいと笑われるのだろう……が、今だ実感がない。

 両親が亡くなってから、五年も経つのに。


 翔は頭を切り換え、目の前を見た。頬を楽しそうに抓る、優希がいる。助手席に座る哲弥にも笑われた。彼はいきなり家に来た。その流れで一緒にいる。


「起きたか。もう着くぞ」


 ヤミの声もする。今日も一緒だ。

 翔は運転するヤミを不思議そうにぽぅと眺めた。思ったことが口からつい出てしまい、後悔するも遅かった。


「ヤミってきちんと前、見えてたんだ。へぇ」

「なんだョ、それ!」


 呆気あっけにとられるヤミの横で、哲弥が爆笑している。


「ええ? その発言は目が細いから? それとも他の考えあっての発言? 寝惚けてる翔はおもろい」

「お前、初対面でズケズケと。翔を筆頭にこんなのばかりが集まるとは」


 笑う哲弥に翔はハッとなり、口を押さえた。後ろを覗くバックミラーに写るヤミの顔は引きつるも、同時に笑っていた。

 ヤミが本心から楽しんでいるように見え、翔は安堵する。車内に笑いが広がる。

 墓地につくと、優希は足早と花屋に向かう。その花屋では墓参りの一式が揃い、参る時は必ず寄る店だ。


「お線香とお花」

「あと雑巾」


 「ください」と哲弥と優希、二人は声を合わせ頼んだ。必要な物を揃えていた。翔は店に入らず表で二人を待ち、耳に入る優希の声にほほ笑んでいた。


(墓参りなのに楽しそう)


「おまえ、ほんと優ちゃんにべた惚れだな。はい」


 駐車場に車を置いてきたヤミが小言を漏らす。ヤミは柱の横に立つ翔にコーヒーを渡し、ふっと笑った。

 翔が渡されたコーヒーを飲むとヤミは、つらいもの言いで詰問する。


「あのガキは翔のことを知っているのか」

「ん? 知るも何も幼、じ……」

(!!)


 翔は、幼なじみと言い掛けた声を止めた。ヤミの瞳は、そういうことを求めている素振りではなかった。気づいた翔は言い直す。

 哲弥は自分の力のことを、知っていると。


「そうか、じゃあ「自分の身は自分で護るということを分かって翔と付き合っている」と考えても?」


 手厳しい問いが帰ってきた。戸惑うと翔は、苦笑いをした。「そうか」とヤミは言い終えた後に、か細い息を吐いた。


「翔、俺達、俺が所属する【神宮】は【光】の龍神を奉る側だ」

「ひかり?」

「そう、闇と光のひかり」

「ヤミさん。いきなり過ぎるよ」

「ああ、すまんな。だが話を少しこぼしておこうと」

「?」

「実は伝えねばならんことが」


 そう言い、ネクタイを緩めるヤミがおり顔つきが鋭くなった。今日のヤミは出会った時と同じに、黒いスーツを着ていた。

 「あのな」と、言い掛けるヤミが胸ポケットの携帯電話を取り出した。音は鳴ってない。バイブにしていたのか、翔の顔の前で手を差し止め話すヤミがいる。


「わかりました。伝えます」


 優しく、しんなり響く声に翔は聞き耳を立てる。電話を終え、すまんなと詫びるヤミは話を続けた。


「翔の両親の骨のことで、今連絡があった」

「骨? 墓ではなく」

「まずここに、遺骨は安置されてない」

「? それは」


 ヤミは困り顔で「あー」と小言を漏らすと缶コーヒーを一気に飲み干す。翔もヤミを見つつ、手に持つコーヒーを飲んだ。


「ひとつ言おう。両親の遺骨は狙われている」

「えっ」

「まあ、安心しろ。今はおひい様が管理してるって、──なッ」


 ヤミの眼前にコーヒー缶が中の雫をぶちまけ、浮き舞った。それと共に、目の前にいた翔は瞬時にいなくなる。

 話し途中に、翔は駆け出していた。優希達がいるであろう墓前へと!

 ヤミは驚きオイッと声を出し、翔に続いて走り出す。


(? 優希の悲鳴が──!)

 翔は優希の方へ足を急ぎ運ぶ。その最中に、優希の悲鳴を耳が捉えた。


(ん? 今? では先ほど聞こえたのは……まあいい。そんなことより優希!!)

 翔は走った、優希の元に。そんな折に頭に映像が過る。


──既視感デジャブ

 頭に優希が浮かぶ。浮かんだそれはまた、いきなり翔を襲い始めた。


(えっ?)

 頭に浮かぶ映像イメージ───これは? これから起きることなのか?


 ……倒れる優希。血まみれのテツ。瓦礫と化す墓石。満身創痍のヤミ。

 高らかに笑う俺───……。


 考えに夢中になって走る翔は躓いた。後ろにいたヤミは急いで転がる翔を拾い、肩に担ぎ走る。


「何を見た?」

「えっ」

「俺の能力は精神感応テレパス

「え”」

「まぁ、精度は低いが」

「?」

「あと風と。ミズチ来い!」


 ヤミの駆け声に足元の土が異様に畝上がり、蠢く。

 担がれる翔は足下の動きより、瞳の膜が映す優希に夢中だった。

 優希の場所はもう目先だ。


「おまえが視たのはたぶん予知」

「予知?」

「ああ。予測変更だといいが! 蛟竜ミズチ顕現」


 地面が盛り上がると、そこから水のようにウネウネと蛟竜がわいた。


「飛べ」


 ヤミの号令とともに、びちびち跳ね飛ぶ蛟竜の先にはなにも、が……半透明な膜の何かが。


「相手は陽炎を利用している」


 ヤミの言葉が指し示すように、なにも無いところに放られた土の蛟竜はボロボロと壊れいく。まるでに熱に混ざるように。


「陽炎? 熱?!」

「この角度からは見えないが、優ちゃんの角度なら陽炎が視えてル」


 事態を把握仕切れていない翔は、目を丸くした。ヤミと先にある視野を見比べる。

 ヤミは翔と目が合うとクスッと笑い、謝った。


「すまん翔。蛟竜ミズチもう一発」


 ヤミの言葉と同時に翔は勢いよく、投げ飛んだ。

 翔の動きに合わせ、土で出来た蛟竜が更に這い上がる。困惑する翔を蛟竜が、覆った。息が詰まるほど、多量な蛟竜に包まれた翔は苦しがる。

 だがそれはすぐに翔を、解放した。黒い塊から顔を覗かす翔の目の前に、ぼんやりと優希がいる。しかし、間に隔てられた薄い壁が邪魔となり触れられない。


「優?!」


 翔は周囲を見遣り、めらめらと張られる薄い皮膜に手を添えた。今居る場所に放り投げられ、少し戸惑う翔だったが直ぐ理解した。


(ここは陽炎の中だ)


 陽炎は墓の真っ正面、名が彫られている真向かいにいた。翔は自分の家の墓を、マジマジと見る羽目になった。

 嫌いな墓を──。

 優希はその前に佇んでいる。


「──優希!」


(熱っていうか、蒸気? ぼんやり見える優希は熱気の膜を通し、見ているから?)


 先ほど翔を運んだ蛟竜は、導かれた答えとともにボロッと解けていく。

 それが正解と、言わんばかりに。


 ゆっくりと立ち上がる翔の眼前には、ぼやけた優希がいる。翔は優希を見つめ──すると、頭の奥がチリッと痛痒くなり、音が鳴る。


【おいっ、代われ】


 頭にひと言……声が、はっきり重く響いた。翔が(!? 人格?)と気付いたときには……、翔の意識はすり替えられた。


 足を踏ん張り、何かを持つ構えを取ると人格は熱の壁を睨む。いや、正確には

 翔の口角が厭らしく笑うと言霊を、ノリトを放つ。


「「宝刀顕現ほうとうけんげん召喚蛟竜靫雷龍しょうかんこうりゅうさいらいりゅう」(※与えられし刀ミズチ、雷龍を纏い来い)

 

 二回、踏み鳴らされた足下からは蛟竜【夜刀ヤト】が顕れ口を開いた。

 口から短刀が飛び出る。

 母の形見の短刀だ。翔は蛟竜ヤトの躰に短刀を入れ、【影】に隠し持ち歩いていたのだ。

 人格自分を褒める。


「いい判断だ。らしくて良い」


 持ち構えた手に短刀を添える。刃が妖しくひかり、刃文は雷をチリチリ纏う。


「翔はそこで視ていろ。おれが遣る」


 冷ややかに笑うじんかくにはきちんとしたプランがあった。



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