第39話 翔のつぶやき
閉じられた瞳に淡い光が差した。
うっすらとした明るさは翔を眠りから起きろと、
ゆっくり開いた目に突然ビシッと、真っ黒い何かが入り込んできた。
「!!」
びっくりする翔。
慌て飛び起きた翔はそれが黒い
瞬きする内に、自己嫌悪を晒す翔がいた。
(情けない……)
翔は本当にそう思った。げんなりした翔の意図を察したかのような
言が放たれた。
眼を閉じ、なぜか怖がる翔を弄る可愛い砂糖菓子の声ある。
「もう、翔は。情け無い、覗き込んだだけじゃない」
「寝起き間際に眼球があったらびびるよね?」
(本当は嘘だ。黒いというだけで怖かったんだ。なぜだろう)
この恐怖心の意味は後で分かるが、まだ先のことだ。今は考えず、ただコワいという気持ち悪さを翔は受けとめていた。
顎下から首の
「普通に起こせなかったの?」
「起こしたけど起きなかったの」
翔は優希の柔らかい頬を抓り、軽く睨んだ。すると優希から、愛想笑いが返ってくる。
「ふふふ、まあいいや。私の勝ち」
「え゛?」
「もうほら、いつものゲーム」
三角に足を折り、寛ぐ翔の膝に優希は手を置いた。「ほら早く」口を尖らし、強請る姿が翔にとっては可愛い。
(朝の
言われた通り、朝の決まり事を優希に囁こうとした翔だったがそこに思いもよらない物体が突進してきた。
顔と胸に容赦なく、大小の物が当たる。
「いたた、何?」
翔は避けることなく、全身でそれらを受け止めることとなる。
鼻は折れたか、心臓は飛び出たかと勘違いを起こす衝撃の原因は姫巫女二人だった。翔は呆れ、それらを俯瞰する。
「翔ちゃま」
「翔さま」
二人はぶつかったことを詫びもせず、明るく楽しく笑い合っている。
なぜ二人がぶち当たってきたのか?
考える翔だったがその前に、頭に文句が過ぎる。
(痛い、すごく。なぜ全体重で飛んできたの?)
鼻でも口でも呼吸出来ない翔はゆっくり胸板を叩く。落ち着いた後ふぅと声を荒げ、息を吸った。
噎せ苦しがる翔の両側に小さい者たちは据え、うずうずと瞳を輝かせていた。
翔はジト眼で二人を再度見遣るも、ちび達はまるで子犬か子猫のように好奇心に固まる瞳を爛々とさす。翔は赤くなっているであろう鼻をまず手で押さえ、次に息を止め、今度はゆっくり深呼吸。
翔は一番ぶつけた箇所を手で撫でやり、小さく喚き声を上げた。息を吸うと当たった骨が響く胸を摩り、身体を縮める。
そんな翔を、心配そうに二人が訊ねた。
「翔さま、痛い?」
「痛いよほんと。でもワザとなんでしょう?」
姉巫女に至っては、翔と眼が合うとニヤけ顔をして見せた。胸を摩る翔は優希に視線を遣る。すると、あちらはあちらで笑っているではないか。
二人の行動を裏で操っていたのはもちろん、優希の仕業であった。
(はぁ……まあ良いか。チビ姫達もこうしてると子どもらしいから)
翔は今ある普通が嬉しかった。
溢れた
「良かった。子どもは元気が一番」
妹巫女と翔は眼が合い、微笑みあう。幼い巫女が持つ柔らかい頬はさらに弛み、ニパァとほほ笑む。膝上に乗ってきた、可愛い存在は小さく無邪気に声を立てた。
(かわいいな子犬? みたいな)
翔も気が緩んだ。顔を上げた
「翔ちゃま、寝顔綺麗。白雪姫みたい」
「!」
(いやいや、男になんて感想を述べるんだキミは)
「それはキミでしょう? ちび姫様」
「ふふ」
屈託ない笑顔を見せる巫女に、安堵した翔は優希を軽く叱咤する。
「優希、罰だ。「決まり事」を言う前にやったね」
「え〜そんなぁ」
ぼやき笑う優希を引っ捕らえ、引き寄せた翔はちび姫が膝上にいるにも拘わらず、優希に口付けた。
見ていた二人は「ひゃ〜」言いつつ顔を手で隠すも、指の隙間からはきちんと覗いている。優希は咄嗟のことに驚くも、翔との間にある小さい身体を潰さぬよう腕にしがみつき、プルプル耐えた。
(くすり、こっちにも子犬だ。振り解けばいいのに──、優はかわいいな)
優希との悦に浸る翔に、下から仰ぎ見る者は文句を言う。
「ちゃま、えっちぃ」
ちびの小言に気づいた優希は翔の両頬を抓る。でも翔は。
(離すわけないだろう? 俺んだ。俺の女神だ)
気分上々の翔は口付けが終え、口角を上げた。優希は腕を振り解こうと藻掻いていたが翔はさらに強く腕を掴み、手放さなかった。
翔の下にいる幼子は頬を膨らませ、翔を小突いた。
「くす、いいだろう?」
なぜか自慢げな口調、勝ち誇る翔にちびが顔をむくらせ「うらやましくないもん」言い返す。子どものあどけない表情に翔が満足していると縁側から、煙草の匂いと一緒に覚えある声が部屋に漂う。
「ちび相手ニなんの自慢ダ、翔」
「ふふ~ん。イチャつき自慢かな」
「くっく。翔もまだガキだな」
厭味を言うヤミを翔は凝視した。
(ヤミさんは俺より背は低いし、三白眼と言うより狐眼でつり目だ。でもクールで落ち着いててカッコいいよな、背恰好が良いため服も何でも着熟すし。あ~ぁうらやましいね)
「ガキが、頭の中デほザくな。褒めてもなにも出んゾ?」
「まったく、
「あまり良いことはないな、ちび達ご飯の用意だ」
翔はヤミの、多少の口悪さが気になるものの礼節を弁えている所作振る舞いには感心していた。陽介達にはきちんと敬語を話し、巫女達もヤミの荒い口調にも素直に可愛く「はーい」と返しているのもうなずける。
翔がモヤっている内に、チビ二人は縁側を駆けて行った。
今日のヤミは白いティシャツと水色のデニムパンツとカジュアルに決めていた。
いつものスーツやワイシャツではない。
いつも上げている前髪を前に垂らし、強面のヤミではなく柔らかく近親観なヤミが目前にいる。
(この姿も好きだ。見た感じモテそうだけどヤミさんはそんなのは自然任せだと言い恋バナをしてくれない。少しつまんない)
「翔、おまエって割と普通だよな」
(煙草を咥え、静かに言われると何故か気恥ずかしい)
翔は照れた。
「早く着替えろ。
「わかった──よ」
「優ちゃんといちゃつくのも良イが、大概にしろよ」
(見透かされた)
脇に優希を抱え、手離さない翔にヤミは
「ほら、翔着替えて」
「うん、遊びで来てたら楽しかったのに」
「だね、こんな良い場所。旅行以外で来れるなんて」
「うん」
翔はすぅと眼を閉じ、優希の胸に顔を埋め外に気をやった。
柔らかい木洩れ日が差しているが、わぁんわぁんと響く蝉の熱気が暑苦しい林がある。
そう、ここは家ではなくヤミが持つ
龍を崇める小さな建物、朱く染まる柱、和の雅が引き詰め合った部屋がある。
畳のいい匂い。
閑かに佇む木々と、遠くで流れる清水が琴の音のように響く。あと数日で終える夏休みには勿体ない場所……。
「優とこうしてずっと溺れたい」
ゆっくり顔を上げ、口付ける翔がいる。
「エッチいな、翔は」
優希は頬を赤らめ、唇を合わせていた。重ねていた柔らかいモノが離れたとき、優希が気づいた。
「! こりゃ、スケベおたんこ」
「……朝なんで」
「さっきおチビちゃん乗せてた」
「……」
「あっ! こいつぅう」
「優が反応しなければいいだけでは?」
「もぅう! おたんこなす」
翔はほくそ笑んだ。
(優希は本当内弁慶だよね。家だと強く怒るのに
優希に気を取られた翔は、いつもの感想を述べる。
(かわいい。だって好きな子抱いてれば反応……するでしょう?)
「翔さま、優さま、鍛錬が足りません」
「はわぁあああ」
「っ、優」
姉巫女に叱られた優希は咄嗟に、翔の顔を胸にうずめた。喚く優希を巫女は冷ややかに笑み「朝食が整いました」手をスッと、縁側の方に差し出した。
「あと優さま、先ほどは楽しかったです。人に
姉巫女の満足な笑顔に翔も笑う。
(痛いのは俺ですよ?)
翔はヤミが以前、公園で言っていたことを反芻させた。
「人とこういう交流をしない」聞かされた時、胸がつまった。まだ十も満たない子どもたちが外と遮断され暮らす、【
こんな組織の管理を俺の祖母が行っているのか……。
俺はまだ会ってもいない祖母に、さらに不快感を抱いた。
「翔、顔が
「……何でもない。着替える」
この場所はヤミが翔のために、用意した。能力に目醒め始めた翔の鍛錬に、とても良い所だと。
確かに景色は良く、心が苛立っても鎮めるにはとても好い。
残された夏は翔になにを
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