第48話 さあ、はてしあいましょう


 学校の敷地内には、校舎の他に講堂と体育館三つの建物がある。体育館に比べれば講堂は小さいが演劇観賞諸々、学校が行うイベントには最適な場所だ。

 今回、訳あって使われていない講堂に海沙樹は目をつけた。


「こんなところに素晴らしい箱があります」


 海沙樹みさきは講堂に、翔と穂斑ほむらを連れて来た。

 海沙樹の様子から、二人は何かが起きることは予測できた。翔は海沙樹の前で呆れた顔をし、横では穂斑が炎を片手に纏い立つ。

 海沙樹はここに来てまだ、二人に話しもしていない。ゆっくりと辺りを眺め、結界を張っていた。 


「何がしたいの、水龍」


 穂斑が海沙樹を睨むと、微笑みがある。


「何がしたいですって、まずはお話」

「フン、何を?」


 穂斑が海沙樹を睨め付け、炎を繰り出し遊ぶ。

 燃えたぎる輪は穂斑を包む。


「きゃっ」


 穂斑の上に水が降ってきた。


「もう、なによ!」

「危ないでしょう。こんな所で火遊び」


 海沙樹は、クスクス笑いながら穂斑を見やる。「フン」顔を赤らめ背ける穂斑の耳に、太い声が囁く。


『穂斑、海沙樹は水龍【せせらぎ】を足元に待機させている』


 穂斑の足元の影に炎龍が潜み、忠告した。


「ありがとう、ほむら


 穂斑は自前の炎で服を乾かす。

 そんな穂斑の横に翔は立つ。炎を繰り出す手を観察した後、足下の龍を見た。影の中で光る瞳を翔は見つけ、微笑む。


「それで、海沙樹さんは何がしたいの」


 翔は足をトントンと二回鳴らし、蛟竜ミズチを召喚する。出てきた蛟竜は翔の腕に絡まると、バンクルと化した。


「器用なことをしますのね」


 海沙樹は翔の手首を、半眼で見据えた。そうかな? と答えた翔は同じく半眼で手首を眺め、小さく笑う。

 二人の所作はどこか似ている。


「本題に入ろうよ、海沙樹さん」

「ええ、そうね。それでは」


 海沙樹の足元に水の波紋が広がる。翔と穂斑は反射的に構えた。


「まずは、黒龍に従う穂斑」


 海沙樹が鋭い眼光で、穂斑を捉える。穂斑は「蛇に睨まれた蛙」の如く、動けないどころか膝を崩した。


(なんて圧よ。ムカつく)


 地べたに平伏す穂斑を守るように炎龍ホムラが床から顔をけ反り、這い上がってきた。


「あら、お久しぶり焔」

『挨拶は抜きだ。黒龍の何が知りたい。すまんが穂斑は、我が主はある理由でお前達と敵対せなばならん』

「そう、その理由を穂斑の口から聞きたいのです。話しなさい」


 海沙樹は眉をひそめ、炎龍を鋭く睨む。床の波紋が大きく孤を描く度に、穂斑を威圧した。

 翔は二人の遣り取りに耐えられなくなり、割って入る。シュッと刀を一振り、すると空気が裂け一直線の筋が浮かぶ。

 穂斑と海沙樹の間合いが歪み、平伏す穂斑の圧が取れ一瞬にして床に密着する。しかし穂斑は気にせずゆっくりと起ち上がり、翔を見ながら服の埃をはたく。

 翔はそんな彼女を笑う。


「な、なによ助けて貰ってないわ!」


 穂斑は横に立ち並ぶ翔に文句を一つ飛ばし、顔を反らした。


「嫌味が言えるなら大丈夫か」

「いっ、嫌み?!」


 穂斑が翔に照れた視線を送り、そうして上目遣いでコホンと咳払いをして見せた。翔は穂斑を微笑と流し目で見遣り、刃と鞘を打ち鳴らした。


「海沙樹さん、大蛇オロチは俺も知りたいところだが穂斑は吐かない。たぶん」

「なぜ、言い切るのですか?」

「雰囲気? それに大蛇を逆手に取っているならこんなにビクビクはしないよ」

「怯えている───と」

「俺はそう感じる」


 翔は穂斑を見て、頭を撫でた。


「ちょっとなによソレ、子ども扱い?」

「いや、お姉さん?」

「一つ上なだけよ?」


 穂斑は翔に文句を放ちつつ、大きな炎の渦を海沙樹に繰り出した。海沙樹は眉の端を動かす。


せせ


 海沙樹が水龍に命令を掛けると、足元の波紋が揺らめいた。大きな渦の炎を、水が涼やかに飲み込む。海沙樹は穂斑を見遣り「ふふっ」微笑する。

 穂斑に目掛け、鉄砲水が放たれた。


「ふっ、おてんば娘」

「しっぃ!」


 海沙樹水龍の攻撃を、穂斑は自前の炎で押仕切ろうと踏ん張っていた。炎と水は上手く相殺されたように視えたが、穂斑の後ろには大きな水槍が控えていた。背後に気を置く穂斑だが避けられずにもうダメ、と腕で身体を庇う。

 すんでのところ、翔が穂斑を抱きかかえ避けた。

 海沙樹を見据えた翔が、言葉を放つ。


「焔来い! 炎雷召喚」


 翔が手の平に雷を繰り出すと炎龍ほむらが受け止めに行く。炎龍は雷を受け取ると海沙樹に突っ掛かり走った。

 海沙樹は横に避けるも、炎龍が海沙樹の動きに合わせ横に擦れそして大口を広げた。


「!!」


 海沙樹が走り逃げても、炎龍は追いかける。纏った雷を口に寄せ、炎を海沙樹に向け吐き出した。

 海沙樹は水の盾で塞ぐと炎は消えるが、残った雷が水を這い巡り弾けた。


「がっは!」


 海沙樹が気付いたときには、盾から漏れ出た雷に打たれた。

 後ろに倒れ掛かる海沙樹を水龍が受け止めた。その直後に翔が水龍に命令をくだす。


せせ、飲め」


 水龍せせらぎは翔の命令に背こうとするも、威圧された声に押された。


「潺!」

『!!!』


 水龍は翔の命令に従い、海沙樹を飲み込んだ。飲み込まれ、藻掻く海沙樹がいる。水龍は慌てた、命令とはいえ主を呑み込んだのだ。

 水龍は体内の海沙樹の息づかい、鼓動を確認し、急いで吐き出した。


『我が主、無事か』

「潺、大丈夫ですよ計算内です。ふふふ、しかし。いきなり操るとは」


 海沙樹の口ぶりからすると、翔が龍を操るのは想定内のようであった。


「どういうことよ! なんであんたがほむらを操るのよ」

「……」

「それに、せせまで」


 翔の横に降ろされた穂斑は翔をいぶかし、責めた。驚く穂斑もだが翔の表情も、驚き強張っていた。


(今……俺は、何をした?)


 翔は穂斑と目が合うと呟いた。


「わからない」

「はぁあああ?」


 翔の言葉に呆れる穂斑がいる。

 海沙樹が二人の様子を窺い、吹き出した。


「ふふふ、無自覚で【人格停止装置】の能力を使ったのですよ」

「!? これが人格の?」


 翔は海沙樹の言葉を聞き半分は納得するが、残りは納得出来ず自問する。


(こんな能力が俺に必要? 要るのかこんな龍を宿さなくても……? 否! 俺は暴食を宿してる)


「ふふ、気が付きましたか。我が孫よ」

「これは、【暴食】を依り代にして成り立つ能力」


 海沙樹は冷ややかな眼で翔を見つめ、静かな口調で話す。知恵ある目上の者の口からいでた声は、翔を否定する言葉。

 

自然を否定する存在などあってはならないのです。暴食など、幼子と共に消すべきでした」

「!!」


 翔は唾を飲み、海沙樹の次に出される言葉を待つ。


「そもそも、なんに対する停止なのか……。瞳海沙みなさは厄介な者を造ると同時に素晴らしい者を。そんなことあっては……でも、でも……」

「あなたは俺を否定しているの? それとも……」


 海沙樹の言葉に翔は困惑した。海沙樹は息をつくと、翔の瞳を見据えた。

 翔は冷たい眼差しを受ける! ──……、と思ったが違った。祖母の瞳は哀しげに、翔の瞳に入るも遠くを視ている。

 翔の中に誰かを探しているような眼差しを向けた女性に、翔は声を掛けようとしたが言葉が見つからず固まってしまう。


「ふふ、後で考えましょう」

「後……?」

「そう後で……」


 海沙樹は水龍の頭上に乗り、二人を嘲嗤う。


とおつ神惠海えみ給え急急如律令きゅうきゅうにょりつ・れい(古より縁結ぶ神よ。我に恵みを今すぐ与えよ)」


 海沙樹が呪言のりとを唱えた。水龍は大きく身体を膨らませ光を放つ。煌びやかに広がった水の脈波が講堂を覆い囲う。

 水龍が仕上げに顎を上げ、猛々しい咆哮を喉からひねり出すと地響きを起こし建物全体を揺るがした。振動は大きく、校舎を含めたこの敷地すべてに共鳴を起こす。

 大地との呼応が静まると講堂の壁、床、一面には水の被膜が出来上がった。


「結界を強固にしました」


 海沙樹の双眸は翔を眺めたかと思うと、ゆっくり閉じた。龍の頭で静観する者は三つ指を立て、正座する。

 一呼吸置いた海沙樹はゆっくりと顔を上げ、翔と穂斑を鋭い眼光で捉えた。そして大きく深呼吸を一つ。

 翔と穂斑は海沙樹の圧に押され、身構えた。翔は刀を構え、穂斑は焔を腕に纏う。ジリジリと同じ歩調タイミングで二人は摩り足に力を入れる。

 海沙樹は二人を嘲嗤い、凛とした言葉を放つ。


 言葉は号令となった。


「さあ、果てしあい試合ましょう」


 

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