第40話 蒼い龍と青くさい翔



 俺は朝食を終えるとヤミさんが待つ場所へと、足を急かせす。待ち合わせに指定された場所は涼しかった。

 着いた所には滝壺があり、気持ちよさとは反面に怖さも秘めている。滝の流れは人を飲まんと、勢いある飛沫を上げていた。


(すごい激流……、飲まれたら終わりだ)


 翔の目端で流れる清水はまるで、翔が身を投じるのを今か、今かと待つかのようにそこにあった。轟音の横に立つ翔は白滝を覗き込んだ。

 そんな翔の背後にヤミが静かに立ち、声を掛ける。

 

「早かったナ、優ちゃん弄ってから来ルかと」

「ヤミさん、いくら俺でも朝と夜は! ──!」

「ほう」


 ニヤけた人影ヤミは翔を見るなり瞬時に、容赦なき拳を腹に入れてきた。しかし、翔は打たれたヤミの拳を即座に食い止めた。


「ごめん、わきまえてないかも?」

「うん、おまえは性欲が強い」

「そんなあからさまに……」

「理性が抑えられん困ったガキだヨ」

「ひどいな、そんな言い方はないよ。俺、優だけだよ?」

「そうか、その興奮たぎりを今はここに打つけろ」


(人を獣扱い?)


 翔は鼻息を荒くすると、横に流れる清流を眺めた。横見の翔のその隙をつき、ヤミは攻撃を仕掛ける。翔は応戦するも身体が温まってない所為か、動きが鈍い。

 構える翔の腕は瞬時に掴まれた。翔に考える間を与えず、鋭い目のヤミが翔の腕を組み捻り地面へ叩く。翔は俯せられ力強く地面に落とされた。面食らう翔は滝の音を耳に拾い、頭を白くさす。

 呻きと同時に体を起こす翔は、ぼやけた視界にヤミを捉えた。腕に力込め、身体を奮い立たす翔がいる。翔の動きに気をつけるヤミは瞬時に飛び跳ね、間を取った。


(今日のヤミさん、圧巻だ)


 格闘に置いて、あまり敗れたことのない翔の横で轟音を上げる垂水も、次に備え構えるヤミ、その両方の気迫が翔を追い込む。

 翔が完全に起き上がると、瞬きする間も与えず詰め寄る相手の強い拳がある。次に振り上げられるかかと、繰り出される蹴り、それらを翔は腕で塞ぐも相手の全てがぶち当たった。

 二人が打つかる体躯の鈍い音が、閑かな木々に木霊する。

 翔は身を屈め、攻撃を凌ぐので精一杯。一つ耐え、二つ耐えするも、ヤミに応戦する隙がなく困る翔がいた。


「どうした? そんなだったか、おまえは?」

「?!!」


 翔は言われ考えた。


(わからない)


 普段陽介おじさんに合気を鍛えられ、流すのは得意だ。攻めも不得手ではない。なのに身体は言うことを聞いてくれず何かが。おかしいと自問する翔にヤミは細々と、を与える。


「防ぐばかりではダメだぞ? それとも実戦派か?」

「!」


 印を構えたヤミが呪言のりとを唱え、翔に捧げた。


一二三ひふみ昇龍四五六しご路降龍八九はく息吹き七難ななん降りませ御霊みたま急々如律』


 ヤミは人差し指中指で指印を繰り出し、地面に振り突き立てる。一筋に払われた指結は地面を裂き、翔の足下を崩す。

 翔が身体のバランスをなくし困ると、眼前の狐目はしたり顔で笑っていた。

 一時だが、奈落を感じた翔がいる。落下する翔を、大口を開けた瀑布が待ち構え飲み込んだ。


(身体が出来て温まってないなんて言い訳だ。何かに頼ってるんだ)


 沈んで行く翔の身体は気泡に包まれていった。落ちて行く身体とは逆に、浮く水泡のなんて綺麗なことか。

 翔は水の泡立つ粒を眺め、反省し始めた。


「……」


 そんな翔に声が届く。

 ヒントの続きだ。


「気付イたか?」


(ヤミさん!)


 鮮明に脳裡に焼き付く声に、沈んでいく者は戒められた。

 

(ああ、水底に落ちたにも拘らず慌てない俺がいる)


 翔は目醒めた能力に頼っていた。ヤミはそんな翔の甘さを悟り、此処に呼び鍛え始めたのだ。

 ヤミの気配りに翔は反省する。


(バカな俺……わかっていただろうに、人間何か特別な物を持つとそれに甘えてしまう)


 気づいていた翔だったが、甘かったらしい。

 蒼く染まる水底に身を委ねた翔の前に、いきなり光る丸い物が二つ。放たれる光と同時に、翔が持つ左腕の鱗痣がキラリと疼いた。


『キャハ、翔クン、キミはね』


 落ち着いていた翔だったが慌てた。翔の口から気泡があぶく。腕の逆鱗を抑える翔に、内に棲まう『住人』が囁いた。


「五月蝿い、出てくるなよ?! 【暴食銀龍】」

『フウン。傍観できればいいけど出来ず、出たらごめんなさい』

「そこまで気は弛んでないよ」


(最近何かにつけ喋るコイツが味方に見え、何処かで気が緩み安心しているのかもしれない)


 翔は自身に宿る人格ストッパーを思い起こす。笑われるかな? と考えるもすぐさま、否定した。


(いや、あいつはたぶん叱咤するだろう)


 水中だというのに呑気におもんみる翔は、鋭く耀く二つ穴に眼を凝らす。怪しい光があるもんだと見据えたそれは、生き物の双眸であった。白い結膜の中に金の虹彩、中央に蒼い瞳孔という不思議色を携え、翔を見るやギロリと動く。

 その瞳の持ち主は、巨大な龍だった。龍は翔を瞳に映すと顎を惜しみなく広げ、そこにある身体を狙う。

 翔の口から溢れた泡は、龍の鼻にぶつかる。そんなことはお構いなく、蠢く物体は翔に突っ込んできた。突進された翔は尖った牙が当たる寸前、短刀を出し防御の構えを取ったが瞬く間に、手から刀は無くなった。


「??」

「それは没収ダ」


 ヤミの声とともに消えた刀。翔の手は柄を握ったその形のままに、固まる。まさか、刀剣を奪われるとは思わない翔は唖然とした。


「なっ!?」


 翔を襲う牙がある。向かってくる牙に開いていた手を一旦閉じ、そして急いで広げた。手で牙を押し留めるも、力負けてしまう。それはそうだ。龍の怒りと云われる逆鱗を奮え立たす体躯は翔の、数十倍はある。

 そんな巨体が進んで来たのだ。


(何の冗談?)


 龍の猛攻。眼前に開かれた口から吐かれる水に、踏ん張る翔。顔を力ます翔自身を促すように、清らかな流れを思わす澄んだ声がある。


『冗談? 冗談でこんなことは起きんぞ?』

「!!」

『して少年、お前は内に何を宿す勇気か? 力か? それとも?』


 軽々しく喋る、青緑の鱗を持つ滑らかな龍体が翔を魅了した。先ほどまで荒々しい動きを見せていた体はピタリと止まる。声に耳を傾け、翔も真っ直ぐ水に浮く。龍の背鰭せびれはまるで万里の長城のように長く流れ、その先にある尾は水の影に隠れて見えなかった。

 しかし、神々しさは伝わる。


(押され、水飛沫の壁に隔てられ、龍の全容に気が付かなかった)


 水を煌めかす碧い鱗の粒の反射が翔の瞳に目映い。白い獰猛な牙でさえ翔には力強い水晶石に見え、瞳は釘漬けられ囚われ、離れない。


『そうか。【暴食】を宿すは貴様か後継者!』

「は?」

『立派な銀の鱗が腕にある。お前が銀龍を宿す少年、そして後継者だな』

「後継?」

『我らを統べる長の話だが?』

「いや、それはおひいだろう」


 翔は龍の顎を掴み離さず、そのまま問答した。不思議がる翔の不意を突く者がいる。思いもよらない言葉が翔から洩れ出た。


『「そんなことより喰いたい』」

(うわっ、声が裏っ、違う。この意思は暴食だ)


 翔の口から出た言葉は、卑しかった。にも拘わらずクール冷ややかに微笑む蒼い龍がいる。


(俺の気力はそんなモノなのか?)


 自分を蔑む翔に気づいた龍は、翔に気遣いながら【銀龍】に、話し掛けた。






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