第21話 公園を喚く優希とセミの声
眩しい日差し。
風が揺れ木々がざわめく最中、蝉の声が公園を騒がす。昨日の雨で蝉が一段と増し、ジィギィと啼く傍らを歩く優希と翔がいる。その後ろをヤミが、小さい巫女を一人引き連れ付き添った。
ヤミ達の前方では会話を交わす優希と翔。しかし穏やかではなく、何やら険しい雰囲気が漂う。
保護者のように目を配るヤミの、心中を察しない者達はぽつぽつと話を紡ぐ。
「昨日の雨が嘘みたい」
「優希」
「朝ごはん、足りなかった?」
「優希」
「あっ、今日はベーコンが無かった。それに目玉焼きではなく、スクラブだったしぃ~」
「優! 黙れこっち視ろ」
翔は優希を掴み、抱きしめると喉元に噛みついた。きつくきつく、痛がるぐらいに嚙んだ。優希は喉元に食いつく翔の頭を何度も叩くが、微動だにしない体がある。
それどころか翔は隙をつくと、優希に深く口づけた。強く抱き締き合い、離さない翔と藻掻く優希がいる。
二人を見ていた巫女がヤミから離れ、翔達の元に小さく歩み寄った。
ぽてぽてぽて─と。
巫女は翔の足元にしがみつくと、にぱっと笑う。小さな感触をふくらはぎに感じた翔は、巫女を瞳に映すと優希から離れた。
優希の喉元、柔肌にはくっきりと翔の歯型がついた。優希は噎び、涙目で翔を睨む。睨まれた翔も怒っていたので優希を、強い目つきで見据えた。
翔に負けじと鋭い眼光さす優希はさらに、目をきつくする。
(ひどい。確かに勝手に追い掛け、勝手な振る舞いをしたかも知れない。でもそれは翔が……)
文句を吐き出そうと息を吸う優希は喉に、圧迫を受けてしまう。
「ケホッ。ケッ」
「優、大丈夫? でも話は逸らさないで聞いて。嚙んだのは戒め。キスはしたかったから」
翔は真顔で優希を見遣り、優希は翔の所為で痛めた喉元に手を当てた。
言い争いの原因は昨夜の、
「優希、俺は謝った。攫われた俺も悪いがお前の行動は軽率だよ」
「それは!」
二人が怒っていた。
優希は昨夜、攫われた翔を心配しヤミに付いてきたことを叱られ、翔はそんな優希を促していた。
あのような場合は捨て置くべきだと。そして後から行動すれば良いと、優希を諭した。しかし優希は聞く耳を持たず反論した。
翔はそこに、腹立てた。
「……だって、ケホッ」
「だっても俺は正論しか述べてない」
翔に真っ直ぐ双眸を向けられ、戸惑う優希がいる。セミは騒ぎ立てるが二人の耳には届かず、沈黙が流れた。
巫女はさらに、翔のふくらはぎにキュッと強くしがみ付き直した。ふくらはぎに顔を二、三度すり寄せ、翔と目が合うと頭を振る。
やんわりと場が和んだ。
二人は恥ずかしくなり、顔を赤らめ瞳を合わす。
「おまえ達。仲良いな」
「ヤミさん」
ヤミは翔の足元にいる巫女を肩に担いぎ、翔たちを嘲笑う。
「さっき、ベッドの上で仲直りしたのにもウ喧嘩か。フッ、おまえらは」
「喧嘩はだめ、人前でいちゃダメ」
「なぁあ、ここ公園なのに。巫女は見習うなよ」
小さい巫女はヤミの頭にしがみつき、翔を眺めた。くりりとしたかわいい双眼が翔をのぞき込むと、額にデコピンを放つ。
「イチッ!」
痛がる翔を笑うヤミだが、かわいい指先はヤミにもデコピンをする。
「ちゃまが言うメッ。ちゃまと翔ちゃまエッチぃ。やらい。」
「エッチィ──? ごめん」
「ククッ、俺も翔と同レベルか。困ったョ」
二人は笑う。巫女は優希を見ると、腕をそっと伸ばした。ヤミは優希に巫女を預けた。
優希は巫女を抱き、満面の笑みで応える。優希の心は巫女のおかげで、晴れやかになった。
翔は優希を見て安堵する。
(優に笑顔が戻った。うれしいが……、しかし)
翔とヤミ、二人が細々と話す姿を優希は振り返り目視した。翔と目が合うとプイッとむくれ、顔をそらす優希の姿に翔は微笑んだ。
翔の肩をヤミが叩く。
「優ちゃんは聞く耳持たずか」
「俺は注意しただけだ。危ないと」
「まっ、翔を攫った俺が言うのも何だが無警戒であのようなことをされると、心配にはなるよナ」
昨夜のことをヤミにぼやく翔がおり、優希を見る二人がいる。
「家に帰ってからも話す。危ないから今後あのようなことが起きても勝手はするなと」
「ハハ。今後か─、確かに」
笑うヤミが優希をうっすらと目で追い、感じたことを翔にぼやいた。
「今回は俺だから良いもののもし、他の者だったら」
「ヤミさんが言う?」
「ははは。すまん、翔おまえの……」
訊ねかけたヤミだが、翔は耳を傾けず巫女を
「名がないのが不便だ」
翔は巫女のことで不満を覚えた。
「すまんな。そういう
ヤミは困り顔で翔に返答する。
「コイツらは。家に置いてきた一人とアイツは十五才まで名を与えず、俺らのサポートに付かし暮らす。そういう習いだ」
ヤミは巫女たちのことを話した。
巫女は、【
「死んだらそれまで?」
「ああ、死なないようにするために一緒にいる。本来感情移入もダメだ」
(こんな短期で、おまえに打ち解けた俺が悪い)
ヤミは翔と目が合うと苦笑いし、翔は翔でなぜか気落ちした。
「おまえはそういう性格か? おひい様に顔もだが性格も似ている」
「その「おひい」って俺の妹だよね」
「ああ、知らないのか」
「知らない。戸籍を見て知ったけど」
「そうか」
ヤミは瞼を閉じ優しく微笑んだ。翔はヤミの笑顔に、胸をモヤッとさせる。
「妹。自称妹だな」
翔はポソッと軽く言う。
「はぁ自称言うな。歴とした妹だゾ」
困り顔で文句を言うヤミに、翔は眉をしかめ、納得いかなそうに鼻息とともに声を潜めた。
「だって、会ったことがない」
「まったく会ってないのか? おひい様はおまえを兄と慕い、いつも水鏡で覗いていた」
「水鏡って、それ会ってない。水に映る影を追うなんてストーカー案件だよ」
ヤミの問いに翔は、鼻息をつき遇う。翔は左腕を眺め、自分の両頬を軽く叩き嘆息した。
「整理出来そうでできない。苛立つ」
「面白くない? まぁ悩め。相談はいつでも」
頷く翔に、ヤミは話を切り換える。
ヤミは翔に、
「
呼ばれた蛟竜は翔の足元からニュッと顔を出し、腕に跳ねた。腕を昇り、翔の頬に擦り寄ると舌をチョロと出す。蛟竜の皮膚は変色していた。
黒かった皮は銀に変わり、時折白いピンク色に反射し艶めかしい。最初は黒く、毒々しかった皮膚だったのにも拘わらず。
「綺麗な皮」
「やはり……、名前を与えたか」
「ああ、名無しは不憫って!! そういうことか」
「そいうことだ。術者が名を与えると力も分け合う。まぁ全部ではないが与えた術者が強いとそうなる」
翔はヤミが話した、呪い、支配を思い返す。名前の支配とは、こうも影響するのかと。
─怖い─
頭の中にふと浮かんだ二文字。自分が踏んだ初めての世界は、経験したことがまったくない。それどころか、無知無縁の世界だ。
翔は
──名前を与えた──
ただそれだけで変化した
──自分は何者だ──
躊躇い蛟竜を見た後、ヤミを見据えた。
「どうした。翔」
「えっ……」
戸惑う翔を見たヤミは理解した。翔の考え、止まった歩み。頭から爪先まで、翔を観察するヤミがいる。
「おまえが──」
ひとつ、ヤミが声を漏らすと同時に横を素速く通り過ぎる影がある。
「翔!」
ヤミの横を通り過ぎたのは優希だった。
優希は立ち尽くす翔を瞳に捉えると何かを感じ、走ってきた。
そして抱きつくと名を呼んだ。
我返る翔は全身で驚く。
「優……き?」
「泣きそうだよ」
翔を抱く優希が泣いている。まるで翔の代わりのように。頬をすり寄せると優希の涙が翔にも伝い……。
翔は
「優希」
「───……」
翔は優希の頭を撫でるとソッと離れ宥めた後、頬に垂れた涙を舐めた。
「クスっ、塩っぱい」
「……ふふ」
「ありがとう優希。でも」
「?」
「巫女がつぶれてる」
「!!」
あっと優希は慌てた。
翔はいつの間にか巫女を抱き留めていた。巫女は頬をリスのように膨らませ、優希を睨んでいる。
「優ちゃま、メッ」
巫女は優希に怒ると翔の腕を離れ、ヤミの所へポテポテと駆け寄った。二人を黙って見るヤミは、巫女を抱き上げ微笑んだ。
風がそよいだ。
寄り添う翔と優希を、風が撫でる。
「優希、ありがとう」
「うん」
翔は優希の頭を撫で、明日の約束を交わす。
「墓参り、明日行こう」
「えっ、うん」
優希が満面の笑みで返事をすると、肩からニョロッと蛟竜が顔を出した。蛇と目が合う優希は声にならない悲鳴を上げ、ヤミの元へと走る。翔は「ああ」と、か細い声を出し頭を掻いた。蛟竜は翔をあざ笑うように舌を出し翔を見つめた。
蛟竜の瞳は銀色で、鏡のように翔を捉え映し出す。
「かわいいのに」
翔はぼやくと優希の元に行くが、優希はヤミを盾に翔から逃げた。
セミが喚く公園に優希の悲鳴が追加され、笑うヤミと巫女の声も木霊する。
明日は墓参りだ。
墓参りには、ヤミも同行すると言ってきた。俺を襲った奴の話も明日しようと言うことになった。
翔の決定を気にいらない者が一人。
予定を立てる翔に、『住人』は入念に怒りを顕わしていた。
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