第49話 相対する者どもは考える



 静まる講堂に立ち尽くす三人、互いを見つめ合うまなこ

 翔と穂斑ほむらvs海沙樹みさきという形で相対しあうこととなった。

 冷ややかに微笑する海沙樹を静かに、双眸する翔に穂斑が言う。


「あんた達、肉親? にしてはなんか……こう、なんだろう」

「ん、会うの今日初めて」


 翔は穂斑のにわか質問に答えた。

 穂斑はキョトンとした。

 二人のギスギスした空気が肌に刺さっていく。


「え。初顔合わせであんなもの言いされるの?」

「ああ俺、忌児いみごだから」


 穂斑は唖然とする。

 翔はそんな穂斑の表情を見るなり、嘲笑した。


「穂斑は命令で俺を狙ったけど、そもそも【暴食】がなぜ狙われる存在か解ってる?」


 穂斑は翔に質問されるとは思いもよらなかった。

 穂斑はそもそも深く、考えてはいなかったのだ。翔の立ち位置がどの辺りにあるのかと、いうことを。


(確かに。わたしは命令だけで翔の中の銀を狙っていた。だってさすれば……)


 穂斑は黒龍に捕らわれているのことを脳裏に浮かべ、問われた内容について深く考えてやる。

 翔はそんな穂斑を、じとりと見遣る。


「今さら感あるけど穂斑、まさかなにも考えずに……」


(まあ、俺も人のことは言えないのかな)


 翔は自分にも呆れ、隣の穂斑にも呆れた。

 穂斑は顔を赤らめ、翔に口答えを始める。


「そうよ。私の龍はあんたの遺伝異能とは違い突発異能よ。でもとは互いに意見し合い、助けあっ……」


 意気込んで話しをしていた穂斑の口が翔を見て、止まる。

 翔の表情は、翳る。


「遺伝……」


 翔は顔に手を添え軽く笑み、隣にいる者に冷ややかな眼差しを向けた。

 海沙樹がそんな翔の様子に気づき、「ふふっ」と掠れ笑いをさす。


「海沙樹さん、少し時間。もらっていい?」

「いいわよ。どうぞ」


 海沙樹は翔の言葉に気前よく返事をした後、水龍の喉笛から槍を捻り出す。翔を観察しつつ槍をひと振り回す。

 翔を──、待つ。

 翔の考えを読み取るかのように、海沙樹の頭には言葉が浮かぶ。


(あの子の考えと私の考えはたぶん同じ、でも一つ違うところがある。それは……)


 海沙樹は翔に視線を戻す。その間も、翔と穂斑の会話は続く。


 翔は穂斑の頭を鷲掴み、俯瞰する。頭を掴まれた穂斑は驚き、双眸を翔へと向ける。

 穂斑を見下ろす翔の瞳は先ほどの冷たいものではなく、優しく温かい眼差しへと変わっていく。


「穂斑さ、炎龍を俺に預けないか?」

「なっなんでよ」


 戸惑う穂斑に翔は答える。


「今さら普通は怖い?」

「ちがっ、そんなじゃ」

 

 穂斑の宝石のような琥珀の瞳が、水を含ませ潤み始めた。


「くすっごめん、言ってみただけ。取り上げるつもりはない。大蛇オロチが穂斑に対しの弱みを握られてるのは知っているし……わかっているよ!?」


 翔は、嘲る。

 穂斑はそんな翔にムカつく。拗ねた穂斑は翔の手を抓り上げ怒りつつも潤みかけていた琥珀は、煌々とした輝きを取り戻す。


「ふん、焔は手離さない! これは大事なの。すごくすごく!」


 穂斑は伝えると胸に手をあて、慈しむように目を閉じる。


「うん、それも知ってる。だから協力したい」


 翔は穂斑の頭を撫で繰り回す。

 穂斑が瞼を開くと、翔と目が重なる。翔の真剣な眼差しに穂斑は、ここに来た要因を思い出す。


(そう、わたしがここに来たのはこいつに打ち明け協力を求めるため。躊躇う必要はない?)


 穂斑は頭を撫で続ける手に照れるもらしくないと思い、その手をはたいた。


「なに子ども扱いしてるのよ?」

「いや、お姉さん。だよね」

「……一つ違いよ。フン!」


 翔は叩かれたにも拘わらず、穂斑の頭を撫でるのをやめない。

 穂斑のツインテールがぽよぽよと揺れた。


「俺の【暴食】も渡せない。ちなみに俺が狙われる理由はこいつは【金龍】の。龍の親玉の忌みたる部分。故に俺は忌児なんだ」


 翔は顔を海沙樹に向け、やんわりとした表情で海沙樹を見つめた。

 何かに気付いた穂斑が、翔の代わりに悲しい表情を浮かべている。

 

「だからってあんなもの言い……」

「いいんだ、かと言って俺が否定された訳では……だよね? 海沙樹さん」

「どうかしら」


 翔は海沙樹に質問する。翔に曖昧な返答をする海沙樹がいた。

 海沙樹は考える。


(そう。あの子と私の違い。私は龍を統治したい。宮司として。でもあの子は龍に対し何も考えていない。ふふ、そう考えていない……それは仕方がないこと、まだ龍と出逢って日が浅い上にあの子は人を尊重してます)


 穂斑と話す翔を窺う海沙樹は深く息を吐き、槍を振り上げた。

 槍の刃は、水の飛沫を舞わす。


(私も穂斑は助けたい。でもそれは──私にとって都合が良いから。でもあの子は利点抜きで穂斑を助けたい……ふふ。思い描いた通りのが目の前に。あの優しさが歪まぬことを──)


 海沙樹は、翔の行く末を案じるもその反面。

 翔を否定する海沙樹もいた。海沙樹は龍を統治し、人も同じように統治することを考える。だから穂斑も配下に置けばそれで済むと思っていたのだ。

 邪魔な龍は消し、配下に出来る龍は【神宮やしろ】へと。

 だが、翔は違う。


 翔と海沙樹は睨み合う。


 互いは同時に深呼吸をし、同時に構えはっと声を奏でる。が打つかり相殺。

 そして両者、同じタイミングで息を吸い、吐き、足に力を入れる。

 一拍置き、また気が放たれる。睨み合う二人の目前で打たれる気は、膨れ弾く。

 二人の動きはまるで、合わせ鏡のようであった。

 息遣い、構え、動き、どれもが似ている。


 祖母と孫、だからだろうか。


 瞬時、笑い合う二人。

 見物する穂斑は、一歩後ずさる。

 穂斑が下がった瞬間、翔の短刀と海沙樹の槍先が火花を上げた。


「「はぁぁあああああ」」


 両者、獣のように声を張り上げ気を高め合う。

 押し合う刃にますます力がはいる。二人の足元にはひずみが生まれ、床の水結界が歪む。

 隙を窺っていた穂斑が、海沙樹目掛け炎を放つ。猛炎に気がつく海沙樹は身体をくねらせ宙を舞い、跳ね避けた。

 翔の間合いから離れる。

 翔も後ろに、弧を描き跳ね上がる。

 翔が着地するや、横には透かさず穂斑がついた。


「本当にわたしに協力する?」

「ああ、する。だがその前に海沙樹さん、目の前のコブ」

「ひどい言いようね。おばあさんでしょ」

「初顔合わせでこの状況。何を言うかな?」

「フン。生きてるから良いじゃない」

「まあ、そうだね」


 翔は、穂斑の悲しげな琥珀に気が付く。穂斑の感情を薄らと読み取り、また頭を撫でた。


(穂斑も身内が……だもんな)


「頭を撫でるな!」

「クスッごめん」


 翔と穂斑のやり取りを海沙樹は薄目で見遣り、唐突に呪言のりとを唱えた。


一二三ひふみ二三七六余威御魂ふみなむよいのみたま来たれ如律(恥を曝し御霊に願う。威厳なる祖よ来て従え)」


 水龍の首の鱗が海沙樹のに合わさり、逆なでた。


「龍の逆鱗に触れよ!」


 海沙樹の喚きに応えるように、鱗が散弾銃のように二人を狙う。怒る水龍は、鱗を放ちつつ口からも轟音を響かせた。

 そして爆水流を咆哮する。

 翔は、水を刀で防ぐ。水圧に臆せず構える翔の左腕が少しずつ、変貌していく。

 穂斑は後ろで炎を掌に待機させていたが、翔の腕の異変に吃驚びっくりした。


「あんた」

「ん?」


 翔は腕の変貌に気づいていない様子だった。

 翔の左腕は龍の痣から鱗が逆立ち、目前で逆鱗を顕す水龍と同様に穂斑の目には映った。腕の変貌を翔に伝えるか穂斑は悩む。

 穂斑は考え、翔を覗き見る。

 そんな翔は真っ直ぐ海沙樹を捉え、どう動くか考える表情をしているだけだった。

 穂斑の前に、背筋、息を整え、凛とした勇ましい姿がある。「今」しか考えていない翔の端正さに、穂斑は惚ける。

 翔は穂斑の視線に気がつき、微笑む。

 照れる穂斑は、翔を伏し目がちに眺め呟く。


「あんた、腕が……」


 穂斑がちり掛けた所で、翔が叫んだ。


「らちあかん」


 喚くと同時に刀にある雷刃を勢いよく、振るう。一閃は膨れ上がり、水龍の顎に大当たりヒットした。水龍せせらぎの巨体を後ろに跳ね倒す。

 翔は轟く音を傍目に、ドヤ顔を穂斑に見せつけた。

 気付いた穂斑は翔に軽くほほ笑む。翔は穂斑に指を向け、鳴らす。「なに?」と戯けた穂斑に対し、翔は双眸を向ける。

 翔は、鋭い銀の眼光を放つ。


「穂斑、龍を貸せ」


 翔は荒々しい口調で命令する。

 穂斑は、翔が見せる姿に少し違和感を覚えた。


「別に取り上げはしないからさ」

「銀……りゅぅ?」

「いや、違う。俺─、俺は【龍を停める者ストッパー】さ」


 穂斑は翔のあからさまな態度の違いに困惑すると、背後に炎龍が佇んだ。


『ほう、小僧面白おもろいのを飼ってるな』

「フッ、だろう?」


 翔と炎龍は眼を合わせ、合図をする様に笑い合うが穂斑にはわからない。

 二人の様子を窺う海沙樹が、声を掛ける。


「翔」

「よう、海沙樹ぃ待たせたな、ここからは俺の出番ターンだ」


 穂斑を余所よそに、口角を上げ合うがいた。


 

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